【第五章】 華恋、新天地〘神戸〙へ 連載小説 『華恋、海へ還る 〜穂高を愛したマーメイドストーリー〜』
2020年7月某日、早朝。
若狭の古民家を出発した僕たちは、舞鶴若狭自動車道を走り神戸へ向かっていた。
車窓の景色は少しずつ変わっていく。
山と海に囲まれた若狭の風景から、福知山〜丹波篠山を抜けて、吉川ジャンクションからは高速道路なのに、一気に交通量が増えてきた。
六甲北有料道路を経由し、六甲山トンネルを抜けたらそこは港町【神戸】
華恋は窓の外を見つめていた。
「すごい・・・。」
大きなループ橋と港町を見下ろす絶景。
神戸も雨上がりからの快晴により、遠く和歌山まで一望できる。
若狭の豊かな自然とは打って変わり、神戸は圧倒的に人工建造物にまみれている。
道路。
鉄道。
港。
高層ビルやマンション群。
まるで違う世界に映っているはずだ。
「ここが神戸や。」
「大きな街ですね・・・。」
「この街に150万人も人が住んどるからな。」
そうして僕たちは店へ向かった。
【自転車好房ラルプデュエズ】
先に留美さんとアキラくんが出勤していた。
留「おかえり〜!」
大「ただいま戻りました。」
留「その子が華恋ちゃん?」
華「はい。星海華恋です。よろしくお願いします。」
少し緊張しながら頭を下げる華恋。
しかし留美さんは優しく微笑んだ。
留「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。」
その言葉に華恋の表情が少し和らいだ。
ア「あっ、噂の華恋さんですか!」
大「噂の?」
ア「いや、さっき留美さんから初めて聞いたばかりです。」
大「何やそれ。」
そんなやり取りを見て、華恋は思わず微笑む。
その後、沙耶さんも出勤したので、彼女にも華恋を紹介した。
神戸の仲間たちは、特に理由を深掘りするような事もなく華恋を自然に受け入れてくれた。
先代が居たら何て言っていただろう?
彼もこの状況を普通に受け入れてくれただろうか?
それとも、「何で警察に任せないで背負っちまったんだ?」って、僕の事を怒っただろうか?
あの人も大概、何でもかんでも背負い込み過ぎて苦労するタイプで、僕はまさにそんな彼の意思を背負い込んで後継者となっている。
先代の名前は東 大作。
僕と同郷の同世代。所々で再会し、共通する趣味や仕事を経て、今はそんな彼の意思を継いでいる。
彼は今から2年前、北アルプスの奥穂高岳という山にある【ジャンダルム】という頂を目指して入山し、そのまま行方不明。
北アルプスへ行く前に遺書を書いていて、そこに「もしも俺に何かあった場合は、店と仲間と、若狭の復興をお前に任せたぞ。」と記してあったのだ。
お互い「俺たち、まるで分身みたいな存在だな。」とか、「俺たち2人ならば、すごい組織を作れるかもな!」などと、プールバーでボーラードの勝負をしながら話していたあの頃が懐かしい。
『先代なら華恋をどう評価しただろうか?』
実は昨日、熊川宿から帰ったあと、自転車について華恋と話をした。
自転車の基礎知識は、先代のコレクションにしていた古いサイクルスポーツ誌やマニュアル本を読ませたのだが、ロードバイクの知識については、既にアキラくんよりも知識がついている。
ブレーキ。
変速機。
チェーン。
タイヤ。
ペダル。
乗り物としての仕組みはもちろんだが・・・
同じブレーキでも形が違うのはなぜ?
前側の変速機のワイヤーの取り回しが、自転車によって違うのはなぜ?
今店の前を駆け抜けた自転車からシャリシャリと音がしていた原因は?
驚くほど気付くし、「なぜ?」という疑問を持っている。
これは先代が居たら間違いなく「今夜は六甲を走るぞ!」となったに違いない。
いや、そこは「今夜は飲むぞ!」とはならないのが先代の面白いところ。
良いことがあると以前は「おい、今から峠へ走り屋どもを蹴散らしに行くぞ!」だったのが、行方不明になるまでの数年は、夜の山道をライトも無しに自分の脚で走り回るのがルーティンだった。
そんな事を思いながらほくそ笑んでいたら、華恋が気付いて近付いてきた。
華「今、何を思い出して笑ったんですか?」
大「いや、ちょっと先代との思い出をね。」
華「ああ、私が雑誌を読んでいた時に教えて下さった方の事ですね?お互いを大ちゃんって呼び合っていた。」
大「そうそう。今まさに、彼がここにいたとしたら、君の動きを見た瞬間、ハイテンションになったに違いないって想像したら笑えてきてね。」
華「私の動き、変ですか?」
大「そうじゃない!むしろすごいんだよ。教える事が少ないというか、理屈や根拠だけ教えたら、それだけで全てを理解してくれそうなのが、君の動きや目線をみているだけで判るから。」
華「はぁ・・・?よく解りませんが、ありがとうございます。」
実際に華恋は普通じゃなかった。
メーカーから届いた新品の自転車を、留美さんや沙耶さんが一台ずつ分解して組み直しているのを見て、疑問に思った瞬間、アキラくんに「あれはなぜバラバラにしているんですか?」と質問した。
ア「新車とはいえ、完璧な商品は稀なんだよ。工場で大量生産する商品なんて合格基準が低いから。だからうちの店では50%〜80%程度の精度の自転車を全て90%以上の精度にするのがルールなんだ。」
華「なぜですか?」
ア「それは、自転車が人の命を預かる乗り物だから。限りなく100%に近い精度にしないと、安全な商品として店頭に並べるな!っていうのが、社長の理念なんですよ。」
そんなアキラくんと華恋の会話を聞いていたので、彼女の着目点と、その理解力の早さに笑いしか出ない、この気持ちが解るだろうか?
