100.『はじめる人たち』|勝手に脚本会議
迷いとか恐怖がありながら
心が小さく弾むとき、人ははじめる...のかも
(こちらの記事は99.『やめる人たち』|勝手に脚本会議と対になる記事です。こちらだけでもお読みいただけますが、両方読むとより内容のつながりを感じていただけると思います)
▪️冒頭
「はじめる」というのは、少しの勇気と少しの不安がある。イチから始めるなんていうけれど、本当は誰もがゼロから歩き出す瞬間を持っている。それぞれの「はじめる」に理由があって、期待があって、ほんの少しの未来がある。
▪️登場人物
第1話 :ケンジ
中学1年生。
バスケ未経験で中学バスケ部に入部。
第2話 :サオリ
社会人経験ありの新人教師。
看護師を辞めて教師に。
赴任先の中学の女子バスケ部副顧問になる。
第3話 :マサ
社会人。高校時代バスケ部をやめた経験者。
中学校の雇われコーチをしていたが、挑戦としてカフェ開業を目指す。
第1話:ケンジ
体育館の扉を開けると、バスケットボールの匂いと床の音が混ざった空気が迎えた。
緊張と期待で胸がざわつく。
「ここが、俺も…」
ケンジは小学生の頃、周りから「身長が低いから」とからかわれ、何をやっても自信が持てずにいた。そんなとき、偶然観戦したプロリーグの試合で、決して身長の高くない選手がコートを駆け回る姿を見た。その瞬間、心の奥で何かが弾けた。あの会場の熱気、歓声、選手の汗と声、跳ねるボールのリズムが忘れられなかった。
「ケンジ、ちょっといいか?」
声をかけたのはマサ。
地元で社会人になった彼は、雇われコーチとしてここにいた。
「身長もそれほど高くないし、未経験だから、やめといたほうが…いいかもしれないよ」
マサは慎重に言った。
「でも、やりたいんです!観たんです、プロの試合を!あの震える空気を…!」
ケンジの声には純粋な熱量がこもっていた。
マサはしばらく黙って、ケンジの目を見つめた。
慎重に言葉を選んだ。
「やる気があるのはとてもいい…けど、挫折が待ってるかもしれないよ」
マサは知っていた。
中学生のナニモノかになりたい欲求と
根拠のない自信。
けれどそれがとても眩しかった。
ケンジの目は輝いていた。
心臓が跳ねていた。
手は少し震えていた。
あぁ、この子はちゃんと恐怖もあるんだ。
でも、何かが動き出す予感がしてるんだ。
第2話:サオリ
教室の窓から差し込む光に、
黒板の粉がきらめいた。
サオリは深呼吸し、心を落ち着けた。
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「これでよかったんだ」
医療関係ばかりの家族の中で、なんとなく選んだ看護師の仕事。けれど自分は患者を救うために生きていたわけではない。ただ、兄に比べられることが嫌で、看護師になった。看護師をやめることを両親に告げたとき、「逃げるのか」と言われた。それでも、サオリは「自分の意思で誰かの心に寄り添う仕事を選びたい」という想いを捨てきれなかった。
大学に入り直し、教師になった現在。
給与は下がった。
お金にならない残業も多い。
でも、目の前の生徒に向き合う毎日は、どこか心地よい。自分で選べたから。
「女子バスケ部の副顧問の仕事、手当は数百円しか出ないけど…」
それでも、サオリは微笑んで、頷いた。
バスケ部の生徒たちの目が輝くのを見ていると、自分の選択に揺るぎはない。
隣で男子バスケ部を指導していたマサはたまたまサオリのそれを知って驚いた。
(あの新任の先生は…純粋に、自分の意思ではじめてる…)
高校時代、部活を辞めた記憶がよぎった。
第3話:マサ
バスケ部でのコーチを終え、マサはひとり机に向かっていた。
ケンジやサオリの姿を思い出す。
彼らのはじめる勇気が、自分の過去の「やめた経験」を照らす。
(あの時、プライドじゃなく意思を持ってやめてたら何かはじめられたのかな)
知らない土地で働こう。
そしてそこでいつか、
カフェを開きたいと思った。
コーチ終わりにたまに寄るカフェが心地よくて。
ただそれだけの理由で。
頼れる人もいない土地で何かをはじめる人を応援できる場所にしたい。
ケンジの純粋さやサオリの意思にあてられたのかもしれない。
「よし、やってみよう。いつになるかわからないけど…はじめてみよう」
休日には、またバスケを楽しむかもしれない。
でもまずは、現実で何かをはじめよう。
それが、自分の未来への一歩になると信じた。
信じることでしかはじめられない気がした。
次の日、コーチをやめることを伝えた。
体育館の扉は重かったけど、新しくなった扉のせいか軋んだ音はたてなかった。
クボタヤマダ
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