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ウジェーヌ・ドラクロワ / メトロポリタン美術館
「男は女を許さない」――性資本という特権と、それが令和日本に生み出す静かな憎悪について
”ゲームのルールが違うのに、同じコートで戦っていると思い込んでいる者だけが、不公平を叫ぶ”
冒頭:許さない、という感情の正体
インターネット上に蔓延する一つの感情がある。
「女はイージーモードだ」「女だから許される」「性別ガチャで外れた」——これらの言葉は、フェミニズム側からは「有害な男性性」「ミソジニー」と切り捨てられてきた。しかし感情には必ず構造的根拠がある。根拠のない恨みは長続きしない。これほど広く、これほど持続的に噴出する感情には、それを支える社会的事実が存在するはずだ。
本論考の目的は、その事実を正面から見ることだ。
結論から先に言う。男が女を「許さない」という感情は、構造的に正当な根拠を持っている。女性は日本社会において、男性には原理的にアクセスできない資本——エロティックキャピタル(性資本)——を行使することで、労働市場の苦闘を部分的に迂回しながら、生活の質と幸福度において男性平均を上回る結果を達成している。これは「差別に負けながらも頑張る女性」の物語ではなく、「別のゲームを有利にプレイしている側が、不利なゲームを強制されている側に向かって平等を要求する」構造の物語だ。
そして同時に、本論はこの特権に依存し続けることの限界性を徹底的に論じる。性資本という資本が持つ根本的な欠陥——それは減価する、失われる、裏切る。この欠陥ゆえに、性資本への適応は「圧倒的に機能する」のと同時に、将来においては「圧倒的に脆弱だ」。
男の怒りは正当だ。しかし女の賭けも危険だ。この二重の真実から目を逸らした言説は、どちら側に立っていても誠実ではない。
1.二つの異なるゲーム——男と女が生きる世界
男の社会的価値方程式:経済資本 = 存在価値
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