【新曲記】新曲『The growing up train』MVで、なぜ彼女たちは「笑顔」で走れるのか? ──4年越しの『五月雨よ』が導いた、櫻坂46の「正解」
かつての「戦う姿」だけが、櫻坂46の正解だと思っていませんか?
眉間に皺を寄せ、傷だらけで進む美学。私自身、そのヒリヒリした緊張感こそが彼女たちだと信じていました。
ですが、新曲で見せたその「笑顔」は、決して妥協ではありません。4年前の雨の日、最年少のセンターと伝説のメンバーが交わした「ある約束」が、今ようやく花開いた「最強の証明」なのです。
2026年、春。 櫻坂46の楽屋は、今日も騒がしい。
3期生の小島凪紗が大きな声で笑い、谷口愛季が走り回り、それをキャプテンの松田里奈が呆れながらも愛おしそうに眺めている。 ステージの上でも、彼女たちはよく笑うようになった。MCでの屈託のない掛け合い、アンコールで見せる無防備な表情。
かつて、このグループが「笑わないアイドル」というパブリックイメージで世間を席巻していたことなど、嘘のような光景だ。
その革命の鐘が鳴らされたのは、4年前の春。 『不協和音』が1億回の再生を記録し、歴史が再び注目される今だからこそ、我々はもう一つの「4枚目のシングル」について語らねばならない。
『五月雨よ』。 それは、櫻坂46が「戦うこと」をやめ、「愛すること」を選び取った、静かなる革命の記録である。
4枚目の特異点 ——「不協和音」の重力と「五月雨」の解放
アイドルの歴史において、「4枚目のシングル」というのは奇妙なほどに運命的な意味を持つ。 グループの方向性が固まり、世間のイメージが固定化(ロック)されるタイミングだからだ。
このグループの偉大なる「前身」である欅坂46において、4thシングルとは何だったか。 『不協和音』である。
「僕は嫌だ」という絶叫。倒れても立ち上がる闘争心。 あの楽曲は、グループを国民的なスターダムへと押し上げると同時に、彼女たちの運命を「反骨と孤独」という一本の道(茨の道)へと決定づけた。あれ以降、彼女たちは「笑うこと」や「等身大の恋愛」を歌うことを、事実上封じられたと言ってもいい。 あれは熱狂であり、同時に逃れられない「宿命」の始まりでもあった。
時を経て、櫻坂46。 奇しくも同じ「4thシングル」のタイミングで、歴史は韻を踏むように試練を与えた。 3rd『流れ弾』で真紅の衣装を纏い、狂気的なまでの情熱を見せつけた直後だ。世間は期待していた。「次はどんな激しいダンスで、何を破壊してくれるのか」と。
だが、提示された回答は真逆だった。 タイトルは『五月雨よ』。 衣装は純白。楽曲はミディアムバラード。そして何より、「激しく踊らない」。
これは、単なる路線変更ではない。 かつて『不協和音』が、世界を拒絶し、孤独を選ぶことで「強さ」を証明したとするならば、『五月雨よ』は、世界を受け入れ、他者と手を繋ぐことで「強さ」を証明しようとしたのだ。
「収束」から「拡散」へ。 かつての宿命を解き放つために、センター(0番)に立つ必要があったのは、誰よりも未来に近い、当時16歳の山﨑天(恒星)だった。
なぜ最年少が「愛」を歌い続けたのか?
ここで、一つの重要な事実に目を向ける必要がある。 山﨑天が「愛」や「繋がり」を歌ったのは、この『五月雨よ』が初めてではない、ということだ。
表題曲が『Nobody's fault』や『BAN』で「孤独」や「拒絶」を歌っていた裏で、カップリング曲のセンターを務めていた山﨑は、一貫して真逆のテーマを託され続けてきた。
仲間との絆を歌った『Buddies』。
恋愛のときめきを描いた『それが愛なのね』。
人と人との温かい繋がりを肯定した『思ったよりも寂しくない』。
なぜ、大人のメンバーたちが孤独を歌う中で、当時中学生〜高校生の最年少・山﨑天に、こうした「愛の歌」が集中したのか?
