【第十七章】 ENISHIは時を駆け巡る③ 連載小説 『華恋、海へ還る 〜穂高を愛したマーメイドストーリー〜』
友が丘のマクドナルドで合流した僕たちは、そのまま西神墓園へ向かった。
白川から布施畑を抜け、櫨谷方面へと車を走らせる。
神戸市西区神出町にある西神墓園は、市街地から思っている以上に距離がある。
地下鉄西神中央駅から歩いて行こうものなら、僕の足でも1時間近くは掛かる場所だ。
車内では、さっきまでの華恋の話がまだ頭から離れなかった。
約30年前、先代が須磨の海で助けようとした(結果的に助けていた)女性が華恋だった。
偶然というには出来すぎている。
そんなことを考えているうちに、藤原橋の交差点を通過した。
昔はここから兵庫県道65号線の旧道の激坂を上って、先代や釣り仲間たちと稲美町や加古川まで、ブラックバスを釣りに自転車で通ったものだ。
毎回80〜120km以上の距離を走って、夏休みなんて週に3〜4日はそんな感じで。
だからこそ、自転車で毎日200km以上の距離を走ってのヨーロッパ縦断チャレンジだとか、その先でプロライダーとなって、ツール・ド・フランスに出場できるような選手を目指したいと、常に先を見据えて、自身に試練を課そうとしていた先代のバイタリティの高さを、僕らはいつも羨望の眼差しで見ていた。
いや、ただ見ていたんじゃない。
当時の仲間たちは、彼に続いて俺も負けないぞ!って気持ちの奴らが何人もいた。
トオルやオカッピキ、族長、ヒデキ、委員長、あと初期のチームユーロメンバーの大人たちも、経験者としての意地や、実力で彼をねじ伏せようと必死だった。
みんな「俺だって超人になれる!」と信じて、彼を打ち負かそうと躍起になった。
しかし僕らにとって、彼は走れば走るほど、更に進化する天才だった。
結局、彼の規格外のスタミナと精神力と成長スピードには誰もついて行けなくなって、気がつけば半分以上の仲間が減っていった。
そもそも、今走っているこの道だって、自転車レースをしていた時のトレーニングコースだ。

神戸市内の道という道を、時には北摂や丹波まで足を延ばして、彼と一緒に走った。
毎回、チームメイトの河合ちゃんや勉三さん、キムちゃん達と、限界まで出し切っては、ゲロを吐く回数で競い合いながら、必死で彼について行った。
残った仲間たちは、その苦しさすらも笑ってやり遂げる真の同志だった。
そんな、当時のチームメイトたちとの、思い出深い場所を通過する度に、先代の顔が浮かんで頭を離れない。
右手に森谷商店のレストランが見えてきた。

神戸っ子なら誰もが知る、大丸神戸店の正面で連日、神戸牛コロッケを求める行列ができる精肉店、森谷商店。
そのレストランが、西神墓園の近くにもある。
おばあちゃんが嬉しそうに窓の外を見つめる。
ば「今度あのお店でお昼ご飯食べようって、大と約束してるんよ。いつ一緒に行ってくれるやろ?」
車内に静かな空気が流れた。
誰も返事が出来ない。
僕は少しだけ笑顔を作って言った。
大「ばあちゃん、それやったら今度、俺らと一緒に行こうや。大ちゃんとは、また改めて行ったらええやろ?」
ば「みんなと一緒に行ってもいいの?」
大「もちろんや。」
ば「じゃあ今度、連れてって!」
その笑顔を見て、僕も少しだけ救われた気がした。
霊園に着き、管理事務所前の駐車場へ車を停める。
墓園の入口にも花屋さんはある。
しかし今日は違った。
沙「事前に予約した花を買ってきましたよ!」
そう言って差し出したのは、美しいブーゲンビリアの混ざった花束だった。
大「えっ?ブーゲンビリアなんて日本でも買えるんや?」
沙「兵庫区の『花保(はなやす)』さんに聞いたら入荷できるって話だったので。ミミさんとか留美さんがいつもお世話になっている花屋さんって聞いていたので、お願いして用意してもらいました。」
大「アンタ、さすがやなぁ。」
華「ブーゲンビリア・・・。」
その花を見た華恋の表情が優しく変わる。
華「エーゲ海では、とても身近なお花でした。」
大「エーゲ海と言えばブーゲンビリアやもんな。」
華「はい。」
大「きっと社長も喜ぶよ。」(ばあちゃんは先代がまだ生きていると信じているので、あえてスタッフ間だけで通じる呼び方をしている。)
沙「ホントですか?それなら良かったです!日本でも沖縄では栽培されてるみたいですよ。」(沙耶さんはその辺の事情は空気で読み取っている。)
ア「それってクリスマスの花ですよね?」
大「それはポインセチアや!」
沙「ホンマにアホちゃう!アンタもう黙っとき!」
相変わらずの犬猿コンビとの掛け合いが、和やかなムードを醸し出す。
一行は第五区へ。
東家の墓へ到着すると、思わぬ光景が目に飛び込んできた。
墓石には供え物がされていて、花も枯れ始めているとはいえ、まだ新しい。
10日から2週間ほどの経過だろうか。
誰かが先に、お参りに来てくれた形跡があった。
そして、お供え物は1本のワンカップ大関。
大「おいおい。これは誰の仕業やねん?」

