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2E(ギフテッド×ADHD)とシンガポール①

シンガポールに来て、2年と少しが経ちました。

体感はあっという間ですが、2年前の当時のことを思い出すと、色々と変わったなーと感慨深くなります。

そして、あらためてですが、仕事を辞めて家族に帯同するという選択は間違っていなかったと思えています。

間違えていなかったと思える理由は、たくさんあるのですが、

その1つが次男です。

シンガポールに来る前には、はっきりとはわからなかったのですが、
彼には以下の特性があります。

「2E(Twice-Exceptional)」

ギフテッド(高い知的能力)と、発達障害(ADHD・ASDなど)の特性を同時に持つ子ども。
つまり 二重の特性 を抱える存在です。

日本にいた時は、この二重の特性によって結構辛い思いもしてきました。
もちろん、それは今もあります。

これは、僕たち家族がこの二重の特性にどう向き合ってきたのか。
そして父親である僕自身が、どう変わっていったのか。
そんなことを、これから何回か書いていきたいと思っています。


■ なぜ今、書くのか

僕は教育者でも、専門家でもありません。
コーチング、カウンセリングなど一通り学んだとは言え、
ただの父親です。

それでも書こうと思ったのは、前職で叩き込まれた「社会起点」という価値観が今も根っこに残っているからだと思います。

「社会の役に立ちたい」という価値観(多少独りよがりであっても)

幸せとは貢献感だとアドラーが言ってましたが、まさしく僕の幸せって貢献感なんだと思います。貢献感を得るために、

そして、これからの時代って、
知識」や「正解」の価値がどんどん下がり、
「人間がどう悩んでどう歩いたか」みたいな「体験のプロセス(1次情報)」に価値が移っていく気がしています。

だったら、
僕にしか語れない、経験のログって、意外と誰かの役に立つのかもしれない。そして一方的な貢献感を得ていきたいと思います笑

ここでは、アドバイスも正解も書きません。というか書けません。
ただ淡々と、当時の気持ちと事実だけを並べていくつもりです。


■ 0歳の頃から感じていた「見透かされる感じ」

少し時計を戻します。

次男が生まれたばかりの頃。
僕と妻は、すでに何か違うと感じていました。

兄弟で性格が違うのは普通ですが、そういうレベルではなくて、
なんというか、「個」としての強さが最初からある。

特に印象に残っているのは、

子どもだましが通じない

ということ。

親は時として、小さな嘘や誤魔化しをして子どもの機嫌を取ったりしますが、次男にはそれが一切効かない。

僕の目をじっと見て、

「それ、本気?」
「嘘ついてるよね?」

と言わんばかりの、鋭いまなざし。

まだ幼児なのに、自分の世界観と論理を持っていて、
向き合うたびに「試されている」ような感覚がありました。

能天気な僕は、そんな我が子をみて、この子は天才かもって話していた記憶があります。

だけど、年齢を重ねるごとに、彼を叱る頻度は高まっていきました。


■ 帰り道の沈黙

特に彼が日本の保育園に通っていた頃の記憶は、正直暗い記憶しかないです。

次男の行動原理はとてもシンプルで一貫していて、

  • 嫌なことはやらない

  • 納得できないルールには従わない

  • やられたら、やり返す(ただし弱い子には優しい)

群れない、強いものには屈しない、弱いものには優しくという彼の正義は時にカリスマになり、「〇〇君のおかげで、息子が保育園を楽しいと言うようになりました」と謎に感謝を言われることもありました。
(ちなみに息子から、そんなエピソードは聞きません、むしろその子と遊んでいたなんて聞いたこともなかったです。)

そんなカリスマ的な側面を持つ一方で、彼の破天荒な行動は、
大人社会(=保育園)では「問題行動」とみなされてしまうことがほとんどでした。

なので、お迎えのたび、先生の表情が曇っていて、
「今日もまた…」と報告されるあの重さ。

毎日、毎日職員室によばれて、
「〇〇のようなことが今日もあって、ご家庭でも厳しくお伝えいただけますでしょうか?」
「昨日と同じことを今日も、、、昨日はお話をいただけましたでしょうか?どういうリアクションでしたでしょうか?」

息子だけでなく、親の自分の対応を責めらている気分になり、

帰り道、僕が次男の手を引きながら言ってしまうのは、

「いつも言っているでしょ」
「分かっているならやりなさい」

という言葉ばかり。

疲れ切って、二人とも沈黙のまま歩いた日も多かった。
あの時間は、間違いなく最悪でした。

あの時は、僕は彼の特性を理解もせず、受け入れもせず、
ただ彼を矯正しようとしていました。


■ 安堵と違和感

そんなある日、保育園から

「区の発達検査を受けてみませんか?」

と提案を受けました。

深刻な気持ちはなかったけれど、
この子のことをちゃんと見てくれているんだ、という安心感があったのを覚えています。

当時はおそらく4歳だったので、まだ詳細なテストは出来ず、簡易な検査結果では、

  • ADHDでは恐らくない

  • 知覚推理が非常に高い

  • ギフテッドの傾向があるかもしれない

という内容でした。

その夜、妻と二人で
「そういうことか」と、
どこかホッとした記憶があります。

「ギフテッド?俺たちから?」
「知覚推理が高いんだ」

なんて、凄く安易に喜んだ記憶があります。
当時は正確な知識をもっていなかったので、ギフテッド=能力が高い、ADHD=能力が低い、みたいな誤った認識もしており、ギフテッドっていう言葉に浮かれていた側面もあったのだと思います。

