事務方クエスト(13)第二部開始 ~必死になんて働かないよ
怠惰の魔王・ターラによる『職場破壊行為』を、
彼女を『魔道具エンジニア』(以下ME)として、
雇用することでおさめた事件から、早2ヵ月。
事務方の朝は、今日も小さなトラブルから始まった。
「賢者様ぁ~ ターラさんが作った、
『自動切手貼りシステム』最後の郵便物に、
残ってる切手を全部貼り付けてますぅ!」
アイラの悲鳴に、ヤレヤレと思いながら目をやると、
そこには切手が全体に貼り尽くされて、
原型をとどめていない郵便物が1つ、
アイラの手中におさまっていた。
「・・・最後の1枚以外は、
いい感じで貼れてるのにね」
書類と切手をセットして少し魔力を込めるだけで、
自動で切手を貼ってくれるターラの発明第1号。
『自動切手貼りシステム』
実用化にはあと一歩・・・
いや、数歩といったところだろうか?
「あらかじめ郵便物と切手の数を同じにしとけば、
そのエラーは防げるんじゃないですか?
まぁ、数える手間は増えますけど」
いつも通り、冷静な意見を述べるのはモリノだ。
確かに、そうすれば運用できなくもない。
「でもでも!
魔道具に切手を投入しなくても、
事務所中の切手を感知して、
勝手に引っ張り出してくるんですぅ!
金庫の中にしまってたやつまで、
貼りつくされましたっ!」
「・・・それはそれで、凄いシステムだね」
クリスは深いタメ息をついた。
事務所中の「切手だけ」を感知して、
金庫を解除してまで強制徴収する自動システム。
そんなものを作れる魔力と知識。
ターラにはやはり、MEとしての才能がある。
だが現状、実用性は伴っていない。
小さいながらも日々損害も出している。
今回ムダになった切手も100枚以上あるだろう。
「まぁ、システムに初期エラーはつきものさ。
改善を重ねて良い物に仕上がってくれたら、
この損害だって先行投資だよ!」
クリスは自分自身に言い聞かせるように、
2人にそう説明した。
「・・・で、その天才MEさん。
今日はどうしてるの?」
「午後から出勤じゃないでしょうか。
昨日『切手システム完成して疲れた』って、
言われてましたから」
モリノの返答は冷静だが、
珍しく少しイラ立ってるようにも見える。
ターラの扱いへの不満だろうか?
「さすがに、スグにはうまくいかないね。
それでも一応、仕事はしてるんだから。
気長に結果を待ってみようよ」
いつも通り「かしこまりました」と言って、
モリノは席を外した。
不満があるように見えるけど、
分かってくれてはいる、はずだ。
一方のアイラは、切手を1枚でも救出しようと、
切手に埋め尽くされた郵便物から、
キレイにはがそうと奮戦中だ。
「あぁぁ、もー少しだったのにぃ!
最後の最後で破れちゃいましたぁ・・・」
クリスが賢者に昇格して、
事務方の責任者になってから、そろそろ半年。
ターラを現場判断で雇ったことも含めて、
そろそろ『目に見える形』で結果を残したい。
そんな焦りは、クリスの中にも芽生え始めている。
だが、その道のりは険しそうだ。
「もういいよ、アイラさん。
諦めてその切手のお化けは燃やしちゃいな。
『自慢』の火炎魔法でお願いね」
アイラは未練がましく切手の集合体を見ていたが、
ふっきれたようにこちらに向き直ると、
水を得た魚のように・・・
いや、油を注がれた炎のように瞳を輝かせた。
「かしこまりましたぁ~!
直ちに消し炭にしてさしあげますですぅ!」
アイラの指先から放たれた小さな炎が、
切手のお化けを瞬く間に包み込む。
燃え上がる切手の束を見つめながら、
(110G✖100枚、約11,000Gの損失か・・・)
そう計算してしまうのは、
事務屋の性というものだろうか。
高くは設定しなかったが、ターラの給料だってある。
賢者・クリスの事務所の固定費は、
容赦なく上がる一方だった。


「今日って『戦士団会議』だっけ?
実は明日だろ、明日ってことにしようぜ」
「今日ですよ、今朝も通信魔法がきてたでしょ」
戦士団では月に1度、全戦士を集めた会議が行われる。
その月のそれぞれの活動と、
今後の活動方針を報告し合うのだが、
定時以降に行われる上、長時間に及ぶことも多く、
戦士達にとっては憂鬱な時間でしかない。
「タカさんはいいですよね。
魔物討伐数も、武器防具の売上もダントツ。
『順調です』って言えばいいんですから」
「いや、来月はもういい話ないし。
もうなんにも出ませんよーって、
言うつもりで!」
早朝から夜遅くまで駆け回っている、
行動派戦士・タカの実績は頭一つ抜けていた。
走り回っていて1日中詰所にいないから、
机仕事をフォローしているリカなどには、
随分苦労をかけてるのだが。
「でも、アイツよりはいいでしょ絶対・・・」
戦士達の視線の先にいたのは、
青い顔で何やら書類と格闘している、
中堅戦士・トシキの姿だ。