思わず苦笑する。
大「大ちゃんのじいちゃん、生前はお酒に溺れて身体を壊し、ドクターストップまで掛かってたのに、隠れて飲んでたって話でな。」(この話題ならば、おばあちゃんの前でも「社長」と呼ぶ必要がない。)
留「そんな人だったの?」
大「北海道から共に出稼ぎで神戸へ出てきた友人が商売を立ち上げるって話でな、借金の保証人になってやったら、ある時夜逃げされたって話でよ。とんでもない借金を肩代わりしながら、(まだ子供だった頃の)オヤジさんや、大ちゃんを育てていたらしくて、大ちゃんもそんな裏事情をばあちゃんから聞いていたから、欲しいおもちゃやお菓子さえも、むやみに欲しいとか言えなくて、幼稚園児の頃からじいちゃんにそれ以上お酒は飲まないで!って注意をし続けながら、でも嫌なことを忘れる為、お酒に溺れる気持ちも理解できるから強制はできなかったって言っていたよ。」
しばらくワンカップを見つめながら僕は呟く。
大「でも、じいちゃんがこっそりと隠れて、ワンカップを買って飲んでいたなんて話を知ってる人間って、そんなにおらんぞ。」
僕自身は花山のミニコープ前の公園で、ワンカップ大関を片手に酔っている彼のおじいちゃんを何度か見かけた事がある。
しかし不可解だった。
一体誰が供えたのか?
留美さんとおばあちゃん以外では、どこで暮らしているかわからない弟さんか・・・
継母は絶対に来ないだろうな。
3人目の奥さん・・・先代の父親の死に関わる疑惑のある存在。
先代の父親本人?・・・戸籍上は死んだとされてはいるが、実は別人に成り代わって生きているって説がある。
可能性は後者の2人。
これは生前、先代も経験した事があって、その時はアサヒのスーパードライが供えてあったから、先代は「誰や、こんなの供えやがった奴は?解っちゃいねぇな!じいちゃんはビールなんて飲まねぇよ。」と言っていた。
ワンカップ大関の情報を知っている存在。
不思議な余韻だけが残った。
大「よし、まずは墓掃除や。」
みんなで草むしりと墓石磨きを始める。
すると、ブラシで丁寧に苔を落としていた華恋が、突然手を止めた。

