事務方クエスト(9)~有能とポンコツの狭間で
リカが提出した戦士団名簿は、
クリスの『確認(チェック)』の魔法に反応し、
警告音のような明滅と共に真っ赤な光を放っていた。
この反応は「この名簿に不正や誤りがあること」を、
如実に証明している・・・の、だが。

「・・・ほぼ全体が、赤く光ってますね」
モリノの呆れを含んだ指摘通り、
名簿はもはや文字が読めないほど、
ページ全体から赤い光を放っていた。
クリスは眩しそうに眼を細めて、
名簿を手に取り凝視する。
「リカさん、この名簿って誰が管理してました?」
「管理は私がしてましたけど・・・
ココ数ヶ月は・・・あっ!」
リカは、先日空席になったばかりの隣の席へと、
視線を泳がせた。
「このポンコツ・・・じゃなくて、
こないだ辞めた新人が担当してました」
「アキ戦士長 HP:30 MP:300
これ、HPとMPが逆ですね」
「こっちはトシキさんが、
ヨシキさんになってますよ」
似たようなミスばかりで、
名簿の半分近くがエラーの赤光に染まっている。
「これだけミスだらけだと、
資料としてなんの参考にもなりませんね」
さすがのモリノもあきらめ顔だ。
(た、助けられた・・・
あのポンコツに、最後の最後で!)
リカの背筋を伝っていた冷や汗が、
スッと引いていく。
もちろん、この安堵を悟られてはいけない。
「申し訳ありません、クリスさん。
名簿は私がイチから作り直しておきますから」
「・・・・・・」
クリスは真っ赤に光り続ける書類を、
じっと見つめていたが、やがてふっと息を吐いた。
「うん、それはリカさんに任せるよ。
忙しいだろうけど、よろしくね」
それだけ言うと、名簿を閉じてリカに返した。
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「・・・賢者様、
リカさんが何か隠してるの気付いてたでしょ。
もっと厳しく追及しても、
良かったんじゃないですか?」
事務所への帰り道、モリノは少し不満顔だ。
【魔王探し】の件は置いておくとしても、
名簿の惨状と戦士団の無管理状態。
今のクリスには事務方の責任者として、
それらを追求できる権限がある。
「名簿の管理は、俺も他人のことは言えないしね。
リカさんが色々抱えてるのも、まぁ分かるし」
モリノは、やはり少し不満そうだ。
自分に『賢者』として、
もっと厳しく追及して欲しかったのだろう。
「・・・まぁ、収穫がなかったわけじゃないから。
今回のところは、この程度で勘弁してよ」
そう言ってクリスは、
また何かを考えるような瞳で歩き出した。
クリスが本当に何か「考えてる」のか、
「考えてるフリ」をしているだけなのか?
明敏なモリノの観察眼をもってしても、
その真意は分からなかった。