「トシキ、今回も絶対絞られるよな」
「まぁ、今月も実績悪かったしね」
会議で「圧」を受けるのは、
当然『結果が出てない人』であり、
そして『上司が言いやすい人』だ。
その2つを見事に兼ね備えてるのが彼、
怒られ役のトシキである。
「まぁでも、今回はもう1人。
標的になりそーなヤツ、いるよね」
「あぁ、『アイツ』も今回はヤバイかもね」
戦士達の憂鬱な月イチ行事。
「戦士団会議」は定時を少し過ぎた頃、
いつも通り重い空気で始まった。
・
・
・
「じゃ、1人ずつ今月の活動報告と、
来月の活動予定を教えて。
何か提案があれば、あわせてお願いね」
戦士長アキのお決まりの言葉で会議は始まった。
戦士達の表情は、一様にみな重い。

「あ、そうそう。
今回は休職中のリカさんの穴埋めも兼ねて、
事務方のクリスさんも参加します」
「邪魔しないよう黙って聞いてるので、
よろしくお願いします」
(リカさん、やっぱターラの件がこたえたか。
お見舞いに行った方がいいかなぁ?)
「諸悪の根源」だったターラを、
自分の事務所に雇い入れたクリスである。
あの件で一番割を食ったリカには負い目があった。
いや、負い目と言うならもう1人。
『魔王』と対極の『彼女』に対してもだが・・・
「北の山に潜んでた、
ゴブリンの群れを仕留めてキタっす。
来月は更に北上して大物を狙うっす!」
クリスが物思いにふけっているうちにも、
戦士達の活動報告は続いている。
報告順に決まりはないそうだが、
自然と『成績がよい順』になっているようだ。
「じゃ次、トシキお願いね」
『最後から2番目』で指名されたのはトシキ。
この順番ということは、そういうことだ。
「ドワーフの親方と同行して、
いつものモンスターの巣穴を巡ってました。
親方の腰痛がひどくて数回れなかったんで、
今はいい整体を探してます」
会議室の温度が、物理的に5度は下がった気がした。
「・・・で、他には?」
「特にないです」
絞り出すような戦士長の問いかけにも、
トシキの言葉は続かない。
「もういいや、トシキは終わったら残ってて。
最後、ヒロト報告お願い」
「あ、はい・・・」
少しダルそうに立ち上がった『最後の報告者』
この戦士団の最年少・ヒロトである。

「今月の討伐数、目標の半分もいってないけど、
新規の狩場や討伐以外の仕事探し。
ちゃんとできてる?」
「自分としては、できてるつもりなんですけど。
『できてない』って言われるんだったら、
そうかもしれないですねぇ」
トシキの時のような「呆れ」ではなく、
「緊迫」の沈黙が場を支配した。
ヒロトの討伐数は、いつも目標の約半分。
彼も戦士に採用されてから、ほぼ1年。
そろそろ『新人だから』とは言えない頃だ。
「・・・ちょっといいですか」
その沈黙を破ったのは、
戦士長の横に座る年配の戦士。
彼の名前はチョウジ。
この戦士団の『副長』である。

