教育移住を決めたわが家がもっと大切なことに気づくまで。長野もつくばもやめて、東京を選んだ理由。
「長野に教育移住するって言ってたあの家族、結局どうなったの?」
――そんなふうに少しでも私たちの選択に興味を持ってくださっている方へ。
大日向小学校も、長野も、つくばも——全部やめました。
灯台下暗し。わが家は「東京の中で、新しい暮らしの場所を探す」という選択をしました。
この一文にたどり着くまでに、私たちは本気で動き、本気で悩みました。
現地にも何度も足を運びました。長野の澄んだ空気の中で、子どもたちが目を輝かせて虫を追いかける姿を見て、「やっぱりこういう環境で育てたい」と心が大きく揺れた日もあります。
つくばでは街の雰囲気や教育の取り組みに触れ、「ここなら家族の未来が描けるかもしれない」と期待が膨らんだ瞬間もありました。
でも、同時に、日常の暮らしの中で子どもたちとしっかり向き合う時間が増えるほど、見えてくるものもありました。
「本当に変えたいのは“場所”なのか」「今ここでできることをもっと大切にできるんじゃないか」——そんな気持ちが少しずつ大きくなっていったのです。
現実的な問題もありました。学費、暮らしのコストパフォーマンス、家族のサポート体制…。どれも無視できないものばかりでした。
本気だったからこそ、机の上だけで決めず、実際に動き、体験し、気持ちが動いた。
そして、移住してしまう前に「今のわが家にとって本当に大切な選択」が見えたことは、今では良かったと思っています。
🐞 目次
第1章 私たちが教育移住に惹かれた理由
・きっかけは大日向小学校との出会い
・理想の教育と、東京での子育てへの違和感
・「移住さえすれば幸せになれる」と信じていた頃
第2章 それでも「やめる」と決めた理由
・大日向小学校だけが正解なのか?と生まれた疑問
・現地を訪れて感じた“理想と現実”のギャップ
・本音で語る、佐久・つくばでのリアルな印象と気づき
第3章 「やめた」その先で見つけた新しい選択肢とSNSの後押し
・東京に残ることの価値と、選択肢の広がり
・“自然と都市”を両立できる暮らしへの気づき
・SNSが背中を押してくれた「次の一歩」
・そして、東京都◯◯市という答えにたどり着くまで
第4章 「やめる」という選択は、終わりではなく始まりだった
・移住しなくても、暮らしを大きく変えることはできる
・Threadsのやりとりが導いた、新しい未来のかたち
・入学準備という“現実の一歩”と、今のわが家の想い
・教育移住以上に大切なことに気づけた今
同じように迷っているあなたへ
── 教育移住を目指すことで気づけた、家族の幸せのかたち
第1章 私たちが教育移住に惹かれた理由
教育移住という選択肢を意識し始めたのは、今から約2年半前、長男が3歳・年少のころでした。
「この子が小学生になる頃、どんな環境でどんなふうに育ってほしいか」——そんな未来を意識するようになったとき、初めて“教育移住”という言葉が心の中に浮かんできたのです。
きっかけとなったのは、大日向小学校という存在を知ったことでした。
どんな人も世界にたった一人の、かけがえのない存在であり、その個性をまるごと受け入れる——そんなイエナプラン教育の考え方に、私も主人も心から惹かれました。
子どもだけでなく大人も、そこに身を置くことで互いを尊重し合い、変化し、共に成長していける。
その「個性をまるごと受け入れる空気」に、私たちは強く心を動かされたのです。
実は私たち夫婦には、もともと“海外移住”への興味もありました。
「オランダまで行かなくても、長野でイエナプランに触れられるなら安いものだ!」と、冗談半分、本気半分で話していたほどです。
それほどまでに、この教育のあり方に希望を感じたのです。
同時に、私たちは東京という街への違和感もずっと抱えていました。
毎日が慌ただしく、道行く人はどこかよそよそしく、心に余裕がないように見える。
誰もが自分のことで精一杯で、人とのつながりが通りすぎるだけのものになっている——そんな環境の中で、子どもたちを育てたいとは思えませんでした。
「もっと人と人が自然につながり、助け合える場所で、子どもたちに“社会”を感じながら育ってほしい」——そう強く願うようになったのです。
だからこそ、教育移住という選択肢は現実味を帯びてきました。
自然の中でのびのび育つ暮らし、地域とともにある学校、子どもが自分らしく学べる環境——調べるほどに心が動き、情報だけでは満足できず、実際に現地にも足を運びました。
長野の澄んだ空気の中で、子どもたちが虫を追いかけて駆け回る姿を見たとき、「こういう時間を日常にしたい」と本気で思いました。
つくばでは、教育への先進的な取り組みや街全体の雰囲気に触れ、「ここなら家族の未来が描けるかもしれない」と期待が膨らみました。
それは、ただの“憧れ”ではありませんでした。
家族の未来を本気で考え、子どもたちのこれからにとって一番良い環境を探す——そのための真剣な選択肢として、教育移住は私たちの心の中でどんどん大きな存在になっていったのです。
そして当時の私たちは、心の底から信じていました。
教育移住さえすれば、素敵な未来が待っている。
素敵な子育てができる。
子どもはきっと幸せになれる——と。
第2章 それでも私たちがやめる決断をした理由
教育移住を本気で考えていた私たちの心に、ある時ふと湧いてきた問いがありました。
——「本当に大日向小学校だけが正解なのだろうか?」
最初は“理想の学校”を見つけた興奮と期待で頭がいっぱいでした。
でも少しずつ、「そもそも親が思い描く理想の学校に突き進むことが、本当に子どものためになるのか?」という違和感が芽生えていったのです。
・ 大日向小学校のために引っ越し、もし合わなかったらどうするのか?
