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反省を活かせないと、禍が大きな縄になってしまう

逆境にいる人を励ましてくれる言葉があります。

例えば、「禍福はあざなえる縄の如し」です。
これは、麻やわらなどの植物繊維をより合わせて作った縄のように、幸福と不幸は表裏一体で交互に絡み合って訪れるものだから、一時的な状況に憂うる必要はないという意味です。

また、「人間万事塞翁さいおうが馬」という言葉もあります。
塞翁という老人の飼い馬が逃げたことをきっかけに、幸運と不運が交互に訪れたという中国の故事に由来する成語です。一見すると最悪に思える出来事が後に大きな幸運に結びつくこともあるから、悲観的になりすぎるなということです。

私は今、長い逆境の中にいます。
昨年、最愛の母が他界し、今年は父が大病にかかってしまいました。
私は一人っ子で独身のため、身内に頼れる人はいません。体が弱って支援なしには生活できなくなった母と、認知症になった父。この両親の面倒を見るために、私は6年前に介護離職をしました。
今は、自宅療養をしている父を一人で看ています。私の50代の時間はほぼ、両親のために費やされているといっていいでしょう。

今の日本もまた、「失われた30年」から完全に脱却できていません。
世界情勢の緊迫化に伴う物価高騰や資源不足という難題も加わり、苦境に追い込まれる企業や庶民が増えています。
少子高齢化による慢性的な人手不足や社会保障費の増大、地方の過疎化といった構造的な課題にも苦しめられています。

しかし歴史をみると、「禍福は糾える縄の如し」や「人間万事塞翁が馬」が嘘ではない事実を確認することができます。

たとえば、大正時代に起きた日本の好景気です。
日本が好景気になったのは、第一次世界大戦で戦場となった欧米の代わりに軍需品の輸出などが急増したからです。
この幸運を手に入れることができた理由は、日本は日英同盟に基づいて参戦したものの、主戦場から遠かったため被害は軽微だったことにあります。
一方、戦火に包まれたヨーロッパは軍需工場が爆撃されたことで生産が困難になり、軍需品(特に綿織物や船)などを日本から輸入せざるをえなくなったのでした。
そのお陰で、日本は軽工業から重工業へと経済構造を転換させ、大きな富を得たのです。そのようなことから、この空前の好景気は「大戦景気」と呼ばれました。

ところが、この幸運が不運を生む原因になります。
不幸とは、のちに太平洋戦争(アジア・太平洋戦線)の引き金になる真珠湾攻撃を行い、国に甚大な被害をもたらす道へと繋がっていったことです。

アメリカを相手に戦争をするという無謀な行動に走った背景には、それまでに得た3つの「幸運」があったと言われます。

1つめは、「大戦景気」を経験したことにより、国民の間に「戦争は儲かる、ありがたいものだ」という認識を植え付ける一歩となってしまったことです。
のちに「昭和恐慌」で苦しんでいた日本は、戦争をそこから脱却するための手段として利用しようとしてしまいました。

2つめは、第一次世界大戦の主戦場から遠かったことで、大した被害を受けずに済んだことです。
そのせいで、航空機や戦車、潜水艦、化学兵器など、急速に進化したテクノロジーを使った近代戦の凄まじさを実体験できず、世界の軍事トレンドから取り残されてしまったのです。

3つめは、それ以前の日露戦争で成功していたことです。
その成功体験から、「日露戦争の時と同じ精神力や愛国心があれば大国に勝てる」という信仰のようなうぬぼれに陥り、国民も「日本の兵隊は世界最強だ」という慢心を抱いてしまいました。
その結果、民間でも「次の戦争はアメリカだ」と熱狂的に待ち望むような空気がつくられてしまったのです。

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