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リゲイアの蒼白き湖面 ー第2話 シャッターを切る音ー

パパが持っていた古い一眼レフカメラは、シャッターをグッと押すと、カシャッと言う音がして、大きなレンズが瞬きするように動いた。パパはこのカメラで色んな風景や、私やママの事もいっぱい撮ってくれた。
「さぁ、撮るよ!笑って笑って!」
パパがそう言うと、ママも私も笑顔になって、それを見てパパも笑って……
カメラを撮るとき、皆が笑顔になって幸せな気持ちになった。
あの日以来、
カメラも写真も、もう何も残っていないけれど、私の中にはずっと残っている。

私の中の壊れたカメラは、私の意思に反して、ずっとシャッターを押し続ける……嫌なモノも、忘れたい風景も、ごちゃ混ぜに私の頭に押し込んでくる。嫌だ、気持ちが悪い。震えが止まらない、目眩がして、意識が遠くなる。

「震災によって、悲惨な経験をした方が、強いストレス反応や精神的な問題を抱える事は少なくないですよ。トラウマ体験が、当時の状況を鮮やかに再現される、フラッシュバックを引き起こしているのでしょう」

毎月通う心療内科の先生に診てもらった時、PTSDと言う診断結果とともにお薬をもらった。この薬がないと私の心は壊れてしまいそう。


―※※※―


「ねぇ、ユウちゃん…あの…今日も、ネコちゃんに会いに行っていいかなぁ……」
下校途中に話しかけてきたのは、友達のもっちゃんだった。
私の名前は、日下部 悠璃(くさかべ ゆうり)だから、ユウちゃんて呼んでくれている。彼女は、望月 沙莉(もちづき さり)と言うけど、いつもモジモジしてるから、もじ子ってからかわれている。私は、親しみを込めてもっちゃんって呼んでいた。

「うん、いいよ、これから来る?」
そう言うと
「ぅあ…ありがとう!」
と、もっちゃんが満面の笑みを浮かべた。
「それで…あの白い方の仔猫ちゃん、グレイの柄の仔猫でもいいんだけど、一匹譲って欲しいって話し…なんだけど…」

「え!?…ダメよ、それは…ココアも寂しがるし…」
ココアと言うのは、私が10年前に出逢った白い猫。あれからずっと一緒にいる。ずっと、男の子なのかと思ってたけど、先月2匹の仔猫を産んだ。びっくりしたけど、あんまり沢山飼えないから、もっちゃんに譲ったら?って"お母さん"は言った。私は反対だ。
もう、産まないようにって、病院に行って診てもらったけど、動物病院の先生は不思議そうに、もう産むことはないよって何もしなかった。

「…そう…なんだ…残念だけどしょうがないね…あの…そういえば、ユウちゃん今日のテストどうだった?」
「うん…まぁまぁかな」
「え〜やっぱり、ユウちゃん頭いいからね!」

私は頭が良い訳じゃない。ただ、記憶してるだけ。
これが普通じゃないって気付いたのは、幼稚園の時だった。
お絵かきしてて、最初はすごく上手だねって褒めてくれてたけど、一瞬だけ見た複雑な形の文字や図形を同じ様に書いて見せると、保育士の先生から笑顔が消えた。
パパもママも、この能力は特別だって教えてくれたけど、ちょっと心配そうな顔をしていた。その時は分からなかったけど、こういう事だったんだ。

ショックを受けた時の"絵"が突然頭の中に蘇る事がある。
まるで、そこにいるみたいに、そして、何度もやってくるのだ。
震災の日、私は色々な"絵"を見てしまった。私の中の壊れたカメラはシャッターを押し続け、私の心に無造作に押し込んできた。
要らないのに、こんなの。こんな能力もこんな記憶も。誰かが一緒にいてくれないと、おかしくなりそうだった。
でも、ココアがいつも側にいてくれた。
ココアだけは、いつもどこにも行かなかった。
ココアとの思い出は、ずっと、失いたくなかった。

家に帰ると、私と一緒に暮らす事を選んでくれた"お母さん"が笑いながら、ココアとココアの仔猫と一緒に出迎えてくれた。もっちゃんが仔猫を抱っこして、笑いながら撫でている。

"私の中のカメラ"は便利にできていない。
私に"絵"を選ばせてくれないし、壊れてしまっていて、シャッターを切る音なんてしない。
だけど、私は今のこの絵を忘れたくなくて、"自分の中のカメラ"をそっと構えてみた。

静かにカメラが瞬きをして、
シャッターを切る音が聞こえた。

「リゲイアの蒼白き湖面」
第2話 シャッターを切る音


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