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たまに短歌 淡路島 2025年2月22日 狛猪のある寺

島の山祈るは車来ないこと
石段踏んで猫は昼寝で

しまのやまいのるはくるまこないこと
いしだんふんでねこはひるねで

食事が済んでまだ昼だ。昼飯だから当然だ。これからどうするかと、淡路島観光協会のサイトを開く。風がこれほど強くなければ沼島に渡るのだが、渡船が欠航している可能性も結構高いので、このまま北上を決行。先山の千光寺を目指す。

観光協会のサイトにはこう記されている。

古事記・日本書紀によると、おのころ島で夫婦となった伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二柱の神は、日本列島の島を次々に生んでいきます。その中で最初に生まれた島が「淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)」、すなわち淡路島であると記されています。

淡路島観光協会

「先山」とは、「国生みの際に一番始めにできた山」ということらしいのだが、最初に生まれた島の最初の山ということになる。そこに淡路四国八十八ヶ所第一番の札所である千光寺がある。

神仏への参詣は徒歩でするもの、というのはわかってはいるのだが、さんざん堕落した暮らしを続けて還暦を過ぎてしまい、いまさらどうしようもない。畏れ多くも、その日本最初のありがたい山を車で登る。流石にそういう由緒ある山なので片側二車線の自動車専用道路のようなものはない。登山道のようなものを無理に広げて簡易舗装を施した細い細い山道を往く。対向車が来ないことをひたすら祈りつつハンドルを握り締め、恐る恐る車を進める。奈良でも似たような状況を何度か経験しているが、こちらのほうが距離が長い。途中、ワンボックスカーとすれ違ったが、幸い、すれ違うことが可能な地点だった。ようやく寺に近づいた頃、後ろに軽自動車が付いてきているのに気付いた。対向車も嫌だが、ついてこられるのも気が重い。若い女性が運転する名古屋ナンバーだ。まもなく寺の駐車場に着いた。そこには数台の車が駐車してあり、何人かの人が立ち話をしていた。後ろから来た車の女性はその人たちの輪に加わり、揃って寺に通じる石段を登って行った。駐車場から寺まで石段を登らないといけない。

駐車場から石段を登る

その石段を登ると、家が何棟かある。寺を守る人たちのものらしい。先ほど駐車場で談笑していた人々はその家の門に入っていった。門の辺りで黒猫がその人たちを出迎えていた。その黒猫はなんとなく家人のように甲斐甲斐しく動き回っていたが、家の前にあるベンチには日向ぼっこ中の猫もいる。

日向ぼっこ猫 都美人1号
日向ぼっこ猫 都美人2号

ベンチがあって、猫がいて、ここが寺かと思いきや、まだ石段が続くのである。

石段が続く なんといっても淡路四国八十八ヶ所第一番の札所なのでそう簡単には本堂を拝めない

この週末は日本海側を中心に広範に寒気に覆われ、近畿地方は平野部でも雪が降るところがあるとの予報だった。前日は強風で、この日も雲の多い変わりやすい天候だ。猫たちは日照を逃すことなく日向ぼっこに興じていたわけだ。その前を通り過ぎ、次の石段を登ると、それまでの石段とは直角方向にまた石段があった。

ようやく山門が視界に入る 今度こそ寺だ

いつも思うのだが、由緒あるところは身体が動くうちでないと参詣できない。そういう寺社はたいてい長い石段や坂の上にあるからだ。おそらく、日本の宗教は山岳信仰と関係があるのだろう。寺には寺号、院号、山号がある。平らなところに立地していても山号がある。東京で有名な寺というと浅草の浅草寺、上野の寛永寺、芝の増上寺、といったところが思い浮かぶが浅草寺には金龍山、寛永寺には東叡山、増上寺には三縁山という山号がある。神社にしても古いところは御神体が山というところは珍しくない。例えば奈良の大神神社は三輪山を御神体としている。古い時代の人々の暮らしの中で、山は深い森に覆われて容易に人を寄せ付けないものだった、のではないか。しかしその森のおかげで清らかな水がもたらされ、森の木々が里に暮らす人々の生活を支える材料となっていたはずだ。稀に山の向こうからやってくる人は自分たちが知らない世界の知見を持ち、驚かされたり怖がらせたりしたであろう。人の集落に対して山は恵みと恐怖の両方をもたらす存在だった。その山と神とか人智を超えたものとが結びつくのは自然なことなのだろう。

さほど大きくはない伽藍だが、風格を感じさせる

長い石段を登り詰めると山寺であった。山門が朱に染まり、本堂の前には左右に狛犬が鎮座する。こういう設えは寺というより神社だが、神仏分離は明治以降のことなので、特におかしなことではない。ただ、ここの狛犬は猪だ。それほどたくさんの寺社に詣でたわけではないのだが、猪の狛犬を見たのは初めてのような気がする。こちらの猪は観音菩薩の化身だそうだ。

狛猪 阿形 口が開いているが彫りが浅く写真ではよくわからないかもしれない

それにしても、寺の狛猪とはいいながら、もう少ししっかりと彫ったほうが、、ま、余計なことか。余計ついでに、この彫りの浅い狛猪を見て、彫りに関して対極にある東京の王子稲荷神社の狛犬を思い出した。この王子稲荷神社は創建がいつなのかわからない古い神社だが、源頼朝から奉納を受けたとの記録があるようで、江戸時代に入ると関八州の稲荷頭領とされるようになった。落語『王子の狐』の舞台となっており、歌川広重の『江戸名所百景』にも「王子稲荷の社」と「王子装束ゑの木大晦日の狐火」に描かれている。この近所には江戸幕府8代将軍徳川吉宗が整備した飛鳥山があり、飛鳥山と王子稲荷の間には王子神社があり、王子神社と飛鳥山の間には石神井川が流れている。この石神井川は王子の辺りだけ「音無川」と名前を変えて呼ばれることがある。紀州出身の吉宗が熊野の音無川を想って名付けたとの説もある。また、王子神社の方は鎌倉時代にこの辺りの領主であった豊島氏が熊野新宮の浜王子より若一王子にゃくいちおうじを勧請してそれまであった古い神社を改めて「王子神社」としたものだ。つまり、この辺りは熊野と縁がある土地なのである。その熊野の神々は淡路島の諭鶴羽山から渡って行かれたという。自分にとって淡路島は初めて歩く土地ではあるが、知らず知らずに、淡路から熊野を経て東京王子へと神々の足跡を辿っていることになる。かなり無理矢理の話ではあるが、そう思うと面白いではないか。

王子稲荷神社 狛犬 阿形
撮影:2023年10月21日
王子稲荷神社 狛犬 吽形
撮影:2023年10月21日

ここ先山には神話に登場する天岩戸とされる岩を祀る岩戸神社がある。日本の国土の起源とされる「おのころ島」に複数の説があるくらいなので、天岩戸も多くの説があって当然だ。それにしても、これは「岩」の概念を超越した岩だ。しかし、神話に登場する岩はこれくらいでないとサマにならないかもしれない。この神社は駐車場の下にある。神社といっても、簡易な鳥居と小さな御社があるだけのものだが、賽銭箱は小さいながらも石製で妙に立派だ。

岩戸神社

さて、時間はまだ午後3時前。もうひとつくらいまわって、宿に行こう。

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