ついにその日が
病院に到着し、電話で看護師から説明を受けた入口から病院に入り、救急室の受付に急ぐと、職員から名前を呼ぶまで待合室で待っているように指示されました。
待合室には、父がいて、問診票などいくつかの書類を手にしていました。
父は認知症なので、まともに記入できるはずがありません。
見ると、やはり誤った記述だらけでした。
それを訂正するのに苦労し、何とか書き終えると、ちょうど名前を呼ばれたので、父と一緒に救急室に入りました。
担当の医者は、30代くらいの神経内科の男性医師でした。
医師は、母親が多発性脳梗塞を起こしていることを告げると、一呼吸を置いてから、「いろいろ調べてみると、これは悪いタイプの脳梗塞でして」と語り、脳の画像から内臓の画像に切り替えました。
医師によると、母にはガンの疑いもあり、しかも転移も見られ、それが原因で多発性脳梗塞が起きたのではないかということでした。
医師はショックを受けている私をさらに打ちのめすように、「これからお母さんはどんどん痩せていき、緩和ケアを受けることになるでしょう」と淡々とした口調で述べました。
そして一通り説明が終わると、医師は「このことはまだ本人には伝えていません」と述べました。
私は、死刑宣告のショックは自分で食い止めたいと思い、母には言わないでほしいと医師に頼みました。
しかし医師は「今はそういう時代じゃないので」とさらりと言い、「お母さんと面会した後に、看護師から入院の手続きの話があるので、それをよく聞いて入院の準備を進めてください」と私たちに退出を促しました。
沈んだ顔を見せないように平常心を装って母のもとへ行くと、母は「こんなことになるなんて、夢にも思ってなかったわ」と語り、「こんなことをしていていいのかしら」と申し訳なさそうな顔で私たちを見ました。
幸い、しゃべり方はあまり普段と変わらず、意識も記憶もまだしっかりしているようだったので、今のうちに伝えたいことは全部言っておこうと思い、照れくさくて言えなかった感謝の言葉や、よくなってもらいたくって厳しく当たってしまったことに対しての謝罪の言葉を述べました。
母は涙ぐみながら、喜び、許してくれたので、この時間をもてて本当に良かったです。
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