「ふぅ・・・」
リカは大きく安堵のため息を吐いた。
はっきり言って危なかった。
400を超えてる自分のMPを見られていたら、
さすがに正体がバレていただろう。
それにしても、彼等は何を調べに来たのだろうか?
【ある人】に頼まれて【不審人物】の調査にきた。
クリスはそう言った。
だけど【ある人】って誰なのか?
以前ならクリスの行動は、
全て法務大臣の意向と考えればよかった。
しかし法務大臣が辞職して、その席が空位の今。
クリスに直接命令できる上位者は、
現在この国内には【国王】しかいない。
国王の命令で何かを探してる?
いや、事務方に興味がない国王だ。
それは考えにくい。
となれば命令ではなく、
個人的に誰かに頼まれたのだろうか?
クリスは昔から、
頼まれたら断れないタイプの人間だ。
(ならば、頼んだのは戦士団の誰か?
クリスさんと親しい身内の人間・・・)
バンさんとか、ありそうね。
戦士長は・・・そんな見識ないだろうし。
トシキさん・・・ないわね。
身内の顔が浮かんでは消える。
何にせよ、身内に疑われている可能性は高い。
クリスに何かを頼んでいる人間。
それが【誰か】で、事態は大きく変わる。
まさか、魔王を探しているとは思えないが。
(こちらからも、探りを入れるか)
リカはクリス達に探りを入れるため、
心中で【ある人物】に白羽の矢を立てていた。
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「はいっ、ハルミ特製【あばれ熊肉シチュー】
隠し味の秘密が知りたい人は手を挙げて!」
お城の中にある調理室。
ここでは城で生活している、
ほぼ全ての貴族階級の食事が賄われている。
そこで週に2度ほど開かれている「料理教室」
ハルミがここの講師になって、
1ヶ月ほどが経っていた。
「はいっ!はいっ!!
ハルミ先生、私にだけ教えて下さい!」
「ダメよ、ハルミ先生の特製レシピは、
私のものなんだからっ!」
【魔王様が、この国で覚醒している】
そう確信したからこそ、
魔王様が行動を開始するその時のため、
『占い師』の店を畳み、
『調理師』として城に入り込んだのだ。
王族や貴族の食事を握っている、
この調理室に入り込めば、
いざという時、王族達を好きに操れる。
そう、最初はそれだけの理由だった。
(楽しい・・・私、この仕事が楽しいわ!)
なのに今は、この仕事が楽しくて仕方ない。
一族に言われるままに『占い師』として、
魔族の素性を隠して生きてきた。
『占い師』としてもスグに一流になれたので、
その生き方に疑問などは感じなかったけれど。
(魔王様も行動おこす感じじゃなかったし・・
私はココで再出発しようっ!)
魔王様による魔族の世界の復権。
そんなことを夢見たこともあったけれど、
私の夢はもうそこにはない。
人として調理師として、新しい道を生きるのよっ!
「ハルミ先生、ハルミ先生聞いてます?」
(はっっっ!)
いけない、のめり込んじゃった。
自分の世界に入り過ぎてしまうのは、
昔からの悪いクセだ。
「ハルミ先生にお客さんですよ。
先ほどから、あちらで待たれてます」
「お客・・・?」
言われて、視線をそちらに動かしたハルミは、
思わず息を呑んだ。
(ま、魔王様ぁっ!!)
やっと見つけた、私の新しい道。
そう簡単には歩ませてもらえないらしい。
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「・・・協会事務方を探る、ですか?」
「えぇ、占い師のあなたなら簡単でしょ?」
ハルミは怪訝な顔を隠せなかった。
以前会った時は魔王として行動するのを、
嫌っているようにすら見えたのに。
今更、何を調べてるのだろう?
「クリスって賢者の後ろにいる【誰か】
その【誰か】を探って欲しいの。
私のこと調べてるかもしれなくて、ね」
「魔王様のことを探ってる人物を探す。
確かに、私が適任ですね」
魔王様からの、直々の依頼。
以前のハルミなら、ウキウキで受けたことだろう。
けど、今の正直な心境は・・・
「・・・分かりました。
魔王様の期待に応えてみせますっ!」
心とは裏腹に、口ではそう答えてしまっていた。
現実問題、魔王の命に背くことなどできはしない。
「ま、3人しかいない事務所だから。
人の出入りがあればすぐ分かるはずよ。
モリノって女武闘家は鋭いから、
彼女には気を付けてね」
「承知しました。
私は『占い師』ですから楽勝です。
すぐにでも調べてご報告します」
そう、私は魔族の『占い師』
『調理師』はアクマで、仮の姿なのだから。
・
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・
実際、ハルミにとってこの仕事は難しくない。
女武闘家が鋭くて、近づくのが難しいのなら、
近づかなければいいだけである。
リカには早期の結果報告を約束して帰って貰い、
調理教室の控室に下がったハルミは、
隠しておいた水晶玉を取り出した。
水晶玉に『感知』の魔法をかける。
ハルミの十八番のこの魔法は、
対象の相手と場所さえ分かれば、
遠く離れた場所からでも、
その様子をとらえることができるのだ。
(協会の事務所はこっちの方・・・
対象の賢者クリスの魔力は・・・コレ?)
クリスの魔力を捕まえた。
ハルミがそう思った、次の瞬間だった。
(ぎゃふんっ!!)
見えない固い壁に勢いよくぶつかったような、
謎の衝撃に襲われて、ハルミの『感知』の魔法は、
強制的に解除されてしまった。
「な、なに今の?
私の『感知』に、抵抗されたの!?」
こんなことは初めてだ。
私の『感知』に気が付いた?
いや、そんなことはありえない。
魔王様を探していた時だって、
ハルミは何度もリカを『感知』で視ていたのだ。
その上でリカを【魔王様】だと確信した。
あの魔王様にさえ、気付かれなかったのに。
「気付いてるわけじゃ・・・ない。
無意識に私の『感知』を防御してる!?」
聞いてない、話が違う。
賢者クリスは机から離れたら、
何も出来ないポンコツじゃなかったの?
魔力感知は賢者に無意識に防御され、
物理的に近づくと武闘家に感づかれる。
何コレ、ひょっとして無理ゲーってヤツ?
「ヤバイっ! 簡単にできるって、
魔王様には言っちゃってるし。
こっからどうやって探ろう・・・」
「ハルミ先生」
「あの事務所は確か3人だったわよね。
残りの1人から探るしかないかしら。
職業は何だっけ・・・」
「ハルミ先生っ!」
「そう魔法使いで、名前は確か」
「ハルミ先生、聞こえてますかっ!!」
大声で呼びかけられて、
ハルミはビクッと我に返った。
そうだ、ココは私の占いルームではなく、
調理教室の控え部屋だった。
「入会希望者が1人来てるんですけど。
対応してもらえませんか?」
「入会希望者?
こんな時間だし、今日は断れないかしら。
私は今ちょっと忙しくて・・・」
調理教室の方から騒がしい声が聞こえてきた。
この声が入会希望者だろうか?
入会したいなら決まった時間に来ればいいのに。
「お城の階段でコケちゃって、
着替えに帰ってたら遅れちゃいましたっ。
アイラ、料理のレベルを上げたいんです!」
私は今、それどころじゃない。
賢者と武闘家に近づけない以上、
この事務所の3人目。
魔法使いのアイラって子に近づいて・・・
「・・・アイラ?」
慌てて料理教室に目をやると、
自分と同じ年くらいだろうか?
1人の女性が受付で駄々をこねていた。
「お願いしますぅ!
今日入会できないと、次来月ですよね?
アイラ、そんなに待てませんっ!」

「・・・・・・」
これは、一体なんなんだろう?
ハルミの心中は疑心暗鬼で一杯だ。
魔力感知に抵抗する賢者。
物理的接近を許さない武闘家。
そうかと思えば頼んでもないのに、
向こうから飛び込んでくる魔法使い。
突然私を頼って来た魔王様といい、
私は誰かに謀られているんじゃないか?
疑問は心中に渦巻いているが、
このチャンスを見過ごすわけにはいかない。
「入会希望の方ですかぁ?
私が受付ますんで、こちらにどうぞっ!」
目を輝かせて駆け寄って来る姿は、
まるで無邪気な子犬のようだ。
この魔法使いは、果たしてどっちだろうか。
(ただのポンコツ・・・
それとも、そのフリをしてるだけ?)
この子すら、賢者が差し向けた刺客の可能性もある。
ハルミは今更ながらに背筋に冷たい汗をかきながら、
アイラを入会手続きに案内した・・・
第10話に続く
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