2E(ギフテッド×ADHD)とシンガポール②(環境を変えることについて)
シンガポールに来てから2年ちょい。 「環境」という言葉の重みを、毎日これでもかというほど噛み締めています。
日本にいた頃、僕は「環境を変えること」に対して、比較的ポジティブな考えを持っていました。
僕自身、転職もしてきましたし、環境を変えることでの成功体験をもっています。
そして、環境を変えることで今まで以上に輝いている人も何人も見てきました。
なので、
・人は環境を変えると輝ける
・環境を変えることは逃げではない、戦略だ
前職の転職エージェントやキャリアカウンセリングでは、こんな言葉を多くの求職者の方にかけてきました。
でも、いざ自分の子育てとなると、話は別でした。
急に、自分の中にあった「古い価値観」で考えてしまっていたのです。
・嫌だからやめさせるって、逃げ癖がつくのでは?
・我慢して乗り越えることが、成長なのでは?
そんな価値観を子供におしつけていたと思います。
ただ、ずっと迷いはありました。
自分の価値観が間違っているのではという迷いではなく、
単純に「響いていない」という感覚が常にあったからです。
今でこそ、次男のような特性(ギフテッド×ADHD)を持つ子に、精神論が響かないのは当たり前だと分かります。
しかし当時は、
・何故、理解できないのか
・聞く気がないのか
・私が甘いのか(多分相当厳しいのですが笑)
などと迷走していた記憶があります。
僕は「適正配置」という言葉が大好きです。
前職のリクルート時代は、
「世の中の適正配置を整えることが出来れば、日本は再度強くなる」。
そんな青臭いことを言っていた記憶があります。
だけど、自分の子供に対しての「適正配置」は全く考えられていませんでした。
たまたま、我が家はシンガポールに転居することになり、半強制的に環境を大きく変えることになりました。
今回は、環境が変わったことによる次男の変化と、そこから学んだことを書いていきたいと思います。
よければ前回の記事ついても読んでもらえると嬉しいです。
環境を変えて、起きたこと
環境を変えることで、実際に何が起きたか
僕が目の当たりにした、2つの象徴的な出来事をお話しします。
1.水泳の話
ひとつ目は、水泳の話です。 日本にいた頃、4歳だった彼をスイミングスクールに通わせていました。
特に強い想いがあったわけではなく、長男もやっていたし、なんとなく通わせていたのです。
ある進級テストの日。とても寒い日でした。
彼は自分のテストの順番がきてもプールサイドに座ったまま、一歩も動きませんでした。
コーチが声をかけても全くダメ。
僕たちがガラス越しにジェスチャーを送っても全くダメ。
完全なボイコットです。
結局、テストを受けるどころか水に一歩も入りませんでした。
だけどテスト以外の日は楽しそうに遊んでいます。
実力的には、恐らくテストを受ければ受かるはずです。
本人にいくら理由を聞いても、
「上のクラスには行きたくない。
上のクラスに行けば、深いプールに入らないといけないから」
と言うばかりでした。
そんな様子や言動をうけて、僕は、
「ああ、この子には根気がないのかな」
「嫌なことからすぐ逃げるのかな」
と思い、情けないやら腹が立つやら……
当時はそんな気持ちだったと思います。
ところが、シンガポールに来てから驚くべきことが起きました。
あんなに頑なだった彼が、
移住してたった1週間で、足のつかない深いプールへ自ら飛び込んで泳ぎ始めたのです。
日本で入れなかったプールなんかより、全然深いプールです。
誰に強制されたわけでもありません。
おそらく、広いプールで兄と遊んでいたら楽しかったから、
自然と飛び込んでいったのでしょう。
彼にとって、日本のスクールという「指導」の場は、恐怖やプレッシャーを過剰に感じ取る場所であり、彼の持っているポテンシャルを封じ込めていたのだと思います。
それが「遊び」というラベルに変わった瞬間に、もともと持っている力が解放された。
これは僕にとって、とても衝撃的な出来事でした。
2.漢字の話
もうひとつは、勉強面での変化です。彼は「書くこと」が苦手です。
特に、日本語補習校に通っていた時の漢字ドリルは大苦戦でした。
・マス目の中に、はみ出さないようにきれいに書く
・同じ文字を何度も反復して書く
この単純作業が、彼には苦痛で仕方がないようでした。
