【聖地巡礼 #04】 三県境。かつて「川」だった場所で、物語の核心に触れる。(加須市・栃木市・板倉町)
小説『少年探偵のデジタル・スケッチパッド』の舞台を巡る旅。 今回は、第1巻の最大のクライマックス、第6章「三県境への旅」の舞台となった場所をご紹介します。
そこは、埼玉県加須市、栃木県栃木市、群馬県板倉町の三つの県が、平地の一点で交わる不思議なスポット、「三県境(さんけんきょう)」です。
物語の中で、主人公の悠人と穂乃香が、祖父・健三が遺した「最後の証拠」を見つけ出したこの場所。 実は、現実の三県境も、小説に負けないくらいドラマチックな「歴史」と「謎」を秘めた場所でした。
今回は、小説のシーンを振り返りながら、徹底的なリサーチに基づいた「三県境の正体」に迫ります。
■ 物語の舞台:どこの管轄にも属さない「聖域」
まずは、小説のシーンを振り返ってみましょう。
第1巻の終盤、悠人と穂乃香は、祖父・健三が隠した「水質調査記録」を探しに、三県境へと向かいます。なぜ、祖父はこの場所を選んだのか? 作中で店主はこのように語ります。
「あそこは、埼玉・栃木・群馬の三つの県が交わる場所。どの県の管轄にも属さない、曖昧な土地なんだ」 「だから、祖父はそこに何かを隠したんですか?」 「そうだと思う。(中略)誰にも見つからない場所に隠す必要があった」
物語では、この「境界の曖昧さ」が、権力から真実を守るためのトリックとして使われました。 早朝の三県境で、草むらの中から古びた井戸と、苔むした石の蓋を見つけ出すシーン。そして、そこに隠された「未来への手紙」を発見する場面は、物語で最も熱い瞬間の一つです。
現実の三県境には、残念ながら(あるいは幸いにも?)隠し井戸はありませんが、「三県境のプレート」と、「境界を示す杭」は実在します。悠人たちが立ったその場所に、あなたも立つことができるのです。

■ 「平地」にある奇跡。なぜここに県境が?
ここからは、現実の三県境の「凄さ」を深掘りしていきましょう。
日本全国に「三県境(3つの県が接する点)」は40箇所以上あると言われています。しかし、そのほとんどは「山の頂上(尾根)」や「川の真ん中」にあり、一般人が気軽に立ち入ることはできません。
しかし、加須市の三県境は違います。 周囲をのどかな田んぼに囲まれた、真っ平らな平地にあるのです。 駅から歩いて行ける、サンダル履きでも行ける。これは全国的に見ても極めて稀有な「平地三県境」として知られています。
では、なぜこんな平らな場所に県境があるのでしょうか? リサーチの結果、その理由は「かつてここが川だったから」であることが分かりました。
歴史のミステリー:「川」が消え、「境界」だけが残った
実はこの場所、明治時代以前は「渡良瀬川(わたらせがわ)」という大きな川が流れていました。当時は、川の真ん中(流心)が国境(後の県境)だったのです。
しかし、歴史が地形を変えました。 江戸時代の徳川幕府による**「利根川東遷(とねがわとうせん)」事業や、明治以降の足尾銅山鉱毒事件対策による渡良瀬遊水地の造成など、度重なる大規模な治水工事が行われました。
その結果、川の流れは人工的に変えられ、かつての川底だった場所が埋め立てられて陸地になりました。 水は消えましたが、「地図上の境界線」だけはそのまま残りました。
つまり、今の三県境に立つということは、「かつての大河の底に立っている」ということなのです。
小説の中で、祖父・健三は「水脈」を守るために戦いました。 その証拠を隠した場所が、「かつて川だった場所(=水の記憶が残る場所)」であるという事実は、物語のテーマとあまりにも美しくリンクしていませんか?