華「店長。」
大「ん?どうした?」
華「この印・・・何ですか?」
墓石に刻まれた家紋だった。
大「東家の家紋。丸に花菱っていうんや。」
華「家紋ってどんな場所に付けるものなんですか?」
大「袴とか、古い家なら表札だったり、それこそ船だったら船体の他、幟や帆にも入れたかもな。」
華恋の瞳が揺れる。
そして涙がこぼれ始めた。
留「華恋ちゃん、また泣いてる!」
大「今度はどないした?」
華「ご、ごめんなさい・・・何でもありません。」
僕は周囲を見渡した。
おばあちゃん。
沙耶さん。
アキラくん。
『なるほど、今はみんながいるから話しにくいんやな。』
そう察して、それ以上は聞かなかった。
花を供え終わった頃。
今度は、数珠を取り出したおばあちゃんのポーチから覗く布を見つめ、華恋が再び固まった。
華「あの・・・。」
大「どうした?」
華「この布の印も、家紋って印ですか?」
大「うん。丸に三つ柏や。おばあちゃんの実家の家紋やな。」
華「そう・・・なんですね。」
また何かを思い出したような顔をする。
『これもきっと何かあるな。』
そう感じた。
華「お祖母様。」
ば「どうしたの華恋ちゃん。」
華「お祖母様の旧姓は何とおっしゃいますか?」
ば「ばあちゃんの旧姓?御影やけど、どうしたの?」
華「ううっ・・・あっ、ありがとうございます!」
華恋は水汲み場に行って顔を洗っていた。
何かを思い出して涙が止まらない感じだった。

無事に墓参りを終えたところで・・・
沙「私、お手洗い行ってきます。」
ア「じゃあ僕も行きます。」
沙「ちょっと!連れションみたいに言わんとって!気持ち悪い!」
ア「えぇ〜!気持ち悪いは酷くないですか?」
大「いや、今のはお前が悪いと思う。むしろそこに違和感を感じないお前の神経が怖い。」
沙「もう、アンタはその辺で垂らしとき!」
ア「そんな事したら、バチが当たりますって!っていうか、僕が立ちションする姿を見たいんですか?」
沙「お願いやから、早くバチに当たって!アンタの立ちション姿なんて見たくもないし、ホンマにしばくで!」
またしても犬猿漫才をしている二人を見送りながら、僕は華恋へ向き直った。
大「華恋ちゃん、さっきの話、聞かせてくれる?」
華恋は静かに頷いた。
華恋の正体が人魚である事は、沙耶さんは知っているけどアキラくんは知らない。
そして華恋が実年齢465歳である事は2人共知らない。
だからこのタイミングを待っていた。
華「はい。」
少し息を整えてから話し始める。
華「店長もそうですが、先代さんのご先祖様・・・七尾で漁師をされていたと仰っていましたよね。」
大「ああ。」
華「その船に、この花菱の家紋がありました。あの時私を助けてくれた漁師さんの名前すらも知りませんでしたが、それが初恋の人でした・・・。」
留「それを思い出して泣いたのね?」
華「はい。」
大「丸に三つ柏は?」
華「北前船です。よくお世話になっていた北前船の帆に、この家紋が描かれていました。そして御影というお名前も書かれていました。」
大「そういうことか。」
僕は思わず天を仰いだ。
命だけではない。
何百年という刻を越えて、この不思議なご縁は繋がっていたのだ。
華「ですから私・・・。」
華恋は優しく微笑む。
華「今、こうして店長と出会えたのも、きっと何か大きな意味があるんだと思います。なぜならこの場所に導かれ、400年に及ぶ私の御縁が、ようやく全て一つに繋がったから。」
そこへ沙耶さんとアキラくんが戻ってきた。
みんなで墓園のメインストリートへ歩き出す。
西の空には夕日。
南側には、夕日に染まる淡路島と瀬戸内海が優しい景色を作っていた。
華恋は海に向かって、まっすぐ前を見つめる。
華「私、決めました!」
全員が足を止める。

華「命の恩人でもある店長のために。そして、先代社長さんの夢を実現するために・・・私、精一杯頑張ります!」
その瞳には、もう迷いはなかった。
朝から何度も感じてきた不思議なご縁。
それは偶然ではなく、刻を越えて紡がれてきた《ENISHI》という運命の糸なのかもしれない。
夕日が沈み、少しずつ星が顔を覗かせ始めた空を見上げながら、僕はそう思うのであった。
(第十七章 了)
(第十八章へ続く)
(第一章から読み直す)