・ 子どもがその教育に合わず、つらい思いをしたら?
・ 選択肢を狭めてしまうことにならないか?
本気で考えたからこそ、こうした“もしも”が現実味を帯びてきました。
実際に佐久市や佐久穂町を訪れてみて、正直なところ不安を感じた部分もありました。
「住めば都」とは言いますが、今の暮らしの良い部分をすべて持っていけるわけではありません。
環境を変えるということは、必ず何かを手放すということ。
それは、仕事や収入かもしれないし、家族のサポート体制かもしれないし、今の生活で満足している利便性や時間かもしれません。
最初の頃は、「理想の教育がある場所へ行けば、すべてが良い方向へ向かう」と信じていました。
でも一歩踏み出して現地を歩き、自分の目で確かめるうちに、「それだけではない」という現実が少しずつ見えてきたのです。
そして何より大きかったのは、日常の子どもたちとの向き合い方が変わったことでした。
“理想の環境”ばかりを追いかけていたころは、私自身の意識がどこか外にばかり向いていたように思います。
けれど、目の前の子どもたちと丁寧に向き合う時間を増やすほどに、「今ここでできること」に気づくようになっていきました。
環境を変えることだけが子どもの幸せにつながるわけではない——それが、次第に心の底からわかってきたのです。
少し視野が狭くなっていた私たちにとって、この“冷静さ”を取り戻す時間はとても大切なものでした。
本気で悩み、調べ、行動したからこそ、「移住する」という選択だけが正解ではないと気づくことができたのだと思います。
⸻
この2年半、教育移住に本気で向き合ってきた中で、私たち家族の思いや熱量は少しずつ変化していきました。
「地方へ行かないと叶わない」と思っていた理想が、東京の中にもわくわくするような選択肢があると気づいたのも、その大きな変化のひとつです。
「家族が幸せになるために絶対に教育移住する!」と強く信じていた私たちが、いつのまにか
「無理をしてまで教育移住することが、必ずしも家族の幸せにつながるわけではない」
という考えへと変わっていった——。
もしかすると、ただ私自身が浅はかで夢みがちなだけだったのかもしれません(笑)。
そしてこれは決して、誰かや何かを否定したいわけではありません。家族の数だけ正解があり、教育移住の素晴らしさは今でも心から感じています。
ただ、「本気で考えて、実際に動いたからこそ見えてきた現実」として、包み隠さず書き残しておきたいと思いました。
ですので今回の記事は、情報をお届けするというよりも、わが家の考え方や決断を中心に綴っています。教育移住に本気で向き合ってきた2年半の記録と、今の時点での候補地や考えを、ありのままの言葉でまとめました。
たとえば、東京の中で心を惹かれた学校のひとつが和光鶴川小学校。資料を取り寄せたときは「ここもいいな」と気持ちが傾いたのですが、“毎日お弁当持参”という一文にちょっとだけ現実的な自分が顔を出し、思わず笑ってしまったのを覚えています(笑)。
それでも実際に通わせているママさんから聞いたお話では、「土日も学校に行きたい!」と言うほど娘さんが毎日を楽しんでいるそうで、学校周辺も自然豊かで蛍まで飛んでいるとのこと。また近くの公園ではカブトムシも捕まえられるという話まで!
(今の住まいでは蛍もカブトムシも考えられません!)
世田谷区にある和光小学校とあわせて、同じ“和光”でもそれぞれに魅力があり、私たちの中でもしっかりと候補として残り続けています。
ここから先は、「なぜそう考えるようになったのか」「どんな選択肢が今の私たちにとって心からわくわくするのか」について、包み隠さず率直にお話ししていきます。
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