第4章 英雄誕生 ― 人魔大戦 ― 第3節 希望という策
【砦・広間】
「では、おさらいを兼ねてもう一度戦況を見直すぞ。報告せい!」
タウゼンの声が広間に響いた。
先ほどまでの沈黙を断ち切るように、若い男が前へ出る。
「はい、現在北五キロ地点より魔人らしき人影がこちらに接近中です。速度はゆっくりですが、半日以内にはここに到達するものと思われます」
机上の地図が指し示される。
タウゼンが問う。
「これに対する戦略は?」
「……」
誰も答えない。
疲れ切った顔。
虚ろな目。
勝機が無いことを、全員が理解している。
逃げる様子もない。
だが、立ち向かう気迫もない。
精神の摩耗が、限界に達していた。
タウゼンが小さく唸る。
「うぅむ……」
僕は地図へ視線を落とした。
魔人の現在地。
砦。
その間に――林らしき地形。
ここを知られるのは避けたい。
ならば――。
「……あの。提案してもいいですか?」
広間の視線が集まる。
タウゼンが即座に頷いた。
「おお! 遠慮なくどうぞ。言ってみてくだされ」
期待と不安が混じる空気の中、僕は地図を指した。
「魔人がこの場所を知って目指しているかは分かりませんが、今の状況からこの砦を魔人たちに知られるのは極力避けるべきです。籠城するより打って出るべきかと。幸い、侵攻ルートの途中に林があります。そこに身を潜め、奇襲を仕掛けるのが最善かと思います」
静寂。
タウゼンが顎に手を当てる。
「伏兵戦術、というわけですな。なるほど」
だが、背後から声が飛ぶ。
「お笑いだな、その程度の戦術では!」
ざわめきが広がる。
「グランバルトナイツは何をやってるんだ!」
「若造なら先頭に立って守るもんじゃないのか!」
罵声がぶつけられる。
……当然だ。
僕は一歩前に出た。
「確かに、グランバルトナイツが皆さんを守りきれなかったのは事実です。僕を信用できないのも仕方ない」
空気が変わる。
「だったら、皆さんの信頼を得るために、僕は一人で打って出ます」
自分でも無謀だと分かっている。
それでも言わなければならなかった。
僕はそのまま出口へ向かう。
「待ちな!」
背後から声が飛ぶ。
振り返ると、武将髭を生やした中年の男が立っていた。
幅広の大剣を背負っている。
「見張りとしてついて行かせてもらう」
「……御好きにどうぞ」
外へ出る。
青空が広がっている。
戦場とは思えない静けさ。
男が隣に並ぶ。
「一つ、聞いていいか?」
「何ですか?」
「お前さん、何のために戦う?」
僕は足を止めた。
「知っての通り、勝ち目は薄い。何か策があるなら別だが、希望も無い連中のために命を張る価値があるのか?」
少し考え、空を見上げた。
「……だからこそ、です」
「ん?」
「皆さんから、希望が感じられなかった。このままでは敗北が決まる。だから僕が立つ姿を見て、少しでも生きる希望を取り戻してくれればと」
男は黙る。
「他人を信じてやっていく事が、まとめる人のあるべき姿じゃないかと、僕は思います」
風が吹く。
しばらくして、男が小さく笑った。
「……参ったな。まだそんなことを考える奴がいたとは」
男は手を差し出した。
「決めた。お前さんに力を貸してやろう」
「え?」
「最初は見張りのつもりだったがな。少しでも戦力はあったほうがいい」
僕はその手を握った。
「ラクドウだ」
「クレフです。よろしくお願いします」
そのとき――
「クレフ兄ちゃーん!」
振り返ると、マウイが走ってきた。
「僕も連れてってよ! 何か手伝いたいんだ!」
「マウイ……いいのか?」
「会議での兄ちゃん、カッコ良かったよ。どうせ捨てる覚悟の命なら、兄ちゃんに預けたいと思った!」
まっすぐな目。
ラクドウが笑う。
「早速、信頼できる奴ができたようだな」
僕は小さく頷いた。
胸の奥に、確かな熱が灯る。
勝算は薄い。
だが――
僕は一人じゃない。
「行こう」
僕らは、林へと向かった。
――第4節に続く。
第4章 第3節「希望という策」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
戦術そのものよりも――
この節の本質は「空気」でした。
勝てないと分かっている者たち。
信頼を失った騎士団。
そして、それでも立つと決めたクレフ。
彼の策は完璧ではありません。
むしろ、理屈だけなら無謀に近い。
けれど――
希望は、理屈では生まれない。
ラクドウとの対話は、この章における最初の“転機”です。
力ではなく、信頼で仲間を得た瞬間。
そしてマウイの選択。
それは子供の衝動ではなく、意志でした。
次節から舞台は森へ。
静かな緊張は、さらに濃くなっていきます。
少しでも心が動いたなら、
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引き続き「グランバルト物語」をよろしくお願いいたします。
