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あの日から、本を読まなくなった◇02

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あの日から、本を読まなくなった # 02

帰り道は、三年生からずっと同じクラスだった男の子と一緒だった。同じ道を歩いて、同じバスに乗って、同じ駅で乗り換えて、同じ場所で降りる。示し合わせたわけじゃないけれど、いつの間にかそう決められていたかのように、最後まで彼とは同じ帰り道だった。
 
「そうですね」
 
呟くように運転手へそう答えてから、スマホの画面を暗くする。背もたれに頭を預けて、ゆっくり瞼を下ろした。
 
わたしの通っていた学校にはいじめがあった。当時は「イジメ」という明確な言葉でそれを言い表すのは難しかったけれど、きっと先生や親から「いじめはあるか」と問われたら、間違いなく頷いたと思う。
 
ドラマや専門家の指摘みたいに、順繰りに巡ってくるようなものでもなければ、首謀者のいる支配空間があるわけでもない。いつも決まった相手を、なんとなく教室の空気が嫌悪の対象として扱っていた。冷たく接し、煙たがる。表立った暴力はなかったけれど、一度、理科室で並んで座っていたときに、テーブルの下でつねられているのを、たまたま目撃したことがある。だから、身体的な暴力がどこまであったのかは明白ではないけれど、まったくなかったわけでもない。それに、息が臭い。髪が汚い。顔が、気持ち悪い。こうした精神的な暴力は、よく耳にしていた。
 
もちろん、わたしは被害者ではなく、世間でいう明らかな加害者にあたる。いじめという行為にも、いじめられている子にも関心のないわたしは、事実としてそこにあった行為を、ただ傍観していた。これはわたしの気質でもあると思うけれど、それ以上にいじめを実感したことのない人間の余裕でもあると、今は確信している。
 
だから、わたしの小学生の頃の思い出は、暗く濁ったものではなくて、良くも悪くも、どこにでもある至ってふつうの思い出として記憶されている。
 
そんな小学校にいた同級生の彼もまた、いじめに直接加担してはいなかった。むしろ、分け隔てなく接していたようにも感じる。もし、分かりやすいいじめを目撃していたら、彼なら止めていたかもしれない。
 
運動会では持ち前の運動神経で目立っていたし、ドッジボールをすればいつも最後まで残っていた。勉強をやらせれば上位ではなかったものの、中間層より確実に上の成績を収めていたから、人気者の部類だったと認識している。というより、これも空気感がそう言っていたように思える。
 
わたしと彼の家は遠くなかったし、親同士も仲が良くて、必然的に顔を合わせる機会は多かった。下校時、同じ方向の友達と束になって帰っていたのも、彼と下駄箱で自然と合流するからで、特別に声をかけられることもなく「きたきた、帰ろう」みたいなノリで下校する。
 
下校の途中、いつも彼らは賑やかで、わたしはそれを眺めていた。もっと早く歩けよ、と内心で思いながら後をついて歩く日々を繰り返す。
 
いつからかは覚えていないけれど、みんなと別れてふたりになると、彼はわたしの手を握って歩くのが当たり前になっていた。それに対してなんとも思っていなかったのに、五年生くらいになった頃には、きっと彼はわたしのことが好きなんだろうなぁ、と思うようになった。
 
バスに乗り込むと握られた手は離れて、二人用の座席に腰を下ろす。窓側は絶対にわたし。座席に空きがひとつしかないときに座るのもわたし。彼の気遣いは小学生ながらに一丁前だった。

でも、わたしが本を開くと、彼はいちいちちょっかいをかけてくる。無駄な話題で話しかけてきたり、窓の外を指さして、こちらに身を乗り出してきたり。なんとも意地の悪いガキだけれど、いま思えば彼も寂しかったのかもしれない。

たまに静かなときは、制服のスカートに手を伸ばしてきて生地をつまんだり、何気ない素振りで手を握ったり開いたりしていたのを、横目で何度も見かけた。それについて言及はしなかったけど、気付いていた。わたしはそれを手持ち無沙汰なのだろうと理解したのか、別の理由があったのかわからないけれど、本を読むのをやめて手を繋いであげた。
 
大人になったら結婚しようねとか、進学先はどうするかとか、そんな甘い展開も話題もなく、ただただそういう日の繰り返しだった。
 
五年生の二学期に入って間もない日の、ホームルームの時間までは。


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