見出し画像

【聖地巡礼 #03】 加須うどん。一杯の「光る白」に隠された、地下水脈のミステリー。

『少年探偵のデジタル・スケッチパッド』著者の楠 柾です。 聖地巡礼シリーズ第3回。今回は、物語の第4章『うどんと水の暗号』で、主人公・悠人と穂乃香がその「艶(つや)」に目を奪われた、加須うどんの深淵なる世界について語ります。

小説では「水」と「職人の魂」にフォーカスしましたが、実は現実の加須うどんには、もっと科学的で、もっと歴史ロマン溢れる背景が隠されています。 今回は取材ノートを全公開し、「なぜ加須うどんは、これほどまでに美味いのか?」を徹底解剖します。

■ 物語の中の「光る白」

第4章・第2節。 悠人と穂乃香は、亡き祖父・健三さんが遺したスケッチの謎を解くため、一軒の老舗うどん店を訪れます。

運ばれてきたうどんを見た瞬間、悠人はその美しさに圧倒されます。

 箸でうどんを持ち上げると、ずっしりとした重みが伝わってきた。透き通る出汁が、麺の表面を滑り落ちていく。光が当たって、キラキラと輝いた。 (中略)  一口かじると——弾力。歯に抵抗する、しっかりとした食感。でも固すぎない。噛むたびに、小麦の甘みが口の中にじんわりと広がっていった。 (第4章 第2節より)

この「輝き」と「コシ」、実は単なる「手打ち」だけでは生まれません。取材で判明した決定的な違いは、「倍の熟成」です。

加須うどんの工程には、生地を足で踏んで鍛える「足踏み」に加え、通常のうどん作りの「倍の時間」あるいは「倍の回数」生地を寝かせる(熟成させる)という伝統があります。 さらに近年では、埼玉県産小麦「あやひかり」の使用が増えています。この小麦は「低アミロース」という特性を持ち、まるで餅のような弾力と、シルクのような喉越しを生み出すのです。 職人の執念深い「寝かせ」と、最新の「品種」の融合。これこそが、悠人を魅了した「光る白」の科学的な正体です。

■ なぜ、ここまで「光る」のか?(取材ノート①)

作中では、店主の田中さんが「水がいいからだ」と語ります。

「そのコシを出すにはな、水がいいんだ」 「昔はこの辺りにも、井戸がたくさんあってね。清らかな地下水が湧いていた。その水で小麦を練る。その水で茹でる。そうすると、コシが出るんだ」 (第4章 第2節より)

もちろん、利根川水系の良質な水は不可欠です。しかし、現実にはもう一つ、職人たちの「凄まじい手間」があります。

加須うどんのコシは、「手打ち」に加えて「足踏み」を行うことで生まれます。 手で練った生地を、さらに足で踏んで鍛え上げ、寝かせる。 通常のうどんより手間をかけ、生地をいじめ抜くことで、茹で上がった時にあのピカピカと光るような艶と、跳ね返るような弾力が生まれるのです。

健三さんが守りたかったのは、単なるH2Oとしての水ではなく、その水を使って手間暇を惜しまない「職人の精神」だったのかもしれません。

■ 物語には書けなかった「朝まんじゅうに、昼うどん」(取材ノート②)

ここからは、小説には登場しない、さらにディープな加須の話です。 皆さん、加須に伝わる「朝まんじゅうに、昼うどん」という言葉をご存知でしょうか?

「麺類が好きだから」という単純な理由ではありません。 かつて二毛作が盛んだったこの地域では、小麦が豊富に収穫できました。 農作業で忙しい時期、手軽にエネルギーを補給するために、朝は蒸した「まんじゅう」、昼は腹持ちの良い「うどん」を食べるという食生活が根付いていたのです。

つまり、加須うどんは「ハレの日のご馳走」であると同時に、「働く人々のエネルギー源(日常食)」でもあったのです。

■ 夏のスタミナ源「冷汁(ひやしる)」(取材ノート③)

これから聖地巡礼に行かれる方に、ぜひ食べていただきたいメニューがあります。 それが「冷汁(ひやしる)うどん」です。

「冷たい味噌汁?」と思われがちですが、全く違います。 これは、ゴマと味噌をすり鉢ですり合わせ、シソ、キュウリ、ミョウガなどを加えて、冷たい井戸水で溶いたつけ汁のこと。 ここにうどんをつけて食べるのですが、これは元々、夏の過酷な農作業の合間に食べる「農家のスタミナ食」でした。

  • ゴマの脂質

  • 味噌の塩分

  • 夏野菜のビタミン

  • うどんの炭水化物

これらを、冷たいツユで一気に流し込む。 いわば、江戸時代のエナジードリンクです。 作中で悠人が食べたのも、季節が5月〜初夏であることを考えると、この冷汁うどんだったかもしれません。

■ 6月25日は何の日?(取材ノート④)

最後に、もう一つトリビアを。 実は加須市には、条例で定められた「加須手打ちうどんの日」があります。 それが、6月25日

なぜこの日なのか? 昔、小麦の収穫が終わるこの時期(半夏生に近い時期)に、採れたての新小麦でうどんを打ち、神様に供えて収穫を祝った習慣があったからだそうです。

小説のクライマックス(記念館オープン)は7月ですが、もし物語の中で6月25日を迎えていたら、悠人と穂乃香も「新小麦のうどん」でお祝いをしていたかもしれませんね。


■ 結論:一杯のうどんに込められた「歴史」

物語の中で、健三さんは「水」を守るために戦いました。

「うどんも、鯉のぼりも、すべて利根川の恵みなんだよ」 (第4章 第2節より)

しかし、こうして歴史を紐解くと、彼が守りたかったものがより鮮明に見えてきます。 それは、足踏みで麺を鍛える職人の技であり、忙しい農家の昼食の風景であり、収穫を祝う6月の喜び——つまり、加須という土地で営まれてきた「暮らしそのもの」だったのです。

聖地巡礼でうどん店に入ったら、ぜひメニューの向こう側にある、この長い歴史を感じてみてください。 きっと、悠人が感じた「小麦の甘み」が、より深く味わえるはずです。

(次回の聖地巡礼) 次回は、いよいよ物語1巻のクライマックスへ。 悠人と穂乃香が、父の車で目指した「三県境」。 地図のエアポケットと呼ばれるその場所には、一体何があるのか?

この記事が面白かったら、スキ(ハートマーク)を押してください!
執筆の励みになります!!


いいなと思ったら応援しよう!