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白内障、警察への連絡、深夜の父劇場

数日前のできごと。最近の中でもとくにしんどくて象徴的な日だった……。

私はもともと県外の病院での診察を予約していたのだが、前日から憂鬱だった。このところ抑うつ症状がひどいため、「行けるかな……」と不安だったのだ。が、そこにもう一つ重いタスクが加わった。

父が数日前から「目が見えにくい」と訴えていた。私は「メガネの度数が合わないのかも、そのうち眼科に連れて行こう」と軽く考えていた。
しかし父はその後「視界が白くかすむ」と言い出した。

これはヤバいかも、と私は思った。

というのも、父の家系は遺伝的に目が弱く、父は網膜剥離で手術を経験している。で、もしまた網膜剥離だった場合、即手術&入院しないと一ヶ月以内に失明する。しかも、術後は「うつ伏せで安静にし続ける」期間が続く。

私は父が倒れてから、「認知症の患者は本来必要な治療、とくにリハビリや安静が必要な手術は受けられない」と知った。
医師の指示通りに動けないため、リスクを考えると手術などできないのだ。

実際に、父は膿胸で入院した際も、医師から「本来なら肺にたまった膿を吸い出す治療をするが、じっとしていないと危ないので、できない」と言われ、抗生物質の点滴しかしてもらえず、自然治癒を待ち、入院期間がとても長引いた。
しかも、「点滴を外してしまう」という理由で、父は結局、全身に拘束着と両手にミトンをはめられ、イモムシのような姿で床に転がされていた……。部屋にはベッドがなく、床がマットになっていた。
事前に何も知らされていなかった私にとって、衝撃的な光景だった。

無表情で涙を流している父を前に、「父はすでに意思のない廃人になってしまったのでは?」と心配していると、父から息も絶え絶えに訴えが……。

「あのさあ、フクロが変なふうに股間で挟まってて、痛えんだよ……。位置を直したいんだけど、自分じゃ手も動かせねえんだ……」

…………。
担当の看護師さんにその旨を告げたが、「アハハ、オムツ交換の時間に直しますね」とあっさり去られた。父が倒れて以来、いろいろな地獄(病院、施設)を見てきたが、ここも強烈だった……。

閑話休題。

とにかくこのように、認知症だと「ふつうの治療」が受けられない。ちょっとした治療や検査でも、父が暴れたりしておおごとになる可能性がある。

だから、父を病院へ連れて行くのは、私にとってかなり重く憂鬱なしごとだ。とはいえ、網膜剥離の可能性もあるし、放置するわけにもいかない。
私は自分の診察を終え次第、父を眼科に連れて行くことにした。

父を施設に迎えに行く前にごはん屋さんに寄り、オムライスを食べていたとき、父の施設から電話が。
「お父様が警察に連絡してしまった」とのこと。

父は「自分は監禁されていて、これから殺される」という妄想の中にいることもわりと多い。助けを求めるために警察に電話するというのは、一般常識的にも理解可能なことではある。
が、これまでは家族に電話をかけまくって「早く助けに来てくれよ!」と訴えることはあっても、警察に電話したことはなかった。

こういうことも起こるのか……。

あまりこうしたトラブルが増えると、施設側に「スマホを取り上げる」という判断をされてしまうかもしれない。

と、ここまでを0.2秒くらいで考えた私は、隣の席のお客さんがスマホを置いたまま出ようとしているのに気づき、追いかけてスマホを渡して、お礼を言われてイイ気分になった後、自分の席に戻って「あーあ、このままバックレたい、南の果てまで……」と思いながらアイスコーヒーを啜った……。

ここまでは序章で、この日の本番はここからである。

施設に向かい、職員さんと警察云々の話をしてから、父を迎えに行くと、慣れた様子で食器を拭いていた。最近、父は「食器を拭く係」として定着しているらしい。

作業をしているのは良いことなので、私はほっとした。が、
「アイツの発言によって、俺という人間は存在してないことになったから」
というセリフとともに、一人の職員さんを忌々しげに睨む父。今日も絶好調で「じぶん劇場」を展開している……。

で、イロイロな創意工夫と努力で、とにかく父を眼科に連れていき、検査も無事に終了。
待ち時間中、父の不安を和らげるために「ここは街一番の名医だから大丈夫」「ここの設備は最先端だから間違いない」などと嘯きながら肩をもんであげたりする私。そう、認知症の人間にとっては、じっと待つことすら簡単ではないのだ……。

父は白内障と診断された。網膜剥離ではないことがわかって、めちゃくちゃホッとする私。
白内障は通常、簡単な日帰り手術で治るそうだ。しかし、父の場合はやはり認知の問題がネックで、眼科のクリニックでの手術は「何かあったときの」リスクが高い、とのこと。
結局、眼科のある総合病院を改めて受診し、相談するしかないようだ。

父はといえば、自分の目が悪くなったこと自体を忘れてしまい、視界の悪さを「なんでかメガネが曇るんだよな」と言いながら何度もメガネを拭いている。

タスクを一つ終えては、また一つ増える。それが生活ってことですかね……。
私はなるべく落ちついた気持ちで現状を受け止めようとしつつ、自分の体がずんと重くなるのをマインドフルに感じていた。
人生は平面的な「前進」ではなく、あらゆる次元での「変化」だと思う。線や面でとらえるには、複雑すぎるし、果てしなさすぎる……。

夕方、父を施設まで送り、クタクタに疲れて帰宅。一日中気を張っていた私は過覚醒状態で、深夜三時をすぎても眠れず、音楽を聞いていた。するとイヤホンから容赦なく鳴り響く父からの電話……。

もしもし、助けてくれよ。知らない男がさっきまで俺の部屋にいて、今は部屋の外からずっと見張ってんだよ」
「たぶん、夜勤の職員さんだと思うけど。あなたは誰ですか、と本人に聞いてみたら?」
「それができたら苦労しねえよっ。……ところで、あなたのご両親はご健在なんでしょ?
「……う、うん……」
「そりゃあ何よりだ。よろしく伝えてくださいよ。俺なんかが生意気だけどさ
「……伝えておきますよ。だけどお父さん、外にいる人が気になるのもわかるけど、そろそろ寝たほうがいいんじゃないの」
「いや、アイツが何もしてこないのが余計に不気味なんだよ。今こうしてる間も会話を聞かれて、俺という人間を把握されてるかもしれねえだろ
「まあ、そうだとしても、聞かれて困るような危険な会話はしてないから、大丈夫じゃないの」
そんな甘い国家じゃないと思うね、俺は。それはあまりにも性善説すぎるんじゃねえか?」
「……。とにかく、私もそろそろ寝なきゃなんないからさ……」
「そういうことか……。ま、俺も今年は単位が足りなくて卒業できねえかもしれねえけど、もういいかなって思ってるからさ。ただ、俺に何かあったら、この電話があったことだけは新聞社に話してくれ
「うん、わかったよ、何もないことを祈るけど……」
「でも、お前が自分の身に危険を感じるようなら話さなくてもいいからな」
「ありがとうね、自分が大変なのに、こっちの心配してくれて。信頼できる人に話すことにするよ。……じゃ、そろそろ寝ないと……」
「お前とも、これが最後の電話になるかもしれねえな。……あれ、そういえば、……ウチのばあさんって死んだんだっけ?
「…………。」

こんな会話を、まじめなトーンで、2年以上、毎日、こなしている自分……。
だれか、表彰してくれませんかね。それか、代わりに電話対応してくれるAIがほしい。そろそろ作れそうだよね?必要です。切実に……。


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