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【深層考察】「緑」を読み直す。──藤吉夏鈴という「物語の居住者」が、櫻坂46で手に入れた微笑みの正体

櫻坂46の新曲『The growing up train』のMV、もうご覧になりましたか? 画面越しにも伝わる気迫、そして何より、あの「緑」の衣装に心を揺さぶられた方も多いのではないでしょうか。
かつて「破壊」の象徴だった藤吉夏鈴さんが、なぜ今、過去を想起させる色を纏い、スタンドマイクの前で足を止めたのか。 その答えは、彼女が以前語っていた「ある読書習慣」の中に隠されていました。
彼女の変遷と、グループが迎えた新しい季節について、紐解いていきたいと思います。

物語を愛する人間には、二種類いる。 結末を知るためにページを繰る「消費者」と、その世界に浸るためにページを繰る「居住者」だ。

藤吉夏鈴は、間違いなく後者である。 かつて彼女は、あるラジオ番組でこう語ったことがある。気に入った小説に出会うと、読み終えたその瞬間に、また1ページ目に戻るのだと。

「4回読みました」

彼女は悪戯っぽく、しかし真剣な瞳でそう言った。

通常、時間は不可逆だ。一度読んだ物語は「既知」のものとなり、人は新しい刺激を求めて次の本へ手を伸ばす。 だが、彼女は違う。「もうその世界から抜け出したくなくて、好きすぎて」、彼女は時間の流れに逆らい、何度も「入り口」へと舞い戻る。

彼女にとって物語とは、消費して捨てるものではなく、自身の肉体を預け、呼吸をし、暮らすための場所なのだ。

2026年2月12日。 櫻坂46の14thシングル『The growing up train』のMVが公開された時、多くの者が息を呑んだ。

画面の中に立つ藤吉夏鈴が纏っていたのは、かつて彼女たちが脱ぎ捨てたはずの、あの「緑」の衣装だったからだ。

なぜ、今なのか。 なぜ、未来へ進むはずの「Growing up(成長)」というタイトルの楽曲で、過去の象徴である「緑」を着るのか。 その答えは、彼女の特異な「読書体験」の中に隠されている。

普通の人間にとって、過去へ戻ることは「停滞」だ。 しかし、彼女にとって、過去へ戻ることは「愛」なのだ。

彼女は今、櫻坂46という巨大な物語の「第1章」を、もう一度、最初から読み直そうとしている。

第1章:「Start over!」という名の栞 ──かつて彼女が手にした「破壊」と「移動」の自由

時計の針を少し巻き戻そう。 彼女が前回センターを務めた6thシングル『Start over!』。あの楽曲は、グループの歴史においてどのような意味を持っていたか。

「やり直し」と訳されるそのタイトル通り、あれは強烈な「破壊」と「逸脱」の儀式だった。

MVの中で、彼女はオフィスの書類を撒き散らし、机を蹴り飛ばし、鼻で笑い、最後にはマイクさえも放り投げた。 監督から「10歳の子どもみたいにやってみて」と告げられた彼女は、アイドルという「正解」を演じることをやめ、本能のままに暴れ回った。

「すごく自由に生きることができて、すごく幸せでした」

後に彼女がそう語ったように、あの一瞬、彼女は重力から解き放たれ、どこへでも行ける「移動の自由」を手に入れた。 それは、物語のページに挟まれた、あまりにも激しく、美しい「栞」だった。ここで一度、彼女は古いルールという本を閉じたのだ。

だからこそ、誰もが思ったはずだ。 次に彼女が真ん中に立つ時は、もっと遠くへ、もっと自由に、どこか知らない場所へ飛んでいくのだろうと。

だが、提示された最新作『The growing up train』の姿は、我々の予想を裏切るものだった。

第2章:スタンドマイクのパラドックス ──「動かない」ことを選んだ、確信的な理由

荒野に立つ彼女は、暴れていなかった。走ってさえいなかった。 彼女の目の前には、一本の「スタンドマイク」が立てられていた。

スタンドマイク。それはパフォーマーをその場に固定する「拘束(アンカー)」の装置である。 『Start over!』であれほどの自由を手にした彼女が、なぜ自ら足を止め、不自由なマイクの前に立つことを選んだのか。

映像を凝視すれば、その答えが見えてくる。 彼女の手だ。 かつてマイクを放り投げたその手は、今、スタンドマイクの支柱を「強く、確信を持って握りしめて」いる。

それは「縋(すが)る」ような弱さではない。大地に杭を打ち込むような、強烈な「定着」の意志だ。

「私は、ここから逃げない」 「私は、この場所で生きていく」

その指先からは、そんな覚悟が伝わってくる。

ここには、MV監督・池田一真氏の計算し尽くされた演出がある。 池田氏は、藤吉のパフォーマンスを感情的に撮ることをあえて避けた。幾何学的でクールなカッティング、整然としたフォーメーション、そして無機質なスタンドマイク。

