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思いを「込める」のは危ない ~宮川彬良さんに教えていただいた表現の核心~

私は最近、人生のご褒美みたいな経験をした。

NHK「クインテット」でおなじみ宮川彬良さんのコンサートに合唱団として参加させてもらうという機会に恵まれたのだ。


しかも、前日にはアキラさんのピアノを囲んで歌の練習をするという体験もさせていただいた。

合唱団は当初2曲の予定だったのに、まさかの「マツケンサンバ」にも途中から出演することに。

(あのマツケンサンバを作曲されたご本人の演奏でステージに立てるなんて奇跡すぎる!)


30人ほどの老若男女の合唱団で、アキラさん作詞作曲の「微笑みは涙をこえる」、お父様作曲の「若いってすばらしい」を歌わせていただいた。

明るい曲調の中にあるジャジーな旋律と、アキラさんの躍動感ある演奏。それにみんなの一体感に感動して、涙が出てきた。

みんなの歌が躍って、空気が躍っているような体感だった。

アキラさんの演奏が私たちを丸ごと引っ張りあげてくださったのを感じた!

アキラさんの言葉「込めるのは危ない」


レクチャーの中で、特に心に刺さった言葉がある。

「歌に思いを込めることは危ない」


え?どうして?踊るときも、絵を描くときも、そこに思いを込めるのが表現と思ってきたので。


思わず、「込めるのが危ないっていうのはどういうことですか?」と質問した。

アキラさんは驚くほど丁寧に、体感5分くらい説明してくださっていた気がする!

そして、「いい質問」と言われて有頂天になってしまった。

一通り説明された後「なんとなくわかりますか?」と言われて、反射的に「はい!」と言ってしまった笑

それを反省して、帰り道も、翌日の会場に向かう道中もずっとこのことについて思いを巡らせていた。


アキラさんの言葉はこんな感じの内容だった。

歌を歌っているときに、何を込めるかじゃなくて、何を思い出すかがポイントで、込めるのは危ない。

●「込める」のはdoing。うまい歌手だねとその人の栄光にはつながるけど、音楽自体の感動にはつながりにくい。

●「思い出す」はbeing。歌の情景が自然と伝わる。歌を聴いた人も情景を思い浮かべるから感動する。


八代亜紀さんの生前のインタビュー記事も紹介してくださった。
「普段どんなことを考えながら歌ってるんですか?」と八代さんに聞くと、「歌はどんな歌にせよ、主人公は聞く人であって、歌手は代弁者ですから」とおっしゃったとのこと。


自分なりの理解


「込める」でなくて「思い出す」

・歌の情景を思い浮かべながら歌うことで、観客にもその思いが自然に伝わり、観客一人一人の情景が思い浮かんで感動を呼ぶ。

・「込める」とすると、演者の圧が邪魔して歌の世界にある感動は伝わりにくくなる。

歌の世界に流れる特別な感情を「表現」しようとするとき、情景よりも演じている人の「力み」や「技術の良し悪し」のような、演者そのもののエゴが「圧」として伝わってしまう。

表現に思いを込めすぎて演者のエゴや圧が伝わるくらいなら、ただ楽しんでいるだけのほうが芸術としてまだ透明度が高いのかもしれないとも思った。

そして、楽しむよりも上に、「伝えよう」とする力みがなく、ただふわっと歌の世界を感じている私がそこにいる、っていう感じなのかなと思った。

きっと、見えるものより、見えないもののほうが伝わってしまうんだろうな〜。


絵を描くときの自分


確かに、頑張って思いを込めようとして描くと必ず力んでいたことが思い出された。

奄美大島の思い出を絵に込めよう!と思ったら心じゃなくて、なんか変な念を込めてた気がする笑 

力んでいたのだ。

ただ楽しむだけの方が、まだ絵のエネルギーは軽やかだった。



うまく描きたいということにこだわりすぎて苦しくなったので、ただ楽しみたいと思っていたが、芸術の高みを目指すならもう一歩先だったんだな~。

うまく描きたいとか、こういう思いを表現したいなどと念を「込める」のでなくて、空気やにおいや思い出や、感情をただ「感じ」ながら描くということをやってみたいなと思いついた。

(サガリバナの4枚目に取り組んでみるのもいいな!と思っている。)


フラを踊るときの自分


フラを踊る時においても私は、どうしても力んで、自分の解釈を強めに入れてしまいフリが大げさになることがある。確かに、身振り手振りをオーバーにして思いを込めようとするとうるさくなってしまう。

逆に、次のフリを思い出していて目線が泳いだり意識が途切れていることも動画を見るとよくわかる。

皆と同じ正しいポジションに体を運びながら、そこに淡々と情景を思い浮かべている私がいる、そんな表現ができるようになったらいいな。


あとから、なるほど、なるほど、と実体験とともにアキラさんのレクチャーがしみ込んできた。

練習と本番の在り方


レクチャーを一緒に受けたプロの方からも興味深いお話を教えてもらった。

地道な練習は大切、練習せず好き勝手にただ楽しむだけは芸術表現としてはエゴになりうるということ。

本番で、歌詞を思い出したりする余地もなく、ただ楽しめるくらい練習しておくことも大切ということだった。

コツコツ地道な練習。私が苦手なやつだ。
それでもその先にはもっと今より磨かれた表現ができる未来が待っていると思えば、取り組めるかも。そんな励ましとヒントがもらえた。


本番後のやらかし


本番後、楽譜にサインをしていただく時に、どうしても私はもう一度聞きたくなってしまった。

「込めるのが危ないって、こういうことですか?」

楽譜にあらかじめ自分で書いてまとめた文字を見てもらいながら、質問してしまった。

しかしこれは、本当に間違えた。やらかした。

音楽の神にうっかり文字でアプローチしてしまった!


しかも神様にはお願い事をするんじゃなくて、感謝を述べるほうがいいと理解していたつもりだったのに!

マツケンサンバの神様には、すっごいご利益求めて迫る参拝客のようなことをしてしまった。

前のめりすぎる…。

とても失礼なことをしてしまったと、しばらく自己嫌悪に苛まれていたが、それだけ真剣になれたんだ、と今は自分を肯定したい思いでいる。


アキラさんは、

「書籍が出ていますからぜひ読んでみてください。何かヒントがあるはずですから」

とまっすぐに目を見て温かく教えてくださった。

実はもう前日に調べてカートには入れていたのだが、前のめりすぎる自分を変に自制して言えなかった笑


届いた本を開いて


家に届いたご本は、まだしっかりとは読めていないのだが、パラパラと見ただけでもかなり元気になった。

これは体感として、ほんとのことなのだ。

やはり、アキラさんの言葉の波動が高いのだと思う。

これから読み進めていくのが楽しみ!!


最後に


歌うこと、描くこと、踊ること。

思いを込めずに情景を感じる、という学びを経て、これから自分の表現は少しずつ変化していけるような気がしている。

今回の体験はただの出来事じゃなくて、自分の表現と生き方そのものが切り替わる瞬間だった気がしている。

人生のターニングポイントになったといってもいいかもしれない。

また何か変化や気づきがあったら、その都度書き留めていきたい。




アキラさんの書籍はこちら!

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