「ここにいる自分も含めた戦士全員。
ココに採用されてからは基本『放置』で、
『自分の力で結果出せ!』
そんな扱いだったと思うんですけど」
(副長、ズバッと核心つくなぁ)
この会議が初参加になるクリスは、
この時間が『ただの報告会』で終わらないか、
少し心配になっていた。
初めて出た「意見らしい意見」に、
ようやく期待がふくらみ始めた。
「僕らには他国での仕事経験もあったし、
採用時それなりの年齢でしたから、
何とでもしましたけど。
ヒロト君のような学生上がりの若者には、
最初くらいもっとちゃんと指導して、
『道』を作ってあげてもいいんじゃないですか?」
言いながら、副長の視線は戦士長に向いている。
暗に戦士長に『彼の面倒をみてやれ』と、
そう言いたいことは、クリスにも分かる。
少しの沈黙の後、戦士長から出た言葉は、
クリスの期待していたものとは随分違った。
「・・・その件は、またそのうちに。
本日はこれで終了とします。
あ、トシキは残ってね」
(えっ、終わるの!?)
これがいつもの既定路線なのか。
戦士達は静かに立ち上がり、
次々と会議場を後にしていた。
彼等に続いて最後に会議場を出たクリスは、
残る戦士長とトシキに、一瞬視線を走らせた。
・
・
・
「いつもこんな感じですよ。
成績の報告して、悪い奴がひとこと言われて。
たまに副長が『意見』とかするんですけど、
その話を取り上げたことなんてないですから」
「いつもこんな感じですか?」
クリスのその問いかけに、
戦士達は一様にイラ立ってそう答えた。
定時から始まった会議は長時間に及び、
外はすっかり暗くなっている。
にもかかわらず、戦士達は机仕事を開始した。
クリスも自分の事務所に戻らなければならない。
戦士長とトシキは未だに戻って来てないが、
クリスは戦士団詰所を後にすることにした。
(戦士長も何か意見は言うべきだよな。
反対なら反対でもいいから・・・)
夜道を事務所に向かって帰りながら、
クリスは「ただの報告会」に終わった会議を、
残念な気持ちで思い出していた。
誰の耳にも副長の意見は『正論』に聞こえたはずだ。
戦士長がそれに対して何も言わないのは、
『若手に道をつくる』方法が分からないからだ。
自分達が若い頃そういう教育を受けなかった、
そんな思いもあるのだろう。
(でも、俺も他人事じゃないんだよなぁ。
アイラさんやモリノさんはもとより、
今はターラさんだっているし・・・)
ガルルルルッ・・・
その時、前方の茂みから獣の唸り声が聞こえた。
警戒して足を止めると、
生臭い獣の匂いまでが、クリスの鼻孔に届く。
そして、1匹の獣が現れた。
「あ、あばれ熊ぁ!?」
一時、大量出没していた『あばれ熊』だ。
最近は見かけなくなっていたのだが、
近道だからと森に入ったのがまずかったか。
(しまったなぁ・・・こんなことなら、
モリノさんと一緒に来ればよかったか)
クリスは一応『賢者』だが、
戦うスキルは何1つ持ち合わせていない。
しかし、今更それを悔やんでも仕方がない。
(命までは、とられませんよね)
クリスが戦う覚悟を決めて賢者の杖を構えた、
その時だった。
クリスの背後から疾風のように駆け込んできた男が、
月光を反射してきらめく2本の剣を抜き放ち、
一瞬のうちにあばれ熊の背後をとった。
「ちょっと寝てなよ、熊さん」
そう言うと、剣の柄の部分で熊の頭を一撃。
あばれ熊はたちまち昏倒し、その場に倒れ伏せた。
すごい手並みだ、熟練の戦士だろうか?
月夜の暗がりに目をこらし、
クリスは命の恩人の姿を確認する。
「・・・ヒロト君!?」

「ダメっすよ、クリスさん。
この森、夜は頻繁にコイツら出るんですから。
1人歩きは危ないですよ」
こともなげにそう言って、2本の剣を鞘に納める。
「ありがとう、ヒロト君。
・・・でもその情報知ってて、
それだけの腕前があるんだったら、
討伐数なんていくらでも稼げるんじゃない?」
「いや、この熊が出るの夜だけですから。
こんな時間に働かないですよ。
今だって森に入ってくクリスさん見たから、
危ないな、って思って来ただけですし」
ヒロトは面倒くさそうに、倒れたあばれ熊を見下ろす。
「あ、よかったらコイツ倒したのも、
クリスさんってことにしてもらえませんか?
今から詰所に戻って報告とか面倒ですし」
「いやいや、俺が弱いのみんな知ってるし。
俺が倒したって言っても、誰も信じないよ」
「・・・ちぇっ、また詰所まで戻るのかぁ。
ま、これでしばらく戦士長を黙らせられるなら、
仕方がないってことにしますか」
詰所へ戻るヒロトは心底めんどくさそうだ。
討伐数を伸ばして上に認められようなんて思いは、
欠片もないようである。
「実力はあるんだよなぁ。
礼儀だってちゃんとしてるし、
ちょっと元気はないけど・・・」
こういう若手に『道』をしめす。
自分達が歩いてきた『道』を示したとして、
彼等はその道を歩いてくれるだろうか?
『必死に働いたりはしませんよぉ~』
ターラを雇った時の彼女の言葉を思い出す。
彼女は『怠惰の魔王』なのだから、
あの時は何も思わなかったけれど。
「必死に働く理由」
それは自分で見つけるものだ。
他人が与えられるものではないだろう。
だけどヒロトにしても、ターラにしても。
実力はあるのに、必死になってくれそうもない。
「みんなが必死になる『道』かぁ・・・」
その問いに、戦士長は返事をしなかった。
そのことは他の戦士達と同様に、
クリスにとっても不満でしかなかったが。
だけどあの問いかけ。
クリスも今は、返事の言葉が思い浮かばない。
アイラやモリノの顔が頭に浮かぶ。
彼女達は、今の仕事に満足しているのだろうか?
『得るものなし』だと思えた会議の感想が、
今になってクリスにのしかかっていた。
『戦闘では役立たずのポンコツ賢者』
そう言われるのは何ともなかったが、
『自分のことだけで精一杯』
そう思われるのは嫌だった。
賢者になってから上司からの圧は減り、
毎日は忙しくも、楽しくなっていた。
そんなクリスが久々に感じたストレスは、
過去の「それ」とは全く違うものだった。
動悸が少し激しいと感じるのは、
あばれ熊と対峙したからだけではなさそうだ。
「ふぅ・・・」
クリスは大きく深呼吸してから、
事務所への道を急いだ。
第14話に続く
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