それは、彼女が「未完成」だったからだ。 大人が愛を歌えば、それは時に生々しい「欲」や「事情」を帯びる。だが、まだ何者でもない無垢な少女が歌う愛は、「人類愛」のような普遍的な響きを持つ。
運営やクリエイターたちは、櫻坂46が「孤独な反逆者」だけで終わらないよう、山﨑天という存在に「未来への希望(愛)」という種を撒き続けていたのだ。 そして4thシングル『五月雨よ』は、それまでカップリング(裏)で育ててきたその「愛の種」を、ついにグループの「顔(表)」として咲かせた瞬間だった。
「私たちはもう、孤独ではない」 山﨑がセンターに立つ意味。それは、グループが過去の痛みを受け入れ、他者を愛する準備が整ったという、高らかな宣言だったのだ。
渡邉理佐が遺した「二つの愛」 —— 溺愛と信頼
この「愛の宣言」を、背後から支えた立役者がいる。 このシングルで卒業を迎えた渡邉理佐(大地)である。
彼女は、グループの精神的支柱として、多くのメンバーを愛した。だが、その愛し方は相手によって明確に異なっていた。 この「愛の使い分け」こそが、櫻坂46の層の厚さを物語っている。
一つは、藤吉夏鈴(プリズム) への愛だ。 ファンの間でも有名な「夏鈴ちゃん溺愛」のエピソード。理佐は、藤吉の持つ危うさや脆さを誰よりも理解し、まるで猫を可愛がるように、あるいは壊れ物を扱うように守り続けた。 それは、傷つきやすい才能を外界から遮断するための「シェルターとしての愛」だった。
もう一つは、山﨑天 への愛だ。 理佐は、山﨑に対しては過剰なスキンシップを取ることは少なかった。むしろ、対等な一人の人間として、背中を預け合う「戦友」のような距離感を保っていた。 山﨑もまた、理佐の前では「しっかり者の最年少」として振る舞っていた。
だが、別れの時は訪れる。 活動終了が近づいたある日、気丈な山﨑が、理佐の前で崩れ落ちた。 涙ながらに漏らした言葉は、周囲の度肝を抜くものだった。
「本当のお姉ちゃんだったらいいのに」
その一言が落ちた瞬間、ざわめいていた楽屋の空気が、ふっと止まった。 常に「未来」を見据え、大人びていた山﨑が、初めて理佐の前で「ただの16歳の妹(子供)」に戻った瞬間だった。 理佐は、その涙を否定しなかった。ただ優しく、その小さな体を抱きしめた。
藤吉夏鈴には「守る愛」を。山﨑天には「信じる愛」を。 理佐が山﨑に遺したのは、「あなたは一人じゃない。だから、もう強がらなくていい」という、究極の許し(ライセンス)だったのではないか。 この「許し」があったからこそ、山﨑は『五月雨よ』で、あれほど柔らかく、無防備な表情で世界を肯定することができたのだ。
そして「雨」は、小島凪紗へと降り注ぐ
2026年、現在。 渡邉理佐が去り、山﨑天が大人になったグループに、新しい風が吹いている。 3期生、小島凪紗(陽だまり) だ。
彼女の屈託のない笑顔。長野の自然を愛し、おみくじの結果に一喜一憂する等身大の姿。 その「圧倒的な陽のオーラ」は、かつての櫻坂46であれば「異物」として弾かれていたかもしれない。
だが、今の彼女は、グループの真ん中で堂々と咲き誇っている。 それはなぜか。 4年前の春、山﨑天と渡邉理佐が、「櫻坂46は、雨宿りをしてもいい場所なんだ」という定義を作ってくれたからだ。
「強さ」とは、拳を振り上げることだけではない。 互いの弱さを認め合い、雨が止むのを待つために肩を寄せ合うこと。その「優しさ」もまた、最強の武器になる。
小島凪紗が、向井純葉が、萎縮することなく「素顔」で輝けるのは、あの日の雨が、グループの土壌を豊かに潤してくれたからに他ならない。
かつての「緑」を纏い、少女たちは光の海へ
2026年2月12日。 14thシングル『The growing up train』のMVが解禁された瞬間、多くのファンが息を呑んだはずだ。
画面の中に現れた彼女たちが纏っていたのは、鮮烈な「緑」の衣装だったからだ。
かつて、その色は「欅坂46」の象徴だった。 あまりに偉大で、あまりに重すぎたその色を、彼女たちは長い間、無意識に避けてきたのかもしれない。 だが今、彼女たちは堂々とその緑を身に纏い、無数のエキストラに囲まれた荒野で、スタンドマイクを握りしめている。
この既視感に、胸が震えない者がいるだろうか。 そう、あの日々の熱狂を生んだ『ガラスを割れ!』の構図だ。 しかし、そこに悲壮感はない。衣装はかつての重厚な軍服のような鎧ではない。風を孕んでしなやかに揺れる、軽やかな素材だ。
かつて「目の前のガラスを割れ!」と叫び、傷つくことで存在を証明していた少女たちは今、同じ緑の衣装で、全く違う景色を見ている。 マイクを通して響くのは、怒号ではない。未来への高らかな賛歌だ。
そして特筆すべきは、このフォーメーションに4期生たちが乗り込んでいるという事実だ。
MVの中で、先輩たちと同じ緑の衣装に袖を通した4期生たちの瞳を見てほしい。 そこには「過去の重み」への畏縮はない。 「この色を、私たちが新しく染め直していくんだ」という、清々しいほどの野心と、純粋な喜びだけが輝いている。 かつて選抜とBACKS、先輩と後輩の間にあった見えない壁は、もはや存在しない。
4年前の春、『五月雨よ』で山﨑天と渡邉理佐が作った「雨宿りの場所」は、単なる逃げ場所ではなかった。 それは、過去のすべて(欅坂の緑さえも)を受け入れ、愛するための準備期間だったのだ。
映像のラストシーン。 無数の光(サイリウム)に包まれる彼女たちの姿は、来るべき約束の地、国立競技場の光景そのものだ。
「過去」を否定して進むのではなく、「過去」すらも燃料にして走る。 その覚悟を決めた彼女たちの列車(The growing up train)は、もう誰にも止められない。
さあ、行こう。 懐かしくも新しい緑の風を切り裂いて、まだ見ぬ光のスタジアムへ。
(了)
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