でも、現在の学校で「中国語」の授業が始まると、状況が一変しました。
彼はすごい勢いで漢字を覚えてくるようになったのです。
そして、多くの漢字を書くことができるようになってきています。
学校での指導を聞くと、映像や音楽、そして会話を通じて覚えているようでした。
ドリルで書き順や読み方を覚えるのは苦痛だった彼ですが、
学び方のアプローチが変わるだけ、マス目の制約がなくなると、こんなに変わるものなのか。
この出来事もまた、僕の価値観を揺さぶりました。
※ただ彼の漢字は中国語仕様なので、日本の漢字とは若干異なりますが(笑)。
環境を変えるかどうかの「3つのSTEP」
とはいえ、現実的な問題として、嫌なら何でも環境を変えればいいかというと、やっぱりそうではないと思っています。
何でもかんでも回避させていたら、ただの「甘やかし」になってしまうかもしれない。
もしくは親が先回りし過ぎることで、彼の成功体験の機会を奪うことになるかもしれません。
「どこまで粘らせて、どこから環境を変えるべきか?」
この線引きは、今でも毎日悩みます。
これがベストかどうかは分かりませんが、試行錯誤の末、
今は以下の3STEPで「環境を変えるかどうか」を判断するようにしています。
STEP1:始める時は自主性を最優先にする
まず入り口の段階です。ここでは徹底して「本人の意思」を軸にします。
・彼の「やりたい」という意思を尊重する
・定期的に「続けたいか」意思を確認し続ける
・くじけることも、最初の気持ちが変わることも受け入れる
親が「やらせたい」ではなく、本人が「やりたい」と言ったこと以外は、そもそも続きません(というか彼の場合はやることもしません)。
今「やりたい」という気持ちを受け入れる、その先は分からない、意思が変わることも受け入れる、つまり直ぐにやめるって言うことも受け入れる。
まずはここがスタートラインとしています。
STEP2:上達できるように全力で手伝う
本人がやりたいと言ったことでも、壁にはぶつかります。
親のひいき目ではありますが、勉強でもスポーツでも
「能力はあるけど、何かが噛み合っていない」
という状況がよくあります。
特に彼のようなタイプは、
・ひとつの小さなことが気になると、全体がダメになる
・気になってできないと、一気にやる気を失う
という傾向があります。
「努力が足りない」と突き放すのではなく、その困難を改善するため、全力でサポートします。
「道具を変える、教え方を変える、練習環境を変える。」
彼が上達の感覚を掴めるまでは、伴走することを決めています。
STEP3:環境を変える
全力でサポートして、それでも無理であれば「環境を変える」という選択をします。
・本人と相談する
・うまくいかなかったとしても、本人を責めない
ここまでやってダメなら、それは本人の努力不足ではなく、単に「場所が合わなかっただけ」と割り切るようにしています。
運用における2つの注意点
このステップを回す上で、僕が肝に銘じている注意点が2つあります。
注意点①:「出来ない」を受け入れる
これは、「怒っても治らない・変わらない特性」を受け入れてサポートすることです。
こちらの基準で出来ないことを怒ると、そもそも好きなことを嫌いにさせてしまうこともあると感じています。
我が家の代表例は「忘れ物」と「時間管理」です。
日本の厳しい体育会系で育った僕からすると、スポーツをするのに
・忘れ物をする
・遅刻をする
なんて、正直信じられませんでしたし、
「忘れ物をする、遅刻をする」=「意欲がない」
という方程式で考えていた僕には、許しがたいものでした。
だけど、水筒をこれまでに10本以上失くした彼に、
「気をつけなさい」
「ものを大切にしなさい」
と精神論を説いても、残念ながら無駄でした(笑)。
先生に、
「目が悪い子が遠くが見えないのと、ADHDの子が物忘れが多いのは一緒ですよ」
と聞いて以降、出来ないことを受け入れることができるようになりました。
怒るのではなく、
・忘れ物を減らすなら
→帰る時にかばんを確認する、置き場所を固定する
・時間を守るなら
→こまめにタイマーをかける
など、精神論ではなく「仕組み」でカバーするようにしています。
好きなことだから、用意も完璧、遅刻もしないみたいな僕の基準は捨てて、彼がやりたいことが出来るような問いかけ・仕組み作りを一緒にしています。
