生きる意味ってなんだろう?(人生疲れてしまった人の話)|初投稿
① 生きる意味ってなんだろう
生きる意味ってなんだろう?
ここしばらくの間、そんなことを考えながら暗闇の中をさまよっている気がする。しばらくというのはここ2年ほどのことだ。
2023年の2月、私は心療内科を訪れていた。その時の私は職場に立っているのも限界で、時々手の震えや動悸が起きたり、言葉を発しようとしても声にならず、人と上手く話すことができなくなったりしていた。
簡単な問診を終えると、先生は穏やかな口調で告げた。
「君はあと少しで鬱病になるところだった。その一歩手前のところで、今日ここに来てくれてよかった」
私の問診結果の数値は、ちょうどぴったり鬱病ラインの上に乗っていたのだった。医師からは不安神経症と診断された。
私はこの8年間、やりたいことをやって生きてきた。
年齢は30代半ば、現在はフリーランスで映像関係のディレクターをしている。もともとは理系で大学院まで出て、いわゆるメーカーの開発職をしていたが、27になる年に転職して今に至る。
最初のメーカーでの仕事は、まったく”やりたいこと”ではなかった。
誰に言われたわけでもないが、気づけば父親と同じ道をたどっていた。いい大学を出て、皆が知っているような大きな企業に勤める。そんなレールに私も乗っていた。
とにかく日々の仕事に興味がなく、無気力で、仕事以外のことで自分の人生を充実させようと考えていた。そして、心の中ではまた別のあることへの憧れや熱を密かに燃やしていた。それが今の映像の仕事だった。
日々の現実と心の中の理想のギャップを行き来する毎日。私の中のモヤモヤは募っていき、ついに堪えかねたある日、私は「やりたいことをやって生きよう」と、映像制作会社への転職を決意した。
転職してからの日々は、とにかく必死で、がむしゃらに働いた。最初は雑用のような仕事をこなし、へーこらへーこらと各所へ頭を下げ続けた。映像を作る仕事は集団作業なので関わる人数も多く、また職人気質なクリエイターの世界の中で、まさに営業職のようなコミュニケーション力や調整力が求められた。
そういった”業界の常識”のようなものに揉まれながら、何とか自分の居場所を作るために必死で戦った。今までのすべてを捨てて未経験の業界へ飛び込んだわけだから、まさに毎日が生きるか死ぬかの戦いだった。
納品時期が近付くと、数ヶ月間は土日も休めない日々が続く。1週間ほど家に帰れず寝ずに働き続けたこともあった。僕が業界に入ったタイミングで一緒に入った人たちは、今ではざっくり10人いたとしたら3人くらいしか残っていない。およそ7割の人は数年すれば消えていく、そんな世界だった。
この過酷な日々を乗り越えた数年後、人とのご縁(お金の面倒を見てくれるプロデューサーや仕事の面倒を見てくれる監督)にも恵まれた私は、もともと願っていたディレクター職になり、今はフリーランスになった。
ここまでが、ざっくりとした私の自己紹介だ。ここから本題に入っていこうと思う。
② 人生に疲れてしまった
転職して最初の5年は次から次へと問題が起こり、ただ生き残るためにそれを乗り越える、そんな日々の連続で、今思い返せば常に刺激過剰でアドレナリンやドーパミンの世界を泳いでいたように思う。
その間はまだよかった。つらさもすべて自分の目的意識に沿ったもののように思えるし、狂っていると思われるかもしれないが当の本人は楽しいと感じていた。
それがディレクターになってから2年ほど経った頃、「これはようやく食っていけるぞ」となって少し落ち着いた瞬間、バーンアウトがやってきたのだった。
張りつめていた生存本能の糸がぷつりと切れてしまったのか、これまでの熱が冷めていくのを感じた。もっと言うと、これからどこまでこの戦いを続けなければならないのだろう、と絶望に近い感覚を覚えた。何もやる気が起きなくなった。
「20代は圧倒的な努力で駆け抜けろ」
昨今、世間にあふれるこのような言説は、ある程度真実だと私も思っている。(現にそのおかげで私も食えている)
ただ、それが本当にすべての人々に幸福を呼ぶのかについては大きな疑問が残る。きっとそうではない人もいる。最初からそんな競争を求めていない人や、私のように燃え尽きてしまう人もいるだろう。
熱中から覚めた今、我に返って周りを見ると、同世代ですでに有名な監督になっている人もいる。
幸か不幸か、そういうレベルの人たちと仕事で関わる機会があったのだが、彼らは得るべくして今の結果や評価を得られているのだと実感した。
