八月十六日、京都の女は外に出ない
八月十六日の京都で、用もないのに外を歩いている人間は、だいたい観光客である。
京都人は知っている。今日は出歩く日ではない。暑いから、というのもある。送り火目当ての人間で街が混むから、というのもある。
だが、それだけではない。
木屋町の外れで小さなスナックをやっている女も、毎年この日は店を閉める。
四十を過ぎたあたりから年齢を数えるのをやめた。若い頃はそこそこ綺麗だったらしいが、いまは安いファンデーションと煙草と酒で、だいたいの夜をやり過ごしている。
八月十六日の夕方。冷蔵庫にビールがないことに気づいた。
「しゃあないな」
女はサンダルを履いて、コンビニへ出た。街は観光客でいっぱいだった。浴衣の女、外国人、スマートフォンを山へ向ける男。
みんな、これから点く火を見ようとしている。
「ようやらはるわ」
女はビールを買って帰った。その途中、大文字に火が点いた。歓声が上がった。女も何となく山を見た。そして、すぐに目を伏せた。
向こうから人が歩いてきたからだ。一人ではない。何十人もいた。古い着物の女。学生服の少年。兵隊らしい男。顔のよく見えない老婆。
観光客は誰も気づかない。みんな山を見ている。死んだ者だけが、反対方向へ歩いていた。女は道の端へ寄った。その列の中に、昔の男がいた。
二十七年前、八月十六日に死んだ男だった。男は女を見ると、昔と同じように笑った。
女は煙草に火を点けた。
「帰り」
それだけ言った。
男は少し寂しそうに笑い、人の列へ戻った。やがて大文字の火が弱くなる。死者たちも暗闇へ消えていった。
女はビールの袋を提げて家へ帰った。だから八月十六日、京都人は外に出ない。送り火とは、死者を見るための火ではない。死者が帰るための火だからだ。
道くらい、空けといたらええ。
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