倒れる日の朝
母が病に倒れる日も、不思議なことがありました。
いつもの朝よりも早く母屋に行けたことで、母の異変に迅速に対応できたのです。
そうでなければ、重体で病院に運ばれることになったかもしれません。
そのおかげで、短い期間ですが、面会で母と会話ができる時間をもつことができました。
それだけでも、ありがたいことです。
私がいつも母屋に行く時間は、7時40分くらいです。
その日は目が覚めると、庭の草むしりをすることを何故かふと思い立ち、6時くらいに母屋に行きました。
そして両親の様子を見に行き、目が覚めた母に草むしりをすることを告げてから、作業にかかったのでした。
早朝に草むしりをしようと思ったのは、今日は枝葉のゴミ出し日であったので、朝食を作る前に片づけてしまいたかったからです。
草むしりがほぼ終わり、あとは草を集めてゴミ袋に入れるだけの段階になると、着替えを済ませた母が居間の窓を開け、私に感謝の言葉を述べた後、「昔はあたしも早起きして、草むしりをしたんだけど」と懐かしそうに語りました。
ところが、それから2,3分後、異変が起こりました。
母は昨日の朝に洗濯してハンガーに干してあるタオルを触ると、「夜に洗濯をしたのに、もう乾くんだね」と頓珍漢なことを言い始めたのです。
それから少し歩いて台所のドアにしがみつくと、「なんか、おかあさん、おかしくなってきちゃった」と異常を訴えたのでした。
驚いて、母を台所の先にある寝室に移すと、もう立ちあがれなくなり、床に腰を下ろした格好で、「なんか自分の手じゃないみたい」と言って、利き腕を触り始めました。
脳梗塞かもしれないと思い、手を握ったり、開いたりできるか、やらせてみました。
それは問題なくできましたが、さらに問題がないことを確認するために、箸を正しく使えるか、試してみました。
すると、最初はできたものの、回数を重ねるたびに、だんだん怪しくなってきました。
「救急車を呼ぼうか」と訊くと、母は「大丈夫だよ」と答えました。
でも、脳梗塞ならば、一刻を争います。
様子を見ている場合じゃないと思い、急いで電話をかけて救急車を呼びました。
休日の朝なので、救急車はすぐに来てくれ、母は付き添いの父とともに救急車に乗りました。
私は救急隊員から、「連絡をしますから、あとで病院へ車で来てください」と指示されたので、家で待機することにしました。
しかし、いくら待っても電話がかかってきません。
2時間半も経つと、ついに待ちきれなくなり、消防署に電話をかけてしまいました。
すると、搬送した病院名を伝えられ、「血圧は190ありましたが、軽い症状でよかったですね」と明るい声で言われました。
私はほっとして、急いで車に乗り、病院に向かいました。
ところが、信号待ちをしているときでした。
病院から電話がかかってきて、女性の看護師から「今日は入院することになりました」と告げられ、詳しい話は病院でするので、できるだけ早くこちらに来てくださいと催促されました。
一日入院すれば済む程度なのか。それともそれでは済まない重病なのか…。
再び落ち着かない気持ちになって、私は病院に車を走らせました。
★話が長くなるので、続きは次回にします。
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