事務方クエスト(7)~個人情報は慎重に
「魔王を探すっ!?」
「はい、なんかもうとにかく決着つけたくて」
残業を終えて帰ろうとしていた、
クリス達のところに突然、
ハルカが訪れたのは昨晩のことだ。
もう夜も更けていたので、
翌朝、事務所で話を聞いていたのだが。
「キャァァー、ついに『魔王討伐編』ですか?
アイラ、戦闘では役に立たないけど、
実は重要な役割を担ってたとかで、
おいしいところをもってきたいですぅ!」
「・・・戦うかどうかは魔王しだいですけど。
決着がついたら勇者の役目からも、
解放されるかな、って思って」
「だけど、なんでこの国で探すんですか?
この国には正直、そんな空気は感じませんよ」
ずっと黙って聞いていたモリノさんは冷静だ。
ハルカさんが『勇者』だってところから、
彼女には驚愕の事実のはずなんだけど。
そんな様子は全く見せない。
「この国に帰って来てから、
ずーっと何かひっかかってるんですよね。
絶対何かはあると思うんですよ。
だから、とりあえず・・・」
彼女は少し言いづらそうに、
一度言葉を止めてから改めて切り出した。
「まずは冒険者協会の名簿からっ、
調べてもらいたいんです!」
(・・・あっ、それマズイ。非常にヤバイ)
クリスは心の中で一人密かに、
声にならない悲鳴をあげていた。

この国の冒険者協会は実働部隊の【戦士団】と、
それを直に支援する、リカさん達【直属事務方】
そして彼等の給料や健康状態等を管理する、
クリス達【総務事務方】に分類される。
一応、ここの責任者であるクリスの手元には、
彼ら全員の年齢とか住所や家族構成などなど。
まとめたリストがある、のだが・・・
「えーと、でもいくら元同僚とはいえ。
今は外部の人にウチの個人情報は見せれないよ」
「それはもちろん。
だから、怪しい人がいたら教えて欲しいんです」
「で、でもっ・・・そうだ!
月末の能力査定で特別な力なんてばれるって、
ハルカさんも言ってたじゃん!」
「勇者はそれでも人間の職業ですから、
査定で能力は隠せませんけど・・・
魔王は、隠せるかもって思うんですよね」
彼女はそう言って立ち上がり、
この事務所にもある能力クリスタルに手を触れる。

「ね、こんなの見られたらバレバレですよね」
「・・・・・・」
分かってはいたつもりだけど、
ステータスとんでもない。
「ハルカさんが持ってる剣って、
しれっと【勇者の剣】だったんですねっ。
アイラ見せて欲しいですっ!」
「あぁ、旅の途中の秘境の奥の神殿で、
突き刺さってたの抜いてきました。
【勇者のために】とか書かれてたから、
あ、私のだって思って」
どこまでベタベタな展開だ。
けど確かにこれなら、
魔王が存在しない方がおかしい、が・・・
「で、でも能力が隠せるんだったら、
名簿調べても何も分からないよ。
住所や年齢なんて大した情報じゃないし」
「力を隠してても覚醒してるのなら、
生活は変わってるかもしれません。
ハルカ様はそれを調べて欲しいんですよ」
ハルカさんがコクコクとうなずく。
モリノさんはどこまでも冷静だ。
アイラさんなんて向こうでずっと、
【勇者の剣】を見てキャアキャア言ってるのに。
(優秀な部下も時と場合だよなぁ。
名簿、名簿はなぁ・・・)
「賢者様お忙しいんでしたら、
私がチェックしときますよ。
確か、そこの棚にありましたよね?」
そう言って、モリノさんは名簿を取り出し始めた。
名簿の場所なんて教えてなかったはずなのに、
正確に最新の名簿の場所を把握しているんだから、
「できる部下」もある意味恐ろしい。
「ちょ、ちょっと待ってモリノさん」
クリスが止めるいとまもなく、
「最新」と書かれた名簿が引き抜かれる。
「えーと、冒険者協会名簿。
あれっ、824年9月現在って・・・?」

「ハルカさんが、まだ在籍になってますねw」
「824年9月って・・・
あっ、私が辞めた月ですね」
「アイラで名前が終わってます。
この後も何人も出入りしてるのに・・・
って、あぁぁぁぁー
アイラの性別が【男】になってますぅ!」
「賢者様の職業も『僧侶』のままですし。
賢者様、名簿の管理できてませんね?」
モリノさんの冷静なツッコミが怖い。
「いや、ハルカさん辞めてから余裕なくて。
今度落ち着いてやろうかと・・・」
いかん、何を言っても言い訳だ。
「私の名前なんて、影も形もないですよ。
賢者様も、もう賢者なんですから。
こーいう雑務は私達に任せたらいいんですよ。
言って下さったら、今日中に整えますが?」
出来る部下の、出来た返事がまた泣ける。
「アイラを【男】に設定した件については、
賢者様には明確な説明を求めますっ!
アイラは断固戦いますよっ!」
「あぁっ、クリスの【ク】は苦行の【ク】!」
「それもアイラのヤツですっ!
著作権侵害でも訴えますよっ!!」
ワーワーと騒ぎ立てる3人の姿を、
少し離れた席からハルカは静かに見つめていた。
(いいなぁ、楽しそうで・・・)
忙しそうなのは相変わらずだが、
ここの空気は自分がいた頃と随分変わった。
この空気なら、そうそう人は離れないだろう。
まぁ、やっぱり給料は安そうだけどw
床に散らばってしまった資料の隅。
部外者には絶対秘密であるはずの、
【基本給】の数字を目の端に捉えながら、
ハルカはふっと口角を上げ、
「見なかったことにしてあげよう」
そう、心の中でつぶやいていた。
・
・
・
「というわけで、あの新人さん。
残念だけど今月いっぱいで、
退職することになりました、ので・・・」
(ので? 一体どうしてくれるのかしら戦士長?)
「業務については残った人で、
上手に協力してこなすように。
あっ、残業は極力なしで頼むね」
(補充人員はなし、仕事量も据え置き。
自分達の工夫でどーにかしろ、ですか)
リカはもはや怒る気にもなれない。
「大変だろうけど頑張ってね」
そんな言葉一つで現場に全振りできるなら、
管理職とはなんて気楽な仕事だろうか?
(見込みのない新人に、
教え続けるよりはいいけれど・・・)
先日遭遇した中級魔族。
たしか、ハルミって言ったっけ?
彼女を逃したのは痛かったかな、
リカは本気でそう思い始めている。
無論、彼女が望んだように魔王としてたつ!
・・・わけではなく。
彼女を事務員として雇えなかった、
そのことへの後悔だ。
案外、魔王となって勇者や世界と戦う方が、
この職場を立て直すより楽かもしれないが。
「リカさん、表にお客さんですよ」
(お客さん? こんな時に一体誰・・・)
呼ばれて視線を向けた先にいたのは、
見知った顔が2つほど。
「クリスさんに・・・
モリノさん、でしたっけ?」
業務時間中に、彼らが来るのは珍しい。
一体、何の用だろうか?
もしや、クリスさん達【総務事務方】が、
私の業務を手伝ってくれる相談!
・・・では、ないんだろうな。
大きなタメ息をつきながら、
リカは2人を迎え入れた。
第8話に続く
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