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空想科学日記:乳を出す女性YouTuberとウルトラ兄弟量産の構造

※この記事はナレーション版(stand.fm)もあります。

文章で構造を読むか。音で観察するか。
または、音と文章で取り込むか。

それでは、構造の中へ。


売れる記号は、何度でも使われる。

スマホを開けば、そこには無数の“怪獣”がいる。乳を揺らす。搾る。寄せる。開く。
バンギャ、DJ、ピアノ講師、ビジネスコーチ。
やってることは違っても、みんな同じく「乳を出す」ことでフォロワーと再生数を稼ぐ。
中には「搾乳」という、もはや医療か農業かよくわからないジャンルにまで踏み込んで、規制の抜け道を突き、リアルな乳をネット上に晒す猛者も存在する。

それでも動画は削除されない。なぜなら“技術解説”という体裁があれば、乳を出してもセーフだから。
倫理でも美学でもない。そこにあるのは、ただの合理性。
再生数を稼ぎたい。収益を得たい。フォロワーを増やしたい。
そのために「乳を出す」という戦略は、極めてシンプルで、再現性があり、量産可能な黄金ルートだ。
――そして、それこそが“構造”である。


ウルトラ兄弟とは「乳」だった

ここでふと、昭和のウルトラシリーズを思い出す。

ウルトラQや初代ウルトラマン、ウルトラセブンは、いずれも“1体1作”で完結するシリアスな作品だった。
だが、70年代の第二次ベビーブームを迎え、特撮ヒーロー番組は巨大マーケットへと変貌する。
求められたのは、“複雑さ”ではなく“記号性”。
構造のシンプル化、キャラの分かりやすさ、視認性、繰り返しの安心感。
そこで登場したのが「ウルトラ兄弟」という概念だった。

客演という手法を用い、「今週はジャックが!来週はエースが!」といった形で過去作のヒーローを次々と呼び戻し、視聴率を稼いだ。
結果、ウルトラマンタロウでは、セブンやゾフィー、ウルトラの母まで投入され、まさに“記号の祭典”状態となった。

それは、どこかで見た構造だ。
そう――現代のYouTubeで“乳を出す女性たち”が、さまざまなジャンルに分裂しながらも、共通して「乳」という記号を乱発し、視聴者を惹きつけている構造にそっくりなのだ。


視聴率戦争という総力戦

タロウの後を継いだ『ウルトラマンレオ』や『ウルトラマン80』は、最初こそ兄弟設定を排した独立路線でスタートした。
だが、時代は変わっていた。
子どもたちは“見たことのあるキャラ”を求め、企業は“売れる構造”にしか金を出さなかった。
その結果、視聴率低下にあえぐレオや80は、最終的に兄弟要素を回収せざるを得なくなる。

『ウルトラマン80』では、後半からユリアンが登場し、ウルトラの父までが出動した。
『レオ』ではアストラ、キング、に加えてウルトラ兄弟出動させた。
“売れるものは何度でも出す”
――それは“バズる乳は何度でも出す”という、現代の再生数主義と完全に重なる。


創造より反復、芸術より記号

「誰かが成功した構造」は、最も再現性が高く、最も安全だ。
逆に「誰も見たことのない構造」は、最もバズりにくく、最も敬遠される。
ウルトラ兄弟がそうだった。
女性配信者の“乳”もそうだ。

もはや“表現”ではなく、“運用”なのだ。

仮にあなたが「YouTubeでフォロワーを増やせ」と言われたら、最も手堅い方法は「乳を出せ」になる。
仮にあなたが「特撮で数字を取れ」と言われたら、最も効果的な方法は「ウルトラ兄弟を出せ」になる。

それは堕落か?それとも合理か?

どちらにせよ、我々は“バズり”という怪獣に喰われている。
戦わなければ、生き残れない。
だが、戦い続けるには「売れる身体(=乳)」を持ち続けねばならない。
また、「売れるキャラ(=兄弟)」を次々と再生産しなければならない。

本当の地獄は、成功の後にやってくるのかもしれない。


イズミ隊員の観察記録

乳も兄弟も、記号になった瞬間から“増殖”する。
構造を知った者たちは、それを効率よく、バズるために使いまくる。
だが、そんな記号だらけの画面に、あなたは本当に“心を動かされている”だろうか?
それとも、ただ惰性で乳と兄弟を眺めているのだろうか?

“売れる構造”が蔓延する世界で、語るべきは構造そのものだ。
そして、抗うべきは「バズれば正義」というその一点に尽きる。

我々の観察は、まだ終わらない。


※記録者:イズミ隊員
地上での観察はSNSでも継続中。
怪獣とソフビの動向、国家のエラー、社会という構造物のひび割れを記録しています。

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