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時には自分自身の無能さに溺れてみるのも悪くない

私は初心(ウブ)でありたい。
出来れば歳を重ねても初心であり続けたい。

年齢を重ねていくと経験値が増えていく。
経験は慣れとなり、人生を生きやすくしてくれる一因となる。

例えば仕事。
働き始めたときはやることなすこと全てが初めてで、見えている小石にも、隠れている小石にも尽く躓きながら仕事を覚えていく。
あれもこれもミスしたり、誰かに助けを求めながら経験を積んでいく。

同じ会社で10年働いたとしよう。
もちろん責任は重くなっているはずだ。
だがしかし、一般的には経験は積めば積むほど出来ることが増えていき、未知の事柄であっても過去の知見から応用が利くようになってくる。
融通をきかせてもらえる顔なじみも、お世話した後輩も増えている。
それらの環境はきっと自分を生きやすくしてくれているだろう。

ところが弊害もある。
慣れと経験から自分を過大評価した結果、自分より知見の浅い若い人達に対して尊大な態度に繋がることもある。

私が最初にその兆候を自分に感じたのが20代後半である。
仕事がある程度出来るようになり(出来るようになったと思い込んでおり)後輩が増えていき、職場は自分にとって以前より間違いなく居心地のよい場所になった。
それが、周囲への尊大な態度には繋がっていなかったが、このままでいいのだろうかとふと考えた。

あれしておいてくれる?
この業務任せていい?

自分が依頼したことにNOと言われる不安も恐怖もない。

ここミスってたよ。
この業務はこうやったらスムーズだよ。

教えを乞う立場から教える立場になり感謝されることが増えていく。

それはとても良いことなのだが、長い人生のまだ20代後半でこんなに自分に自信を付けていていいものだろうか。

そう心配になった時、私は自分の無知無能・ダメダメさ・ポンコツさをもう一度心底味わうことを決めた。
それが先日noteの記事でも取り上げた「オーストラリア留学」だった。

記事に記載している通り、留学開始時私は中学一年生レベルの英語力すらなかった。
日常会話も出来ず、意思疎通手段としては、かろうじて知っている英単語をしっちゃかめっちゃかに相手に投げつけるのみ。

オーストラリアの空港に一人降り立ち、タクシーを身振りで捕まえた後、さてホームステイ先の住所をどうやって伝えようと頭が真っ白になったことを覚えている。
確か「I want to go to…」と呟き、住所が記載された紙を後部座席からぬっと差し出したような気がする。道なりでドライバーから話しかけられた内容はほぼすべて聞き取れなかった。

ホストファミリーであるトニーとタマラはとても優しかったが、必要な情報は言葉からではなくやはり彼らの身振り手振りから推測した。

朝/9時半/明日/リビング…
トニーが必死で私に何かを伝えようとしている。
聞こえてくる単語をつなぎ合わせて、なんとか、明日朝9時半にリビングに行けばよいのだということを理解する。

オッケー!

元気に返事をし翌日9時に部屋着のままリビングに顔を出したらあれよあれよと車に乗せられ、シティと呼ぶ街の中心部に連れていかれた。
顔だけでも洗っておいて良かった。ああしかし、私は完全な素肌をオーストラリアの強烈な紫外線にさらすことになったのだ…(その成果が今、現れ始めている!)

シティに着くと、トニーに言われるがまま、わけも分からぬまま何度かお金を支払う。
もしや私騙されていやしないか、そんな不安が頭をよぎる。
もちろん、トニーから騙されたわけではない。
翌日から語学学校へ通う私に必要なもの(バス通学なのでバスカードを作成したり)を揃えるためにシティに連れて行ってくれたのだった。
私がそれをようやく理解したのは買い物終わりの帰りの車の中であった。

ださいスウェット(鮮やかなピンク×グレーのボーダー!)に、足元は便所サンダル、日焼け止めすら塗布せぬ28歳の素顔。
これが私のシティデビューだった。

語学学校でも私は終始ポンコツだった。
私以外の日本人は、大学を1年休学して留学に来ました!みたいなバリバリ英語現役世代中心。
みんな若さと可能性の塊といった感じで発光していて、私には直視できないほど眩しかった。

ブラジル人も多かった。彼らは皆まくしたてるような英語を話す。
ネイティブが聞くときっと文法や何かが間違いだらけなのではあろうが、私にとっては、彼らもネイティブの仲間なのだ。

自分で自分の無能を味わう旅に出たくせに、やはりこの環境はなかなかにハードだった。

語学学校では同じクラスで出会った10歳近く年の離れた友人たちに弱者としてフォローしてもらう立場。

イタリア人の17歳に私の拙すぎる英語を笑われたり、マカオから来た18歳の男の子にランチに誘われたり、21歳のブラジル人の美少女から男心を繋ぎとめる技術について教えてもらったり。

いつまで経ってもちっとも英語が上達しない自分に心底泣けた日々は、振り返ってみればそれはそれは良いものだった。

言葉が通じない国では、成熟した大人だって幼児同様の体験が出来る。
成熟した精神性を言葉で表現することは出来ない。
表現できないからボディランゲージや表情や態度で補うしかなくなる。

まさに体当たりで自分をさらけ出すことになった結果、私は何故かクラスメイトの人気者となっていた。
碌に会話も出来ない私に、たくさんの人が声を掛けてくれる。

話す側の伝えたい気持ちと、聞く側の理解したい気持ちがちゃんと2つ揃っているとコミュニケーションは成立する。奇跡だ。

成熟した精神性もそれを表現する言語の能力が伴っていないと当然伝わらない。そう前述したが、実際は違った。
いつしか年下の友人たちは私のことを「フォローしてあげないといけない弱者」から対等な友人と認めてくれるようになっていた。

誓って言うがそれは私の英会話の能力の向上に起因するものではない。(残念ながら英語力は終ぞ向上しなかった)

気が付くと、友人たちはそれぞれが抱えている悩みを何故かこぞって私に打ち明けてくれるようになっていた。
彼らは拙く、語彙力に乏しい私からの英単語投げつけアドバイスに真剣に耳を傾けてくれた。

経験値が何の武器にもならない世界で自分の無知無能に打ちのめされ、自信を喪失した後に残ったものは、むき出しの自分そのものの弱さ、そして強さだった。それはどちらも等しく私の魅力であった。

経験値は何の武器にもならないと言ったが、ちょっとだけ訂正しよう。
経験が単なる体験に留まっているうちは、武器にはならない。
しかし、体験を越え、自分の血肉となっているならば、それはたとえ言語というツールが貧弱でも、きっと自分の大きな武器となる。

年下の友人たちに手助けしてもらいながら暮らした1年は私に初心であることの素晴らしさを確信させた。
そして、積んできた経験がやはり自分を救うことも。


時には自分の無能さを心底味わう時間があってもいい。
自分の本当の価値を見極めるよい時間となるはずだ。



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