後悔は人生にプラスになる
大事な人を失おうとする時、悲しみの他に、後悔に強く苦しめられます。
私が後悔しているのは、携帯おしり洗浄機を買わなければよかったということです。
携帯おしり洗浄機を購入したのは、母が病に倒れ、入院する2日前でした。
携帯おしり洗浄機を購入しようと思ったのは、母屋のトイレのウォシュレットが壊れたからです。
ウォシュレットが壊れたのは、1ヶ月ほど前でした。
本当なら携帯おしり洗浄機ではなく、トイレのウォシュレットを新品に交換するべきなのですが、それができなかったのは生活が苦しいからです。
便座だけを交換できるタイプのトイレならば、低予算で交換できるので何とかできたでしょう。
でも母屋のトイレは一体型なので、丸ごと交換しなければならず、かなりの出費になってしまいます。
それは食費を切りつめて暮らしている我が家には、厳しかったのです。
ウォシュレットに慣れてしまうと、ウォシュレットなしの生活は不便です。でも、昔の汲み取り式のトイレにはウォシュレットはついておらず、その生活を20年ほど前までやっていたのだから、昔に戻るだけだと考えて過ごしていました。
にも関わらず、携帯おしり洗浄機を買おうと思ったのは、100均で買ったアルコール除菌スプレーを母がウォシュレット代わりに使っていたからでした。
携帯おしり洗浄機を買えば、解決するわけでないことは予想していました。
物忘れが増え、機械に弱い母が、携帯おしり洗浄機を使いこなせると思えなかったからです。
実際、携帯おしり洗浄機を使ってみると、操作ボタンが小さく使いずらかったり、水の補充を頻繁にしなければならない面倒くささがあったり、肛門に水を命中させる難しさがあったりしました。
これは母には難しいかなと心配していました。
結果は、予想通りでした。
母は携帯おしり洗浄機の操作に失敗し、トイレの床はびしょびしょ。母から「こんなの二度と使わない」と激怒されてしまいました。
こうなるだろうと思っていたものの、ひどい言われ方をしたので、私はカチンときてしまいました。
大人げなくも、しばらく口をききたくない気分になり、家で母と過ごせる貴重な時間を不機嫌な態度でつぶしてしまいました。
その翌朝も腹の虫がおさまらず、母が「今日もよろしくね」と言ってくれたのに、「よろしくされても困る」と答えてしまったのです。
今は、母になんてひどいことをしてしまったのかと思い、深い後悔の念に駆られ、無理をしてでも、新しいトイレに変えてやればよかったと思っています。
グリーフケア(死別の悲しみに苦しむ遺族のケア)の専門書を読むと、遺族が強い後悔や罪悪感をもつのはよくあることだと書かれています。
そして遺族がそのような気持ちを抱くのは、亡き人を深く愛していた証拠だと慰めてくれています。
また、自分を責めてばかりいると心身が不調になってしまうので、自分を許すことが重要だと述べられていました。
自分を許す方法としては、亡き人のためにしてあげられたことで、その人を幸せにできたことを思い出す方法をあげていました。
また、深く後悔することは、人生をよい方向に変えるプラスの面があるとも。
なぜなら、深く後悔すると二度と同じ間違いをしないと強く思うようになることで、人生を生きなおすことができるからです。
そういえば、確かにささいなことで怒ることが減り、優しく接することができる人間に変わったような気がします。
私の大好きな童話に、新美南吉が書いた「百姓の足、坊さんの足」という作品があります。
この童話では、表面的には立派でも傲慢な心をもった人よりも、貧乏でも美しい心をもった人のほうが天国に行けるという作者の思いが書かれています。
この童話の主人公である百姓の菊次さんが美しい心をもった人間に生まれ変われたのは、米初穂で和尚さんと一緒にやった罪深い行為を深く反省したからでした。
一方、和尚さんは反省をせず、死んでからも傲慢な態度をとったので、天国へ行けませんでした。
私が美しい心をもった人間に生まれ変わりたいと思ったのは、何度も読み返したこの童話が影響しているのかもしれません。
天国にいる母に再会するには、自分も天国に行くしかない。
そのために徳を積んで、美しい心をもった人間に生まれ変わる努力をしようと思い、日々暮らしています。
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