99.『やめる人たち』|勝手に脚本会議
諦めるという言葉は好きじゃないけど
悔しさが情熱に勝るときに人はやめる...のかも
(こちらの記事は100.『はじめる人たち』|勝手に脚本会議と対になる記事です。こちらだけでもお読みいただけますが、両方読むとより内容のつながりを感じていただけると思います)
▪️冒頭
「やめる」という言葉には、ほんの少しの痛みがある。でも、その痛みは誰もが一度は抱えるものだ。それぞれの「やめる」に理由があって、未練があって、ほんの少しの未来がある。
▪️登場人物
第1話
ヒロ
小学4年生。ピアノを習っている。
トモ
ヒロの幼なじみ。ヒロと一緒にピアノ教室に通っている。
第2話
マサ
高校2年生。
バスケ部所属。中学ではレギュラーだった。
ハル
マサの親友。マサと同じバスケ部。
第3話
アキ
社会人3年目。理想と現実に悩む営業職。
第1話:ヒロ
ピアノの鍵盤を叩く音が、教室にやわらかく響く。隣に座るトモちゃんが、少し恥ずかしそうに笑った。
「ヒロくん、そこ違う音だよ」
「…え、ほんと?」
二人で目を見合わせて笑う。
ただ楽しかった。
ただ一緒に音を奏でるのが嬉しかった。
けれど、小学4年になったある日、放課後の校庭で言われた。
「おまえ、トモとピアノ習ってんの? アイツのこと好きなんじゃないの?」
何気ない一言が、胸に重くのしかかる。
「そんなんじゃないよ!」
その日から、ピアノを弾くたびに心がざわついた。
「母さん、サッカーやりたい」
夕飯の席でヒロはつぶやいた。
ピアノをやめたいとは言えなかった。
母は驚いた顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
最後のレッスンの日。
トモちゃんが小さな声で言った。
「ヒロくん、やめちゃうんだね…」
うなずくだけで、何も言えなかった。
本当はやめたくなかった。
本当はトモちゃんと、もっと一緒に音を楽しみたかった。
それでもサッカーボールを蹴る方を選んだ。
サッカーボール蹴る鈍い音は、
ピアノの澄んだ音とは違った。
それでも楽譜よりも広い景色が目の前に広がっていた。
第2話:マサ
体育館に響くバスケットボールのドリブル音。
マサはその音を聞くたびに、胸がざわついた。
「ハル、今日の試合スタメンらしいぞ」
同級生がそう言ったとき、マサは苦笑いでごまかした。
中学ではマサもレギュラーだった。
だが高校に入り、背も伸び、技術も伸びたハルはどんどん先へ進んでいった。
ある日、少しの捻挫で部活を休んだ。
たった一度の休みが、言い訳になった。
「今日は脚の調子悪いから…」
そう繰り返すうちに、体育館に足が向かなくなった。
「なあ、マサ。最近どうした? 前みたいに一緒に練習しようぜ」
ハルが声をかけてくれた。
けれどマサは、笑って首を振るしかなかった。
「…ごめん。やめることにした。脚あんまよくならなくて」
精一杯のプライドで少しの怪我を言い訳にした。
やめることを伝えて出ていく体育館の扉はいつもより重かった。
扉を閉める時の軋む音が、中から聞こえる声と音をかき消した。
やめてから、卒業までとても早く感じた。
卒業式のほとんどの時間をバスケットゴールだけ見ていた。
はじめはハルの活躍も嬉しくて、追いついてやろうって思ってたのに、嫉妬の方が大きくなっていた。
「ごめん」「ありがとう」喉まで出かかった言葉は結局届けられずに、ハルとは疎遠になった。
それでも、心の奥に小さな声が残っていた。
(続けてたら一緒にできたのかな)
嫉妬もプライドもなく
何かを選べる時が来るのかな。
第3話:アキ
「数字がすべてだ」
上司の言葉が、アキの耳にこびりついていた。
入社3年目。
人の役に立ちたくて選んだ会社だった。
だが現実は、営業成績、売上、契約件数と数字でしか評価されない。
「顧客のことを本気で考えてるのに…」
先輩に漏らすと、先輩は笑った。
「実績のない意見は、ただの愚痴だぞ」
その言葉に奮起し、アキは数字を追った。
だが課長、部長、社内の壁は厚く、理想はいつも遠く霞んでいった。
「…こんなはずじゃなかった」
気づけば、転職の文字が頭をよぎっていた。
新しい会社。
規模は小さいが「顧客に寄り添う」と評判だった。
けれど、そこでも同じような壁にぶつかる。
「この業界じゃ、やっていけないのかもしれない」
そうつぶやき、アキはまた会社をやめた。
社会は厳しい。
逃げ道なんていくらでもある。
でも、やめることは敗北じゃない。
やめることでしか見えない景色がある。
嘘でも、そう信じたかった。
信じることでしか、
やめた意味を見出せない気がした。
クボタヤマダ
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