私はその人たちと比べて決定的に、そして絶望的に、素養も技術も劣っているのだと気づいた。(そういう人はたとえば名の知れた美大を出ていたりするもので、私とは歩んできた人生が違う。そこを比べて悲観的になるとかではなく、ただ当たり前にそこにある事実としてそうなのだ)
熱中しているうちは他人のことなど気にもせず走り続けていたが、ふと立ち止まってしまうと色々なものが目に留まってしまう。
一方で、自分と比べて劣っていると感じる人もたくさんいる。それは技術的な面というよりは、制作工程の最低限の知識すら知らず、こちらが1~10まで説明しなければ伝わらないような人たちだ。この業界では、そういう人たちとも仕事をしていかなければならない。
ほとんどの人が消えていくこの業界では、人を育てるという発想がない。見て覚えろやって覚えろの世界なので、下層を見ればただの素人集団の集まりでしかない。
私はフリーランスなので、取引先の会社の新人指導までしてやる義理はまったくもってないのだが、現実問題こういった底の人たちをフォローしていかないとフィルムが完成しない。
ただでさえ無能な私が(本来は自分が成長するために時間を使うべきなのに)、私以上に無能な人のケツをふくために時間を割いている。この無意味さが私の無気力を加速させた一因だったと思う。
否応なく周囲と関わらざるを得ないこの仕事(特に作品作りでは人間の深い部分で関わり合わねばならない)は、上を見れば気力を奪われ、下を見ればイラ立ちを募らせる毎日で、私の心は擦りきれていった。
このような生活がいつまで続けられるのかわからない。いつしか私はそう思い始め、それが限界に達したのが2023年2月だったということになる。
今では、「人は人、自分は自分」といういわゆる自他境界をはっきりと持つことが特にこの仕事を長く続けていくには大事なのだろうとわかってきたが、それに気づいたのは最近のことで、当時の自分はそんな客観視ができるような状態ではなかった。
私がこうしてnoteという発信の場を選んだのも、集団作業に疲れて個人でできることをやりたいという願望の表れなのかもしれない。
③ 疲れた人が立ち直るには
一度壊れてしまった私は、生きる意味について問い直そうとした。
というより、気づくと精神的に苦しい日々から逃れるように無意識に生きる意味を探し求めている私がいた。たとえば、仕事に熱中するばかりではなく家庭を築くとかそういう違った形の幸せもあるのでは……?とか。
こうなる前までは、作品を作ることが私が生きる意味だと思って生きてきた。10代の頃、私はある映像作品によって救われたことがある。その作品を観る前と後では世界はまるっきり変わって見えた。つまりそれまでの私は死に、新しい私が生まれた。それが私にとって良い変化だったと心から思えるから、「救われた」という言葉は決して言い過ぎではないだろう。
だから私も作品を作って、同じように誰かに届けたいと思った。それが自分の生きる意味で、存在価値なのではないかと思っていた。
作品は私が死んだ後も残る。私が死んで、私のすべてがなくなっても、生きた証として残り、誰かに影響を与え続けるのだろうと思っていた。
けれど、私が信じていたその熱のようなもの(今思えば信仰心にも近い)は、人生に疲れてしまった今、ほとんど消え去ってしまった。
私は何のために生きるのか。
もう一度考えようと思った。
結論から言うと、ひとまずは興味の赴くままに何かを始めたり行動を起こしてみるのが良さそうだ、と思っている。それを記録したり発信する場として、私はこのnoteを生かしていきたいと思っている。
けれどもこの心境に至るまではそう簡単ではなかった。ここに到達するまでに苦しんで、2年かかった。
最初の1年は仕事を辞めてほとんど何もせず、貯金を取り崩しながらただ息をしていた。時々近所の公園を散歩してみたり、一人で山奥に行って1週間ほど籠ってみたり、そんな生活とも呼べない生活が続いた。2年目は、少しずつ仕事に復帰した。信頼できる友人や仕事仲間に会って話を聞いてもらったり、敬愛するアーティストのライブに行ったりすることで、少しずつ心がマイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ、そして今ではこうして行動を起こしてみよう(文章を書いてみよう)と思える形にまで変容していった。
そういう人たちの支えがあって私はここまで来ることができた。あとは結局のところ時間が解決してくれた、というのが大きいかもしれない。
