リゲイアの蒼白き湖面 ー第5話 fortune tellerー
私が占い師を始めたのには、理由がある。
未来はきっと変えられるって、そう思ったから。
小さい頃の話。私の毎週末の予定は、父に連れられてchurch(教会)に行ってお祈りを捧げる事から始まった。
お祈りを終えて帰る時、父はいつも
「ケイト、一緒に来てくれてありがとう」
そう言って、小さく笑った。
どうしてなのか、私にはほんの少しだけ、未来の事が"視える"力があった。
でも、私が"視る"ものは、いつも悲しい結末で、だからそうならない様にと、いつもchurchで祈っていた。

母は昔から病弱だった。
お祈りをしていれば、きっと良くなるって信じてた。いや、信じていたかった。
だけど…母は私が11歳の時に亡くなってしまった。その時も、私には"視えて"いた。どんなにお祈りしても、病院で治療してもらっても、未来は変わらなかったのだ。
あんなに祈ったのに、あんなに望んだのに、他の事なんか全て犠牲にしても良いとさえ思ったのに…!!
どうして神様は願いを聞いてくれなかったんだろう。
私が泣きながら、
「私がもっと、お祈りしていたら、お母さん死ななかったのかな……」
そう言うと、父はこう返した。
「おまえは悪くないよ、誰も悪くない。ただ、お母さんはこの世の役目を終えただけなんだよ…きっと決まっていたんだ、運命だったんだよ」
父は寂しそうな目をしながらも、笑顔で見送ってやろうと言って、私の方を見ると、小さくそして優しく笑った。
変えられない未来なんて、"視える"事に意味があるの?そう思い始めていた。
だけど、私の思いとは裏腹に、母が亡くなってからというもの、私の力は強まっているような気がした。
Titanの日が"視えた"時、私は、私の周りの人をひとりでも救いたいと願った。病弱な母に代わって、よく私の面倒を見てくれたおばさん。母が亡くなってからも親切にしてくれたお隣りさん。よく遊んだ近所の幼なじみ。必死に言えば言うほど、逆効果だった。気味が悪い、しかめっ面で罵倒され、母が死んだ事で私がおかしくなったと言う人もいた。母の事を言われるのは、酷く傷ついた。
だれ一人として、私の言う事を信じてはくれなかったのだ…父以外は。
父は私の話を何も言わず、信じてくれた。私のおとぎ話のような話を父は信じ、そして父もまた、おとぎ話のような話をしてくれたのだ。
ノアの方舟の話だった。
父は話し終えると、町を出ようと言った。そして2人で、この地から"逃げた"のだ。
私は今度こそ、自分の"視た"ものが現実にならないようにと祈っていた……だけど、私の大切な思い出の場所は、その日、消えてなくなってしまった。

私は自分が見捨てた人たちを思い、自分を責めた。「違うよ。おまえは悪くないんだ、誰も悪くなんかない…。こうなることは、最初から決まっていたんだよ」父はそう言って私を慰めたが、私は父のどこか諦めているような態度が嫌いだった。
それから私たちは、違う地で過ごした。
小さな町で、churchもなかったけど、父はいつもお祈りを欠かさなかった。
変わらない父に、私はいつしか距離を取るようになっていた。
私が就職して働き出した頃、父が倒れた。
末期癌だと告げられた。
病院の部屋で私が、
「父さん、良くなるようにお祈りしてるからね」
そう言うと父はこんな事を言ったのだ。
「この先の私の事は、もう、"視えて"いるんだろ?
良いんだ、私は後悔なんてしていないんだから。
世の中は不平等だ。運命は非情だ。神様なんていないのかもしれない。
でもね、誰かに救いを求めないではいられない、そうする事で少しだけ希望を持って前に進める気がするんだ。そのお陰で、私は後悔しない人生を送れたよ。ケイト、一緒にいてくれてありがとう。君は私の唯一の希望だった。おまえが幸せでいてくれれば、それだけで私は報われる。母さんと一緒に見守っているよ」
この時も父は、小さく笑って見せた。
その表情は、本当に幸せそうでいて、どこか計略的な策士がほくそ笑むようにも見えた。
私は、言葉を無くし、父を見つめる。
この時、初めて父の本心を理解できたような気がした。
父は寡黙な人だったけれど、思えば、誰かの悪口を言う事も無かったし、怒ったり、酷く悲しんだりする事も無かった。思い出す事といえば、ありがとう、と言って小さく笑う笑顔だ。
ただ為す術もなく、ただ受け入れている…だけじゃない。
あれは違う。
父は、祈りの度に、神に背を向けることなく、神に問い続けていんだ。
「ありがとう」と笑うたび、運命に小さな楔を打ち込んでいたのだ。あの笑顔は、屈服ではなく、抵抗の証であり、
沈黙の中で、誰よりも激しく、抗っていた。どんなに残酷な現実が訪れようと、決して嘆き苦しんだりしない、屈する事はない、"運命の奴隷"にはならないと、必死にもがいていたのだ。
「父さん……ごめんなさい…私、何も分かってなかった…」
涙が頬を伝い溢れるのが分かると、途端に止まらなくなってしまい、顔を手で覆いながら嗚咽を漏らしていた。父は優しく笑い、まるで小さな子供をあやすように頭を撫でるだけだった。

父が亡くなり、私はひとりぼっちになった。
あの日、Titanから、10年が経っていた。
私はどうしてまた、この場所に戻ってきたのだろう?
「もし、ケイトが何かに悩んだら、あの地に戻ってみるといい」
父は最後にそう言い残していた。
街が見下ろせる高台に登ると、創り直された街並みが見えた。不揃いだった道路や、蛇行した川は真っ直ぐに伸び、綺麗な都市に生まれ変わっていた。
よく見ると立派なchurchがあった。
「あの教会ね…」
私はこの教会の竣工式のinvitation(招待状)を手にしていた。父が人知れず、長年寄付をしていた事で招待されたのだった。
私はふとノアの方舟の話を思い出していた。
あの日、ノアの方舟の話を私にした時、父には、この風景が視えていたのかも知れない。
そして、こんなにも用意周到に私をこの地に導いたのだ。
私の頬に一筋の涙が伝い、感情が溢れそうだった。父の計略的な、小さな笑顔を思い出す。
「もう泣いてる場合じゃないね…」
鼻をすすり、顔を上げる。
「神の怒りで破壊された町を再び創り直したのは、神ではなくて、そう、そこに住む人間自身だったんだ……未来は創れるんだね」
そう思うと、希望が湧いてきた。
占いは信じてる人が、基本的に来てくれる。だから、私の言う事も信じてくれるだろう。
そう思った。
でも、私の知る限り、"私が視た運命"を変えた人はいない。
私が視るものは、いつも悪い事ばかりで嫌になる。
もしかしたら、かつて捨てたこの場所で、私は償いをしたいと思っただけなのかも知れない。
「でも…この場所から、始めたいと思ったんだ」
私が占い師になったのには、理由がある。
決して、運命には支配されない。
未来は変えられる。私は、そう信じている。

「リゲイアの蒼白き湖面」
第5話 fortune teller
終