なぜなら、藤吉夏鈴という素材自体が、放っておけば発火しそうなほどの「熱源」だからだ。 容器(演出)までもが熱ければ、作品は溶けて形を失う。

「冷徹なまでの美しさ」という檻(スタンドマイク)に閉じ込めることで初めて、彼女の内面から溢れ出る「命の震え」が、純度の高い光となって可視化される。

彼女は自由を捨てたのではない。 「子供のように暴れる自由」を卒業し、「その場に踏み止まって歌を届ける責任」という、大人の自由を選び取ったのだ。

第3章:「緑」の再読 ──それは「呪い」ではなく、選び取った「私の色」

そして、あの衣装である。 深く、鮮やかな「緑」

かつて、その色は彼女たちにとって「聖衣」であり、同時に重い重力を持つ鎧だった。 歴史を塗り替えようと必死だった時期、彼女たちは無意識にその色を避けてきたかもしれない。新しい色(白や桜色)に染まることが、進化だと信じて。

だが、藤吉夏鈴は「同じ本を4回読む」女だ。 多くのアイドルが「過去を捨てて未来へ進む」直線的な時間を生きる中で、彼女だけは「過去をもう一度、新しい解釈で読み直す」円環的な時間を生きている。

今、彼女が纏っている緑は、かつての重厚な軍服ではない。風を孕んでしなやかに揺れる、軽やかなドレス素材だ。 彼女は、過去の物語(欅坂の歴史)を「黒歴史」として封印したわけではない。

「あの頃の私たちも、必死で生きていたよね」

そう語りかけるように、彼女はかつて自分がいた場所(第1章)に戻り、愛おしそうにそのページを撫でている。 歌詞の一節が、その証左だ。

なぜ 涙が溢れる? (So suddenly) 生きるって素晴らしい 君に教えられたよ

かつての代表曲『なぜ 恋をして来なかったんだろう?』で、彼女は「なぜ」を後悔の問いとして使った。 しかし今作での「なぜ」は、圧倒的な「生の肯定」だ。

青春は暗闇の中で手探りするものだが、その先には必ず陽が昇る。 苦しかった過去(暗闇)があったからこそ、今の光がある。その因果を丸ごと愛せた時、彼女の頬を伝うものは「悲しみの涙」から「感謝の涙」へと変わった。

彼女が緑を着て笑えるのは、それが「着せられた色」ではなく、彼女自身が選び取り、読み直した結果の「私の色」になったからだ。

第4章:背中で語るリーダー論 ──4期生という「新しい読者」を乗せて

今回の「再読」には、前回と決定的に違う点がある。 独りではない、ということだ。

その列車の座席には、4期生という新しい仲間たちが座っている。 彼女たちもまた、先輩と同じ緑の衣装を纏っている。

藤吉は、安易に彼女たちと目を合わせたり、過剰に手を繋いだりしない。 初期の山﨑天が『Buddies』で体現したのが「包容力(横の繋がり)」だとすれば、今の藤吉夏鈴が体現しているのは「牽引力(縦の繋がり)」だ。

今回の振付には「カノン(時間差)」や「ディレイ」が多用されている。 センターに立つ藤吉が動く。そのコンマ数秒後、波紋が広がるように後輩たちが動く。 彼女は言葉で指示を出さない。視線で安心させることもしない。

ただ、その「背中」で語るのだ。

「私は、この曲をこう解釈して生きる。あなたたちは、どう生きる?」

その背中は、かつて自分の世界に閉じこもっていた「孤独なプリズム」のものではない。

「この物語(櫻坂46)は、こんなにも面白いんだよ」

そう後輩たちに伝え、未知なるページへと誘(いざな)う、頼もしきリーダーの背中だ。

彼女にとっての「Growing up」とは、大人になって子供心を捨てることではない。 過去の自分(子供心)も、新しい仲間(後輩)も、すべてを列車に乗せて、誰一人置いていくことなく次の駅へ進むことだったのだ。


藤吉夏鈴は、同じ本を4回読む。 しかし、4回目の読了後、彼女は本を閉じなかった。 代わりにマイクを握り、続きのページを、自分自身の言葉で書き始めたのだ。

『The growing up train』。 その列車は、どこへ向かうのか。 国立競技場か、その先か。行き先はまだ誰も知らない。

だが、心配はいらない。 運転席には、過去の痛みも、現在の喜びも、すべてを「愛すべき物語」として抱きしめることができる、最強の読書家が座っているのだから。

MVのラストシーン。 光の中に消えていく列車を見送りながら、私たちは確信する。

この物語は、何度読み返しても面白い、最高傑作になると。

▼あわせて読みたい:この「笑顔」に至るまでの4年間の軌跡

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