(とは言えこちらの余裕がなくなると、まだ叱ってしまいますが、こちらもまだ成長中です。)
注意点②:一直線で考えない
もう一つは、成長を単純な一直線で考えないことです。
「これを教えたからこれが出来るようになる」
という因果関係は、彼らには当てはまらないことが多いです。
だからこそ、全力サポートに即座の意味を求めない、すぐに成果を求めないようにしています。
環境を変えずにうまくいった例として、我が家ではサッカーがそうでした。
彼は運動神経自体は悪くないのですが、サッカー特有の
「攻守の目まぐるしい切り替え」や「不規則なボールのバウンド」に対応できず、パニックになることがありました。
周りの子が感覚的にできていることが、彼にはできない。
試合に出られない時間も多く、その時間に遊んでいたりしたので、
「これも向いていないのかな? 辞めさせるか?」と迷いました。
でも、水泳の時とは違い、彼自身がどこか楽しんでいる節がありました。
そして正直に言えば、「身体能力はあるのだからもったいない、もう少し続けてほしい」という僕のエゴもありました(笑)。
だけど、サッカーの練習をしてもあまり成長しない。意欲も感じないみたいな状況が続きました。
そこで、彼が興味を持ち始めていた野球も並行して始めてみることにしました。
僕が野球をやっていた、長男も野球をやっているので、野球だったら楽だな、という下心もありましたが(笑)。
サッカーと並行して野球の練習もスタートすると、何故かサッカーの実力が急激に成長したのです。
正直、明確な理由は分かりません。
・野球でバウンドしたボールを取る練習を繰り返したことで、空間認知やバウンドの感覚を掴めたのか
・子供特有の神経系の発達が、手を使うスポーツをすることで急激に進んだのか
・それとも親が知らない、何か精神的な影響なのか
よく分かりませんが、急激に成長して、今では楽しくやっているのは事実です。
「環境を変える=辞める」だけではなく、
その前に「何かを足してみる」、「その上で引いてみる」ということもあるんだなと学びました。
いづれにせよ、成果を求めず全力で一緒に遊ぶことを続けようと思っています。
最後に
ADHDと分かっていろいろ勉強している中で、ある1つの理論と出会いました。
ご存知の方もいるかもしれませんが、W. Thomas Boyce博士が提唱した『The Orchid and the Dandelion(ランとタンポポ)』という概念です。
博士の研究によると、子供の気質は大きく2つのタイプに分けられるそうです。
ひとつは、「タンポポの子(Dandelion Children)」。
彼らは、大多数(約80%)を占める子供たちで、驚くほどたくましい。
土壌が肥沃でも痩せていても、多少の日照りや嵐があっても、枯れることなく育つ。ストレスからの回復力(レジリエンス)が高いタイプです。
そしてもうひとつが、「ランの子(Orchid Children)」。
残りの約20%にあたる彼らは、環境に対する「感受性(Sensitivity)」が極めて高いのが特徴です。
もし環境が悪ければ、彼らはタンポポよりもずっと早く、深く傷つき、枯れてしまう。
心身に不調をきたしたり、問題行動を起こしたりする。
しかし、ひとたび「自分に合った適切な環境(温室)」を与えられると、彼らはタンポポよりも遥かに美しく、複雑で、見事な花を咲かせる。と。
この文章を読んだ時、僕の中で全ての辻褄が合いました。 「ああ、次男は完全にランだ(個人的なイメージはサボテンみたいに触るとケガするようなイメージですが)」と。
0歳の頃から、彼には不思議なところがありました。
大人が子供騙しでつく小さな嘘や、その場しのぎの誤魔化し。
そういったものを、彼は敏感に察知しました。
「それ、本気で言ってる?」「嘘だよね?」
言葉にはしなくても、あの鋭く見透かすような目は、僕たち親をドキリとさせるものがありました。
群れないし、媚びないし、嫌なことは絶対にやらない。 そんな我が道を行く彼を見て、僕はこれまで「芯の強い子だ」「タフな子だ」と勘違いしていました。
実は、僕が強いと勘違いって感じていた、これらの行動って本人が本能的に出していたSOSのサインだったのかな、なんて今では感じたりします。
以上、今回は環境変えるのも悪くないよって話でした。
ということで、今日もサッカーも野球も全力で遊んできます(笑)
(つづく)
