見出し画像

2026創作大賞 エッセイ部門を考察してみる

このnoteを読んでいる人なら、きっと「創作大賞」の存在は知っていると思う。

応募方法や注意事項は

公式ページ

を見てもらうとして、このページでは、私が創作大賞のエッセイ部門を本気で狙うにあたって、過去の受賞作品を読み、自分なりに「どうすれば受賞に近づけるのか」を勝手に考察してみた。

もちろん、これは一個人の仮説だし的外れな事もあると思う。

もし「こういう視点もあるんじゃない?」というものがあれば、ぜひ教えてほしい。創作大賞を目指す者同士、情報交換ができたら嬉しいです。

過去3年の対象受賞作品

2025年エッセイ部門 大賞

2024年エッセイ部門

メディア賞

入選

2023年 エッセイ部門

メディア賞

入選


他にも読めていない作品はあるかもしれないが、ひとまず手に入る範囲で読んでみた。
共通点や気づきを書き出す。

文字数

公式では「1万字以内」とされているが、実際の受賞作を読むと、3000〜6000字ぐらいのものが多い印象だった。 1000〜2000字でも良い作品はあるかもしれない。しかし、エッセイとして厚みを持たせたり、読後に余韻を残したりするには短いんだと思う。 一方で、8000字を超えるような長編を最後までダレずに読ませるには、かなりの構成力と書き手の技術が必要だ。私のような素人の日記レベルで5000字を超えるのは難しい。 だから3000〜4500字くらいが一番戦いやすいのではないかと考えている。 私は3000字前後を時間をかけて推敲し書いてみようと思う。

画像

使う写真は実在感を与える【本当にあった事なんだ】と思わせるものが強いと思う。 受賞作には、スマホやデジカメで撮ったと思われる写真が添えられていることが多かった。 最初は「オリジナル写真だから評価されるのかな」と思った。 でも読み進めるうちに、少し違う気がしてきた。 写真そのものの出来ではなく、「この人は本当にこの出来事を生きたんだ」という実在感を補強するのが大切なのではないか。 帰り道の空。 古びた台所。 子どもの後ろ姿。 そんな何気ない写真があるだけで、その人の空気を感じるエッセイになる。 逆に、有名人の写真や通行人が多く写り込んだ写真は、受賞すればいろんな媒体に出る可能性があるため、権利面を含めて選ばれにくいはずだ。

過去受賞作でAI生成画像やフリー素材を使って受賞した人は極めて少ない。神は細部に宿ると言うが、画像選びや、句読点一つにもこだわれないと、受賞を本気で目指す人のステージにも上がれないんじゃないかと思う。

内容・ストーリー

受賞作には、ざっくり言うと家族の話や人生の楽しみ方のような話が多かった。 誰もしたことないような体験のストーリーのものもあるが、多くの作品はテーマそのものが特別なわけではない。 親の介護。 子育て。 夫婦関係。 仕事。 誰もが書きそうな題材ばかりだ。 違うのは、「その人はそれをどう見たのか」だと思う。 同じ保育園の送り迎えでも、ある人は子どもの成長を見るし、ある人は自分の老いを見る。 共感できる普遍性と、「そんな見方があったのか」という固有性。 この両方がある作品が、読者の心に残り選ばれやすいのかもしれない。普段何気なく通り過ぎている空気感や小さくて見落とす感情を拾い上げ、言葉にし、表現することが大切なのかもしれない。

タイトル

過去受賞作を見ると、タイトルが分かりやすい作品が多い。 何万本という作品の中で、まず目に入るのはタイトルだ。 だからこそ、「何について書かれた話なのか」が伝わる方が有利ではないかと思う。ある程度タイトルで読み手の「こんな話なのかな?」という下地を作ってから、作品に入った方が読み手もきっと読みやすい。 気を衒った文学的なタイトルより、 「誰の、どんな出来事なのか」 が一瞬で分かるタイトルの方がクリックもされやすいだろう。 もちろん例外はあると思う。私は分かりやすさを優先したい。

スキやフォロワー数は関係あるのか

これは正直、分からない。 公式には作品そのものを評価すると書かれている。 ただ、もし受賞後に書籍化や雑誌掲載の可能性があるなら、出版社として「この人には既に読者がいる」というのは魅力の一つになるはずだ。 同じくらい魅力的な作品なら、反応のある作品の方が後押しされる可能性はある。 もちろん、スキの数だけで決まるわけではない。 でも、「良い作品を書くこと」と同時に、「届ける努力をすること」も無駄ではないと思っている。

これを執筆中にnote編集部のインタビュー記事が上がり【スキは受賞の決定打にはならない】という内容が書いてあった。これを読んで「スキ数は関係ないんだ!」と思う人はいないだろう。考慮しないなら「関係ない」と書ききるはずだ。もしかしたら、スキ数1桁、もしくは2桁前半で内部の一次選考で切られるのかもしれない。

過去の投稿も見られるのでは

創作大賞は応募作品そのものを評価するのが前提だと思う。ただ、もし受賞後に書籍化や連載の可能性があるなら、編集者は「この人は次も書けるのか」という視点も持つのは自然なことだ。 私が受賞作を選ぶなら過去の作品を見る。そしてたくさん投稿していることよりも、「この人らしい文章」を継続して発信しているかを見るだろう。

その積み重ねは、最後のひと押しになるかもしれない。 だから私は応募作品だけではなく、普段のnoteや過去作のクオリティもあげようと思う。

ただ過去作を見られるかも、というのはかなり作品が絞られた後の話だ。そもそも作品が受賞レベルになければ過去作をいくらリライトしようが関係ない。

選考はどう進むのか

これも完全な想像だ。 出版社が数万件の応募作品をすべて読むとは考えにくい。実質不可能だろう。だから、 出版社が求める方向性を提示する


↓


note編集部が一次選考を行う


↓


出版社が最終選考を行う

という流れではないかと勝手に予想している。

かつnote編集部も全ての作品は読めないと思う。文字数・スキ数である程度足切りして、上がってきた作品を読むという流れだろうか。それだけで千作品前後に絞られるんじゃないか。 真実は分からない。 でも、もしそうだとしたら、やはり過去作品の考察は必要だ。私は千文字のめちゃくちゃ濃いエッセイを書くんだと気合を入れて書いたとしても最初の選考で読まれず切られる可能性もある。

他に気づいた事

受賞作を読んでいて、もう一つ気づいたことがある。紹介したくなる一文が必ずあることだ。

最近林真理子さんが出したエッセイ【80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間】がベストセラーになっているが、このタイトルは本の中から編集者が抜粋してタイトルになったそうだ。

もしかすると編集者は、作品そのものだけでなく、本の帯やSNSで引用したくなる”残る一文”を探しているのかもしれない。私も、誰かの記憶に残る一文を書けるようになりたいと思う。

結局、受賞作に共通していたもの

受賞作には、読後にほんの少し世界の見え方が変わる瞬間がある。 親に電話してみようかな、と思ったり。 子どもの手を少し長く握ってみようかな、と思ったり。 明日見上げる空が、少し違って見えたり。 人生が劇的に変わるわけではない。 でも、読む前と読んだ後で、世界がほんの1ミリだけ動く。 私も、そんなエッセイを書きたい。

創作大賞狙ってる皆様!一緒に頑張りましょう!

いいなと思ったら応援しよう!