ブレーキが正常に動くか?
ハンドルが真っ直ぐか?
普通の店はそこまでのチェックしかしない。
しかしホイールバランスや各部ボルト&ナットの締め付けトルクの管理、サドルの角度やブレーキレバーの位置や角度まで、人体工学に沿った組み立てを徹底するのがこの店の理念。
大「お客様は無機質に並べられた自転車を買うんやない。これからは安心と安全を買う時代にせなアカン。安さこそ正義の時代はもう終わらさんとならんのや。」
ア「それが社長の口癖でしたもんね。」
華恋は真剣な表情で聞いていた。
華「私にも何か手伝わせて下さい!」
沙「じゃあ、華恋ちゃんは私と外で、通行人への挨拶や声がけ、あと接客のシミュレーションをしよっか!」
華「はい!よろしくお願いします。」
『いい流れやなぁ〜。これが調和って奴やで。』
普通は身元のわからん人を雇うのって無理やけど、ここで働く分には僕の胸三寸だから、今後記憶の戻る戻らないに関わらず、自立できるようにしてあげないと。
それがその時の僕の考えだった。
これについては華恋との経緯を話したなら、きっと先代もそうしてあげなさいと言うに決まっている。
世間はコロナ禍で、人々と生活の安全とか豊かさが脅かされようとしているタイミングだった。
改めてとんでもないタイミングで出会った華恋を、ここで雇うことにし、1日も早く記憶を呼び覚ましてあげれるように頑張ろう!
そう思うのだった。
それにしても記憶を失ったのに、華恋はよく笑う。
しかも驚いたのは、その覚えの早さだった。
一度教えた事をほとんど忘れない。
しかも相手の気持ちを察するのが上手い。
子供連れのお客様。
年配のお客様。
女性のお客様。
沙耶さんや留美さんの機転の早さを見てすぐに吸収している。
沙「華恋ちゃん、接客向いてるんちゃう?店長〜っ!彼女すごいですよ。」
アキラくんも感心する。
ア「えっ?なんでそんなに理解するのが早いの?」
本人が思っている以上に、華恋は相手の立場になって考える能力が高い。
だから自然と人に好かれるのだ。
沙「ちょっと、店長!留美さん!今度華恋ちゃんの歓迎会をやりません?」
留「いいね、賛成!」
大「おう、ホンマやなぁ、近いうちに開催しよか!なっちゃんと美里も誘う?」
沙「誘いましょう!誘いましょう!」
ア「あの・・・僕は?」
沙「何なん?アンタも参加したいん?」
ア「そんな事、言わないで下さいよ〜!」
いつもお約束のオチに全員で笑う。
こうして華恋が自然と店で働くことになった。
因みに華恋が身元不明で、記憶を探している最中である事を知っているのは留美さんと沙耶さんだけ。
この2人は口も硬いし、きっと親身になって彼女の記憶を呼び起こす為に協力もしてくれるだろう。
そしてこの日から、華恋は留美さんの家に厄介になる事になった。
大「留美さんの家には変な猫がいるから気をつけてな!」
留「変な猫じゃないです!小作は女の人には懐くから大丈夫!」
華「・・・ネコ?・・・しょうさく?」
大「華恋ちゃん、食べ物じゃないから食べないでね。」
留「ちょっと!なんてことを!」
華「私、猫・・・好きですよ。可愛い。」
留美さんは、神戸市北区の鈴蘭台という町に住んでいるので、帰りは華恋と2人をクルマに乗せて送ることにした。
僕は広陵町という所に住んでいるので、同じ北区だがもう少し奥地である。
アキラくんや沙耶さんはお店から徒歩圏内。
さあ、ここから神戸での生活で、華恋は無事に記憶を取り戻す事ができるのだろうか?
(第五章 了)
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