ただし、現実は甘くなくて、
特性を伝えた際の、園長先生の表情が非常に印象的で、とてもショックをうけたことを覚えています。

そういう特性を持つ子を預かるのはちょっと、、、と言わんばかりに面倒くさい感じの対応をとられた記憶があります。

保育園は、自分たちの保身のために発達障害というラベルを貼りたかったんだ、みたいな行き過ぎた被害妄想までも感じていました。
(もちろん一方的な感情ではあります。)

その後、特性が分かった後も何か保育園で対応が変わることはなく、

「能力あるのに、なんでやらないの?」

という新しい理不尽が追加されたようにも当時は感じていました。
行き過ぎた被害妄想を持っている僕ら家族の気持ちもドンドン保育園から離れていきました。

そんなこともあり、僕ら家族は何かラベルを貼られるということに、異常に拒否感を示すようになりました。

原因が分かっても意味がない、だったら変な先入観もたれる必要もない、ラベルがあろうがなかろうが、この子はこの子なんだからと。


■ シンガポールでの再定義と、父としてのアップデート

僕たちが本当の意味で次男の特性に向き合い始めたのは、
シンガポールに来てからです。

彼が1年生の終わりのころに、担任のイギリス人の先生から、WISCを受けてみないかと面談のタイミングで言われました。

※WISC:「言語理解」「知覚推理」「処理速度」「ワーキングメモリー」の4つの指標とIQ(知能指数)を数値化する検査で、その子の「得意な部分と苦手な部分」から「その子にとってより良い支援の手がかりを得る」ことを目的として行う検査

日本での経験がトラウマになっている我が家にとっては、正直受けたくない提案でした。

でも担任の先生の彼がはっきりと言ってくれました。

「彼(次男)は本当に素晴らしい能力がある。数学だって誰も解けない問題も解くこともある。クラス発表のセリフも誰よりも早く覚えた。
だけどやりたいけど、出来ない時があるように思える。そんな彼をみているのは辛いし、彼のことをもっと知りたいんだ。」と。

保育園の時は出来るのにやらない(意思の問題)、でもシンガポールではやりたいのに出来ない(能力の問題)と捉えていることに驚きました。

そして、その捉え方が親としては非常に嬉しかったですし、
あなたの育て方が悪いんでしょと他人から見られている不安が
すっと抜けた気がしました。

そんなこともあり、提案を受け入れ、WISCを受けてみました。
WISCの診察に並行してADHD(CONNERS3)、ASD特性に関するテストも行いました。

結果、知覚推理と言語能力が高く(特に知覚推理)、その他2能力は通常、そしてADHDの特性も持つことも分かりました。

彼が特定の能力が非常に高い、そしてADHDの特性も併せ持つと分かった時、驚きよりも「やっぱりそうか」という納得感でした。

過去に感じていたポジティブな気持ちもネガティブな気持ちもなく、ただ事実を受け入れることができました。

そこから特にADHDについて本気で勉強しはじめて、

僕の彼への問いは、

「なんでできないんだ」から
「どうすればできるかな?」へ

徐々にアップデートしています。

これは、僕自身のもっとも大きな変化だったと思います。

もちろん今でも、

  • 水筒を失くす(これまで10本は超えている)

  • 靴が片方消える

  • 感情が爆発する

  • 切り替えが苦手(ゲームやレゴをやめられない)

  • 嫌なことは徹底的にやらない

  • 書くのが苦手

そんなことは日常茶飯事です。だからこそ、過去も今も本当に心が折れますし、体力も消耗します。

なので今でも感情的に「前も言ったでしょ」とつい言ってしまうこともあります。

そんな未熟な親ではありますが、それでも徐々に、怒りに任せることは減ってきたと感じています。

今では
・時間を守るためにはどうしよう?→タイマーをかける
・ものをなくさないためにはどうしよう→同じ場所にいれる
・嫌なことは徹底的にやらない→やる理由を一緒に考える(⼀⽅的に伝えるのではなく、ストーリーとして一緒に組み立てる)。
・書くのが苦手→iPadを活用する。

など本人と解決策を考えています。

※ADHDを理解する上で色々と勉強しましたが、その中でもっとも解像度があがったのは、マコなり社長の以下動画でした。



■ いま、同じように悩んでいる誰かへ

もしどこかで、
かつての僕みたいに「育てにくさ」に悩み、
自分を責めてしまっている親御さんがいたら。

あるいは、海外での子育てや教育に少し興味がある方がいたら。

読んでいただけると嬉しいです。

この記録が、ほんの少しでも視界を明るくするかもしれないと勝手に期待しながら、そんな気持ちで、これからも書いていきます。

(つづく)

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