Cakweの起源と歴史について調べたら、こんなストーリーが!
私の好きなおやつの一つ、cakwe.
夕方になるとこのcakweとドーナツを一緒に売る屋台が道端にあらわれはじめます。
写真でみるとこのcakwe 「中国のアレじゃないの?」と思われる方もいるかもしれません。
ハイ、中国のアレなんです。
油条 (You tiaoです)

インドネシアと中国では名前もですが食べ方も少し違います。
それで気になって調べてみたら、この食べ物にはおもしろい歴史がありました。
起源は12世紀、宋代の中国。
宋代(12世紀)、名将だった 岳飛(Yue Fei) が宰相 秦檜(Qin Hui) の根拠のない告げ口(悪口?)によって処刑されました。
民衆はは秦檜夫妻を象徴する2本の小さな生地を作り、油で揚げて食べることで怒りを表現しました。これが「油炸鬼 you zha gui(揚げられた鬼)」と呼ばれる由来です。
宋代の頃についてよくわからなかったのでchat GPTに聞いてみたら出てきた解説がこちら☟
⚔️ 背景
時代:南宋(12世紀)、北方は女真族の金に占領され、宋は南へ逃れて「南宋」として存続。
岳飛の役割:忠義を胸に「精忠報国(国に尽くす忠義)」を座右の銘とし、金軍に対して数々の勝利を収め、失地回復の希望を担った。
政治的対立:宋の皇帝高宗は和平を望み、宰相秦檜は金との講和を推進。岳飛の軍事的成功は和平派にとって脅威だった。
⚖️ 処刑の経緯
岳飛は戦場から呼び戻され、「莫須有(根拠のない)」という罪名で投獄。
1142年、杭州の風波亭で処刑された。
この事件は「中国史上最大の冤罪」とされ、後世に強い憤りを残した。
👥 民衆の評価
岳飛は「忠臣・愛国の象徴」として祀られ、杭州には岳王廟が建てられた。
秦檜と妻・王氏は「奸臣」として鉄像にされ、岳王廟の前で跪かされる形で後世に伝わる。参拝者はその像に唾を吐き、罵倒する習慣が続いた。
この憎しみの象徴が、後に「油炸鬼(揚げられた鬼)」=油条の由来にもつながった。
東南アジア・インドネシアに渡る
のちに華僑の移住により、この食べ物は東南アジアにも伝わりました。
東南アジア各国ではどのように食べられているかというと・・・
(これもネットから拝借した情報です)
インドネシア :揚げたてを sambal と一緒に
マレーシア/シンガポール: 粥やスープの付け合わせ
タイ :甘いソースや練乳と一緒に
ベトナム :フォーやお粥に添える
フィリピン :甘い揚げ菓子として
インドネシアでも中華レストランなどの中華風のお粥に乗っていることもあります。が、基本的には辛いソースと一緒におやつ感覚で。
これは先日私が屋台で買ったもの。このように辛いソースがつていますが、そのまま食べても生地に塩味?がしておいしいです。

インドネシアでのcakweという名前の由来と東南アジア各国での呼び名
前述のように中国の油条 you tiaoは元々は油炸鬼you zha quiという名前でしたが、東南アジアに移住してきた人たちの多くは福建人。この福建語が油炸鬼yau char kway。そこからインドネシア語ではcakweと言われるようになったそうです。ん~おもしろい。
これを調べたついでに、他の東南アジアの国々では何と呼ばれているのかも調べてみたら☟
マレーシア/シンガポール :cakoi
タイ :pathongko
ベトナム :giò cháo quẩy
フィリピン :bicho-bicho
マレーシア、シンガポール、ベトナムでの呼び名は福建語の名前からだろうなぁと連想できますあ、タイとフィリピンでの名前はまた別の由来?があるかもしれませんね。ご存知の方、教えてください^^
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