リゲイアの蒼白き湖面 ー第4話 "null"ー
「K02(ケーツー)の個体は全部で5体あった。その内、3体がTitan、つまり震災の混乱で流出し、1体は溺死。1体は殺処分されたが、人を襲い大変な被害が出た。アレはとんでもない殺戮兵器だった。三雲、知っているか?」
三雲というのは僕の名前だ。
研究室でチーフに呼び出されると、思いがけない会話が始まった。
「はい、知ってます。震災後の混乱であまり報道もされなかったけど、SNSでは都市伝説みたいに言われてますよね。でも、それがなにか?」
僕が少し、冗談交じりに答えると、チ−フは咳払いして話を続けた。
「見つかったんだよ、3体目が」
「えっ……でも、3体目って失敗作で発芽しなかった個体ですよね?」
「ぁあ…そう言われてる。当時の試験結果をみても能力値は"null"になっているし、身体も小さいままだった、と記録されてる」
「危険は少ないだろう……だから、回収してこいって、ご命令だよ」
「でも、発芽していないのに、どうして分かったんです?10年も経って見つかるなんて……」
「飼われてたみたいだね、動物病院に来たのを病理検査用に採取された組織で分かったそうだ」
「回収して、解剖でもして調べるんですかね?」
「そうかもな、今となってはK02は特別な個体だったと、一部で見直されてる」

僕も聞いた事はあった。
大学を卒業してから、この研究室に勤めて2年、過去にあった実験やそれに伴う事件についても知る機会はあった。こういった黒歴史っぽいものは、あまり表立って公表されない。最初はうわさ話程度に思っていたが、実はリアルな事実だと気付いたのは、先輩達が飲み会なんかで教えてくれたのと、研究チームに入ってから、過去の資料を見る機会があったからだ。
巨額の投資を掛けて行われた研究。遺伝子操作と再生細胞技術は、次世代の我が国の基幹産業と位置付けられて、政府から大きな援助があったらしい。その研究で生まれたのがK02と言う個体。
この分野では天才とも言われる森崎教授がリードして、このプロジェクトを進めていた。Titan(10年前の震災)によって、教授が亡くなり、研究成果の重要な一部分が失われてしまった。このプロジェクトも頓挫仕掛けたが、もう1人の天才というべき教授、今の所長Dr. Lucius Kurosawa(ルシウス・クロサワ)によって引き継がれていた。
当時の研究目的が何だったのかは、分からないけれど、今となってはこの研究所も大国からの投資があって存続できている。軍事利用の生物兵器。主人の言う事には絶対服従する殺戮兵器の開発。噂ではそういった類に使われると言われている。今更K02を調べたいって言うのは、昔の研究成果を再度見直して、役立てようという話なんだろう。
こんな研究に参画するのは、倫理的にどうかな?と思った時期もあったが、この世界でいつも起こっている戦争で、多くの人間が死ぬよりもこれらの生物兵器が代わりになるなら、幾分マシだと自分に言い聞かせてきた。と言うより単純に給料が良いから、ここに就職したというのが本当のところだ。Titanで日本の産業は、勢いを無くし世界に遅れを取るばかりだ。ここは、再生医療の分野では、一流企業だし、将来が有望視される就職先だった。
K02には興味はあったが正直言うと、あまり関わりたくなかったな。

「そう言えば、施設に残ってたK02ってどうなったんですかね?」
「死んだよ…実験体としてね、彼らにとってはそれが役割なんだ。全うしてくれたと思うしかない、そのおかげで今の研究がある」
今の所長とK02を開発した森崎教授は仲が悪かったと聞く。だから、K02を踏み台にして新しく作り変えるつもりだったんだろう。だけど、上手くいかないものだ。今となっては発芽した生きた個体は無く、肝心の資料も完璧ではないという訳だ。
「だから、K02の生き残りは、"null"だけだって事だ」
チーフはそう言うと、僕にスタンガンとライフル銃を見せてきた。
「もしもの時は、処分もやむなしと言われている。君は第一種銃猟免許を持ってるだろ?」
そう言うことか……
※※※
「こんなところ、あったんだっ!」
もっちゃんが言うのと同時に、お花畑をココアと仔猫達が駆け出して行った。色鮮やかなポピーの花が咲き乱れた場所は、海が見渡せる高台にあり、風が吹いて気持ちがいいところだった。
「この時期だけの、とっておきの場所なんだよ」
私が言うと、もっちゃんが教えてくれて、ありがとうって笑顔で応えた。
2匹の仔猫がじゃれ合っている姿を見ながら、ココアが目を細めて座っている。
蝶々がひらひらと舞い、ココアの鼻の頭に止まった。クシュン!とくしゃみをして、首を振る。

私は原っぱに座って、ぼんやりと眺めて言った。「たまにこうやって、頭の中を真っ白にしたいんだ…」
「ユウちゃんは色々考え過ぎなんじゃない?私は、いつも頭の中、クリアだよ!」
「……もっちゃんは、空っぽなんじゃ…」
「えぇー!ヒドイよ…!」
そうやって2人で笑い合う時間は、すごく楽しかった。
「ねぇ…ユウちゃん、この後、一緒に行って欲しいところがあるんだけど…いいかな?」
「いいけど…どこ?」
「うん、よく当たるって噂の占い師のところ、最近見つけたんだ!」
「占い…あんまり興味ないけど、いいわよ」
「ありがとう!!」
もっちゃんは嬉しそうに笑った。
ポピーと猫と、穏やかな日差しと、私達にはそれだけで十分だった。日が傾き掛け、2人の影を伸ばそうとしていた頃、突然、南風が吹き始め、なぜだか、私達の静かな"空白の時間"が終わりを告げるような、寂しい気持ちにさせた。

「リゲイアの蒼白き湖面」
第4話 "null"
終
