間違っていたのは自分じゃない。手放せなかった「過去の理想」だ
「いやだぁ!! 連れていかないで!!」
その声は、今でも耳から離れません。
あれから四十四年という歳月が過ぎても、
あの日の光景だけは昨日のことのように思い出します。
まだ十九歳だった僕は、
人があれほど深く悲しむ姿を、初めて目の当たりにしました。
実直でまじめだった友人。
その彼が、突然の事故でこの世を去ったのです。
葬儀の出棺の際、棺に向かって、魂ごと引き裂かれるように泣き崩れるお母さんの姿。
その叫びは、会場にいた誰一人として慰めることができませんでした。
どんな言葉も、その悲しみの前では無力でした。
あの時の僕は、ただ立ち尽くすことしかできませんでした。
人の人生が、あまりにもあっけなく「終わり」を告げる。
その事実を、まだ受け入れることができなかったのです。
絶望の中で気づいたこと
それから長い年月が経ち、
レ飲食店の厨房で、数え切れないほどの人生を見てきました。
その中で、ふと気づいたことがあります。
絶望の淵にいる時、僕たちは決まって「あるもの」を握りしめています。
それは、過去の自分が描いていた「理想の人生という地図」です。
人生はこう進む。
仕事はこうあるべき。
人との関係も、きっとこうなる。
僕自身もそうでした。
かつて思い描いた通りにレストランを切り盛りし、
思い描いた通りに家族を養い、社会に認められるはずだった。
その「こう生きるはずだった」という地図を、手放すことができずにいました。
でも、その地図に書かれていた人生は、一度も現実には存在しなかったのです。
現実はいつも、僕が握りしめていた地図とは違う場所へ、僕を連れていきました。
間違っていたのは、僕自身だった
最初は、間違っているのは人生の方だと思っていました。
なぜ自分の思い通りにならないのか。
夜中に天井を見つめたこともあります。
でも、違いました。
間違っていたのは、今の世界ではなく、
いつまでも昔の地図を持ち続けていた、僕自身だったのです。
僕はそんなふうに思っています
四十四年前、あの日のお母さんの叫び声を、今でも忘れることはありません。
けれど、あの日の出来事があったからこそ、
僕は人生を、以前とは少し違う景色で見るようになりました。
もし今、あなたが人生の地図を見失っているのなら。
焦って新しい地図を探さなくてもいいのかもしれません。
立ち止まった場所でしか見えない景色もあります。
そして、あとになって振り返ると、
「あそこが、新しい地図の始まりだった」
そう思える日が、きっと来るはずです。
僕は、その続きを、今も静かに歩いています。
あわせて読んでほしい3本
① すべての始まりになった出来事
19歳だった僕が、人生には言葉では届かない悲しみがあると知った日。
その体験が、その後の人生の見方を変える原点になりました。
▶ 「いやだぁ!!連れていかないで!!」あの日、僕の人生が変わった理由
② 「見えない世界」を考え始めた原点
人生には、理屈だけでは説明できない出来事があります。
だからといって、何でも信じる必要はありません。
僕が「まず確かめる」という姿勢を大切にしている理由を書きました。
▶ 不思議の国・スピリチュアリズム! 信じる前に確かめるための入口
③ 疑い続けた僕が、それでも忘れられない一日
英国人ミディアムとの個人セッションで、僕自身が体験した出来事。
「信じてください」という話ではなく、今でも答えを探し続けている僕自身の記録です。
▶ 高円寺から二年後!僕自身が英国人ミディアムの個人セッションを受けた日
プロフィール
十九歳の頃に経験したある出来事をきっかけに、
人生や人の心について考え続けてきました。
三十五年間飲食業を営む中でも、
多くの人の喜びや悲しみに触れ、その経験をもとに記事を書いています。