■ 2016年の大発掘。現実の「宝探し」
物語の中で悠人たちは泥にまみれて「杭」を探しましたが、実は現実世界でも、これとそっくりな「リアル宝探し」が行われていました。
長年、「この辺りが三県境らしい」とは知られていましたが、正確な位置は不明確で、泥の中に埋もれていました。 そこで2016年(平成28年)、加須市・栃木市・板倉町の2市1町が協力して、境界確定のための測量調査を行いました。
重機を入れて掘り返した結果……泥の中から「コンクリート製の杭」が発見されたのです! これにより、長年の謎だった「正確な三県境の位置」が科学的に確定しました。
普通、県境の確定といえば、土地や水利権を巡って争いになりがちです。しかし、この三県境では「ここを観光地にしよう!」というポジティブな動機で、三つの自治体が仲良く手を組んだという、とても平和で珍しいエピソードがあります。
現在では、綺麗に整備された遊歩道や案内板があり、誰でも簡単に「3歩で3県を回る」体験ができるようになっています。
■ 地質学的アプローチ:なぜここは「水没」しやすいのか?
リサーチ資料によると、三県境の標高は非常に低く、台風などで大雨が降ると冠水することがあるそうです。 これには、この土地の「地質」が関係しています。
三県境の地下には、「腐植土(ふしょくど)」と呼ばれる、植物が分解されずに堆積した柔らかい地層が厚く広がっています。これはかつてここが湿地帯であり、葦(よし)などの植物が何千年にもわたって堆積した証拠です。
この柔らかい土壌は水を多く含みやすく、また地盤沈下が起きやすい性質を持っています。 そのため、大雨が降ると水が溜まりやすく、まるで昔の川に戻ろうとするかのように、一面が水没することがあるのです。
物語の中で健三が「水脈の警告」として遺したメッセージ。 それは、開発によって忘れ去られそうになっている、この土地本来の「水の記憶」そのものだったのかもしれません。
■ 聖地巡礼ガイド:三県境へのアクセスと楽しみ方
作中では、悠人たちは車で向かいましたが、公共交通機関でも簡単にアクセスできます。
【アクセス方法】
最寄り駅: 東武日光線「柳生駅(やぎゅうえき)」
徒歩: 駅東口から徒歩約7分(約400m)
駅から案内看板が出ているので、迷うことはありません。のどかな田園風景を楽しみながら歩けます。
【楽しみ方:3歩で3県巡り】 現地には、境界点を示すプレートと共に、カメラ台も設置されています。
右足は群馬、左足は栃木、手は埼玉といったポーズで記念撮影が可能です。
「見て、触れて、またげる県境」として、子供から大人まで楽しめます。
【立ち寄りスポット:道の駅かぞわたらせ】 三県境から歩いてすぐ(約400m)の場所に、「道の駅かぞわたらせ」があります。ここは聖地巡礼のベースキャンプとして最適です。
三県境グッズ: 訪問記念のステッカーや、三県境をモチーフにしたお土産が買えます。
グルメ: 地域の野菜や、手打ちうどんも楽しめます。
展望台: 屋上からは、広大な渡良瀬遊水地を一望できます。作中で悠人が感じた「空の広さ」を体感してください。
■ おわりに
「一歩動けば、別の県になる」 穂乃香が実際に試してみる。埼玉県の標識の上に立って、一歩踏み出すと——群馬県。もう一歩踏み出すと——栃木県。 (『少年探偵のデジタル・スケッチパッド』第6章より)
たった3歩で、埼玉、群馬、栃木を回ることができる不思議な場所。 そこでふと足元を見つめてみてください。
今は乾いた土の上ですが、かつてここには豊かな川が流れ、人々の暮らしを支えていました。 そして物語の中では、一人の職人が命がけで守った「水の記憶」が眠っていた場所でもあります。
小説を片手に、境界線の上に立ってみる。 すると、目には見えない「歴史の流れ」や「物語の情熱」が、足の裏から伝わってくるかもしれません。
▼ 次回予告 聖地巡礼シリーズ、次回はいよいよ物語の重要アイテム「こいのぼり」のルーツに迫ります。加須が誇る伝統工芸の技とは? お楽しみに!
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