私は人生立ち止まった時に、自分は何のために生きているのだろうと考え始めてしまったわけだが、この難題に一発で答えを出そうとしたのが無謀だったのだと思う。そんな果てのない問いを頭の中でぐるぐるとめぐらせ続けていれば、必然的に心を病んでしまう。
何もやる気がなくなった時は何もしなくていい。ただ時が経つのを待つしかないのだ。そして自分の心の機微に敏感になることが大切だ。ほんの少しでいいから、自分の食指が反応することがあればそれに着目し、無理せず何か行動を起こしてみるのがいい(体を動かしてみるとか、ライブに行ってみるとか、文章を書いてみるとか、なんでもいい)。
人生の意味は、まだわからない。だからここから探しに行きたい。
このnoteはそれを探していく場所なのだ。
④ 今後の展望
私が今興味があることをいくつか述べておきたいと思う。今後はこれらのテーマに従ってnoteを更新していこうと思っている。
■文章を書くこと
まずは文章を書くことだ。映像の仕事をしている故、映像以外の表現方法を探っていきたい。そして何より、ここに私の心の機微を記していくので、心が変化していく様を楽しんでほしいし、私自身も楽しんでいきたい。日々考えたことや、生きるヒントのようなものを記していきたい。
■宇宙の終わりについて
大きな関心事のひとつは宇宙の終わりについてだ。生きる意味を考える上で、これは外せない重要なテーマだと思った。
例えば生きる意味について「子孫繁栄のためだ」と答える人もいるだろうが、現代の科学では人の死と同じようにいずれ宇宙にも終焉が来ると言われている。そんな中で、果たして子孫繁栄や何かを残すことにどれだけ意味があるのか。どんなに人類が生き延びようとも、何かを残そうとも、宇宙が終わることが確定しているとすればそこに意味はないのではないか。
そんなことを考えるために、宇宙について学んで、その成果をここで発表していきたい。研究と言えるようなかしこまったものではないが、自分にできる範囲で学び、発信していこうと思っている。
さしずめサムネに貼ってあるブルーバックスから、まずは読んでみようというのを今年中の目標にしている。
■人文系の学問
生きる意味を考えるにあたって、宇宙と並んで関心があるのが哲学や社会学などの人文系の学問だ。これらは、現代人がこの社会を生きていく中で無意識に染みついてしまった考え方や生き方を相対化し、客観視するのに役立つ。
最近、友人のすすめでエーリッヒ・フロムという社会学者の著書を数冊読んでみた。そうすると、たとえばまさに前述の「20代は圧倒的な努力で駆け抜けろ」的な発想が、現代の資本主義社会に適応するためのノウハウにすぎず、絶対的なものではないということがわかり、少し気が楽になったりする。
数百年前だったらまた別の指標があり、現在は偶然そういうルールで社会が回っているにすぎないということを知ることができる。
私は学生時代、人文系の学問の価値がわかっていなかった。逆に理系は文系と違って合理的で意味があるもののように感じていたが、それは極めて狭い価値観だったと最近思う。
理系は”ある宇宙”や、”地球上”、もしくは”空気抵抗のない空間”など、特定の条件下での合理的な解を求めるのに特化した学問だと思う。
文系はむしろその前提条件の部分を、「そうじゃない見方もあるよ」と提示する役割があるのではないかと感じている。
なので、生きる意味を再定義するにあたって、これらも少しずつ学んでいきたい。
■映画、音楽、本など興味のある作品について
最後に、どうあがいても私の人生はこことは切り離せそうにない。昨晩も配信で映画「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」を観て深く感銘を受け、生きる意味について新たな気づきを与えてもらった。この映画は本当に良かったので、ぜひ一度観てみてほしい。
様々な作品を観たり聴いたりして感じたことも、ここで記事にしていければと思っている。
⑤ お読みいただいた皆さんへ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これから、生きる意味について考え、興味関心があることや日常で感じたことなどを書いていきたいと思います。
皆さんと一緒に考えていきたいので、ご意見やご感想、「これを読んで(観て)ほしい」などあればコメントどしどし募集中です。
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いつまで続くやらわかりませんが、これからよろしくお願いします!(多少なり反響があれば続くことでしょう……)
