かばんのつむじ -前編-
本作品は私が大学時代に書いた小説です。なんとなく残しておこうという想いと、長い休みの暇つぶしになればと思い、公開します。
当時、応募するだけで2000円もらえるという太っ腹なコンクール用に書き、小説部門の準優秀賞で3万円くらいもらいました(大学生の3万円は大きい)。20年前なので、時代と若さを感じますね(笑)
タイトル以外の写真は私の撮って出しオリジナルです。

昼下がりの山手線。電車はちょうど代々木の駅を出たところだ。座る気になればすぐに座ることのできる程度の混み具合。営業マン風の人は忙しそうに携帯電話を耳に当て、若いカップルはドアの近くでいちゃいちゃし、買い物帰りのおばさんはつまらなさそうに座っている。
そしてぼくは、こうして吊革につかまって、目の前に座っている人のつむじを見るのが習慣だ。今、ぼくの前に座っているのは、女の子。いや、女の人かな。いずれにしろ、女のつむじというのはハゲと同じくらい見つけにくい。長い髪の毛を後ろで一つに束ねられたりしたら、つむじなんてないも同然。ちょっとした髪の立ち具合や毛の流れで判断するしかない。
でも、彼女のつむじはすぐ見つけられた。髪の流れを自然にまかせたショート・ボブ。つむじは少し右寄り、つまりぼくから見ると左寄りだ。下を向いていて顔はわからないけれど、服装からして高校生かな。膝までの真っ黒いシャツ型のワンピース。ゆったりしていて、とてもやわらかそうな生地だ。膝の上の単行本は詩集のようだ。余白が多い。
「私のうそへ私は行き
私のうそから私は帰る」
谷川俊太郎か。うんうん、なかなか良い趣味をしているじゃないか。
あっ
頭が動いて、突然つむじが大きな瞳に変わり、ぼくをとらえた。
ぼくは脊髄反射で視線を外す。
にやにやしていて、怪しい奴だと思われただろうか。

改めて、ゆっくりと視線を落とす。
彼女の目はすでに本に戻っていた。ほっとして、また無遠慮な視線を彼女のつむじに注ぐ。真っ黒い中に一つ、青白く光っている。あの、いつも夜空でひときわ目立って光っている星はなんだったっけ。
なんてくだらないことを考えつつも、また彼女が上を向くんじゃないかという何とも言えない緊張感がぼくの胸に漂っている。今度は頭が動いたらすぐ目をそらすんだ。
彼女の頭が動く
ぼくは目を窓の外にやる
横に流れるビル
そしてまたゆっくりと視線を落とす
彼女は
ぼくの意に反してぼくを見たまま微笑んでいた。
目をきょろきょろさせてまた見たが、まだ見てる。微笑んでいる。
ぼくは中途半端な笑みを彼女に返して、彼女の第一声を待ったが、彼女はにこにこしているだけだ。
「えー…っと…買い物の帰りですか?」
まったくなんてつまらないことを聞いているんだろう。もっと気の利いたセリフは出ないのか。
「いいえ。うーん、たぶん…人を待っているんだと思う」
ちょっとハスキーな声。しかし「たぶん」ってなんだ?、と聞こうとしたとき、「もう、2周目に入っちゃった」と彼女は小さくつぶやいた。
「え?2周目って…」
ガタン、と目白の駅に止まり、外の喧騒が扉の向こうから電車の中に入り込んでくる。ぼくは、空いた彼女の隣に座ろうとして腰をかがめた。甘い香りが彼女の周りを取り囲んでいた。
「私、かばんなの」
え?カバン?そう言ったのか?ヤバンではなさそうだし、ヒバンでもないよな。カバン?
~「かばんのつむじ -中編- 」へつづく~
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