八月十五日の京都は、死んだ人間のほうが金を持っているような気がする。
仏壇には上等の菓子が供えられ、果物が積まれ、花が替えられる。帰ってくる先祖のためなら、みんな少しくらい財布の紐を緩める。
生きている私は、財布を開けても千円札が一枚と小銭しかなかった。
「金さえあればなあ」
そう言うと、カウンターの向こうでママが笑った。
「金あったら、こんな店来てへんやろ」
正論だった。
木屋町を少し外れた、観光客ならわざわざ入らない雑居ビルの二階。スナックともバーともつかない店で、私は焼酎の水割りを飲んでいた。
エアコンは効いているのに、どこか暑い。冷蔵庫が唸っている。壁には十年以上前の祇園祭の団扇が掛かり、棚の隅では招き猫が埃をかぶっている。
客は私ひとりだった。
「金あったら、何すんの」
「仕事辞める」
「しょうもな」
「マンション買う」
「もっとしょうもな」
「男買う」
そこでママは初めて笑った。
「それくらい言わな、おもろないわ」
午前二時を過ぎていた。京都は眠らない街ではない。眠ったふりをする街だ。
表通りから人が消えても、細い路地の奥では換気扇が回り、タクシーが客を待ち、誰かが誰かの悪口を言い、誰かが別れ話をしている。
千年の都なんて言うけれど、千年ずっと雅だったわけではない。
金を貸した人間がいて、返せなかった人間がいて、惚れた人間がいて、捨てられた人間がいた。
たぶん、その総量が千年分ある。
「明日、大文字やな」
ママが言った。
「見に行く?」
「行かへん」
「なんで」
「毎年つくやろ」
それも正論だった。私は残った焼酎を飲んだ。
明日の夜、山には巨大な火がつく。大、妙、法、船、左大文字、鳥居。死者を送るために、京都じゅうの人間が山を見る。
けれど、生きている人間の中にも、送りたいものはいくらでもある。
別れた男。失敗した仕事。返せない借金。若かった自分。叶わなかった夢。言わなければよかった言葉。
そして、金さえあれば手に入ったかもしれない、いくつもの人生。
「なあ、ママ」
「ん?」
「ほんまに金さえあったら、人生変わると思う?」
ママは煙草に火をつけた。しばらく黙って、煙を吐いた。
「変わるよ」
意外だった。こういうとき、大人は金では幸せは買えないとか言うものだと思っていた。
「めちゃくちゃ変わる」
「やっぱり?」
「そらそうや。家賃払えるし、病院行けるし、嫌な仕事辞められるし、嫌な男から逃げられる。金なんか関係ない言うんは、金ある人や」
私は笑った。
「でもな」
やっぱり来た。
「金で人生変えたあと、そこから先は、また自分や」
「最悪やん」
「最悪やろ」
二人で笑った。
会計は二千八百円だった。財布の中身では足りなかった。
「あ」
「何」
「金ない」
ママは呆れた顔で私を見た。そして伝票を取り上げると、ボールペンで何か書いた。
「明日持ってき」
「ええの?」
「逃げてもええよ」
「逃げへんわ」
「みんな最初はそう言うねん」
店を出ると、生ぬるい夜気がまとわりついた。高瀬川の水が暗闇の中を流れていた。京都の夏は夜になっても暑い。
私はポケットに手を入れた。百円玉が二枚あった。全財産、二百円。それでも妙に気分がよかった。
明日の夜、山に火がつく。死んだ人を送るための火。
だったら私は、金さえあれば、と言い続けてきた自分を一緒に送ってやろうと思った。
……などと格好をつけたところで、二千八百円は払わなければならない。生きている人間には、送り火より先に勘定が来る。
それが京都だ。たぶん、それが人生だ。
そして私は四条のほうへ歩きながら、もう一度だけ呟いた。
「……金さえあればなあ」
路地の奥で、誰かが笑ったような気がした。振り返った。誰もいなかった。
盆の京都では、それ以上確かめないほうがいい。
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