ローカル✖️グローバル 学校で実践する授業の実践例を考えてみる
先日、探求学習の授業を高校の外部講師として教えている林裕也さんとVoicy(プレミアム)で話しました。
彼はIT企業の管理職。
副業として「デジタル・探究」の非常勤講師として講演・支援をしてます。
テーマは、高校での「探究学習」の非常勤講師としてのブレインストーミングです。内容はどちらかというとビジネス・実践よりでした。
聞けば、彼は以前、ミャンマーで10年間、銀行のサービスを開発してきた経験を持っているんですね。
道を渡るのも独特の呼吸をもって歩行者が車を制止しながらわたる世界、時間通りに会議が始まることなんてほとんどない世界、アポイントをとった相手に会えるか分からない世界。言うなれば「計画通りに物事が進むことの方が珍しいカオス」の中でも、国としては年平均5%程度のGDP成長率を遂げ続けている。これだけ予定調和に動くことがない世界でも「何とかなる」ことを知ることの重要性。
いやほんとこれよね。
あまりにユニークな経歴なので、むしろ林さんはグローバル教育混ぜたら面白いんでは、とお話ししたのですね。
ローカルこそグローバルな時代に何を教えるか
林さんは、noteでこんなふうに書いてます。
特に現在は、インバウンドや地域で生産した商品を海外向けに販売するといった「ローカルこそグローバルに出ていく時代」だと捉えているが、日本の常識でそのまま海外に出て行こうとすると、絶対に上手くいかない。日本では意識できているマーケットインの感覚やお客さんを知る、という発想が、海外に出た瞬間に吹っ飛んでしまうことが多発しているという議論をしました。
そうなんですね。
むしろ、ローカル&エッセンシャルの方面にもかなりグローバルは必要だと思っています。
マレーシアの小さな会社でマーケティングの仕事をしていたとき、「うちの製品売りたいんです」「うちの地方に外国人を呼びたいんです」と商談を持ってくる方、ほぼ地方の方でした。それも海外に出たことのないような地方の方の方がずっと熱心でした。
東京や大阪はそもそもインバウンド招致にそこまで熱心でなくても、人は来るからじゃないかなぁ。
海外に出た途端に、自分たちの商品をそのまま持っていけば売れるだろう、自分たちのやり方を現地の人にぶつければ受け入れてくれるだろう、というプロダクトアウトのやり方に勝手に切り替わってしまう。
そうそう。これ、実は私が言い出したのではないんです。
マレーシアで行われた内閣府主催「クールジャパンセミナー」で、現地日本企業の方が口々におっしゃったことです。
「日本のものをそのまま持ってきても、売れない」と。
インバウンド観光や、人手不足で日本にいながら海外の方とも当たり前に仕事を一緒にする機会は、今後ますます地方でも増えていく。しかし、日本の中ですら、都会と比べて同質性が高いとも指摘される地方でこそ、グローバル教育の「自分たちの常識は、当たり前だが別の場所では通用しない。相手の価値観への尊重が出発点。自分たちの嗜好は相手の嗜好とは全く違うことを前提としたサービス設計が重要」という考え方を伝えることに大きな価値がある、という話でした。
で、林さんはこんなアイデアを出しています。
私が東南アジアでやってきたことの擬似体験を授業のコンテンツにするのも面白そうです。例えば、東南アジアのお客さんの要件をヒアリングして業務フローをドキュメンテーション・プログラム実装する、みたいな話。インド人の高飛車なコンサルタントと英語でケンカした経験もあるので、ディベートとかも面白そうです。
楽天やメルカリではなく、あえてLazadaで何かを売ってみることで、日本とはまた違った商品の売れ方が見えてくる。国が違えば求められるものがまるで違うという感覚を肌感覚で掴むきっかけに出来そうです。
そうそう。
現地で、あまり浸透していないAmazonより、Lazadaとか、Shopeeとか、現地で受け入れられているプラットフォームに載せる。
すると、ビジネスのスタイルが全然違うんです。
スピード感も、常識もまったく異なる。
私も授業の例を考えてみた
もし私が先生だったら何するかなと思って考えてみました。
例えば、私がやっていたマーケティングの仕事でいえば、高校生に以下を考えてもらったら面白いかな、と思います。
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