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まさかこの私がこんなことになるなんて思ってもみませんでした 入院&退院編

#入院 #人生 #病気 #怪我 #まさか #術後 #感謝 #気づき #生活 #健康 #人工股関節

#創作大賞2025 #オールカテゴリ部門

人工股関節置換手術をして家へ戻ってきました
病院では幅広い年齢の方と生活し、お医者さん、看護師さん
理学療法士さん、作業療法士さん、介護福祉士さん、薬剤師さん
事務の方、清掃のかた、調理のかた、病室の患者さんにお世話になり沢山の出会いがあり、不安、痛み、悲しみ、怒り、癒し、笑い、がありました
なぜ、こんなことに・・・と絶望もありました
退院時には笑顔と感謝に変わりました
入院しなければ出会えなかった人たちとの交流で人生の勉強にもなりました毎日、いい意味でも悪い意味でも、まさかの出来事がありましたので
入院~退院~現状の詳細を書いていきます。
良かったら参考にしてください

【だれでも受けられる訳ではない 人工股関節置換手術】

人工股関節置換手術は誰でも受けられる訳ではありません
手術に耐えられるかどうかをまずは検査するのです
呼吸機能が正常かどうか 心臓に異常がないか
私はこの心臓で、エコーの担当の人に再チェックをされてしまいました
そして、手術後何日か経って、まさかのことが起きたのです手のひらに乗っかるほど未熟児で生まれ、生死をさまよった私が
「心臓が強いから生き延びた」 と言われ
保育器の中で寝相が激しく、
一人だけ暴れないように服を着せられていた私でした
今思えば、手術前の心臓調査はぎりぎりセーフだったのかも知れないのですまた、金属を入れるので、金属アレルギーも問われます私は金属でかぶれたことがあるので、細かく問われました
チタンのアクセサリーはつけても大丈夫でしたので
手術は無事に決行となりました
最初っから手術できるものだと思っていたのでまさかの出来事でした。

【食べておけばよかった昼食】

手術の前日に入院の説明がありました

血液検査、身長、体重、血圧を測って、病室へ向かいます。

私は手術前に、入院時では食べられない昼食をとろうと思っていたのですが

手続きをした後は許可がないと外出はダメとのこと

焼き立てのピザを、しぶしぶ諦めたのでした。

夫が病室から離れた直後、なんと

婦長さん、看護士さん、理学療法士さん、薬剤師さんが

ぞろぞろと挨拶に来られたので驚いてしまいました。

ちなみに個室ではなく4人部屋で

「何か困った時はいつでも声をかけてください」と

婦長さんが笑顔で対応して下さり、ホッとしました。

そのあと、麻酔医さんから手術の説明を受け、署名もしました

万が一、輸血をするため、手術後の何かしらの感染の可能性が

あるかもしれないので、

手術は絶対に大丈夫とは言えないわけです

この手続きは仕方がないと思いました

入院中の流れのビデオを見た後、理学療法士さんに

手術前の歩き方、足の可動域のチェックをしてもらいました

病院のメインの食事は魚と野菜でした

有難いことなのですが

ラーメンも食べておけばよかったと思ってしまいました

夕飯を食べたら就寝まで時間を持て余してしまったところ

声をかけてくる人が・・・

この人は只者ではなかったのでした

【同じ病室のAさん】

気さくに話しかけてきた人Aさんは

この病院で人工股関節全置換術は2回目とのこと

股関節手術が初めてだった私は、色々病院のことを話してくれるので

始めはありがたいと思っていました

でも、私の置いてあるものを細かく、見定めるような視線を感じたので

私は、置き場所がないときのために、上から取り出せるスーツケース、

パジャマはリハビリでも使え、家でも着られるような上下を用意

そして、手術後の肌にも痛くない肌着の何日か分を

ユニクロのセールで買って棚においてありました

病院のレンタルもありましたが、長い入院生活で

少しでも気持ちよく過ごしたいので

私好みの明るい色の服を用意していましたが

Aさんは大きな声で話始めたのです

「荷物たくさんあると大変だからパジャマやリハビリ着は

病院でレンタルの方がいいわ」

「タオルもレンタルで洗ってもらった方が楽よ」

「洗濯機と乾燥機があるから、100円玉をたくさん用意しなきゃならないわ

みんな自分でやってるわよ」

「貴重品入れは鍵とか大変だし、ロッカーに入れておけばいいのよ」

話はやむことがありません

親切心で助言してくれたのかもしれませんが

レンタルや洗濯のお金の方が後に残らないのでもったいないと思いました

【入院したときの用意するもの】

他の入院している人はどうなのでしょうか?

入院の服装はレンタルと私服とどちらがいいのでしよう?

病室にいるAさん以外の二人は自分の服、廊下にいる人も私服が多いみたい

洗濯は、予約の用紙には、一日数人しか利用していませんでした

お金もかかるし、洗濯や乾燥機の時間を気にしなければなりません

迷っていたけれど、私は夫に、家に持ち帰って洗濯を頼むことにしました

手術終わりにベットに敷くバスタオルとフェイスタオルは、普段使って

いるものにしました

手術後はシャワーも浴びれないし、動けないので

水で洗わなくていいシャンプー

ハンドタオルやハンカチなしで洗濯する手間が省けるキッチンペーパー

通常のウエットティッシュの他に、イチゴ味の口腔ケアティッシュ

とフローズンのボディーペーパーのウェットティッシュ

おしりふきを用意しましました。

物を取るときのマジックハンド、長い靴

気分転換の小さめのお菓子と飲み物、これは看護師さんの許可は必要です

みなさんの参考になればいいなと思っています。

【手術の当日】

次はいよいよ手術

手術の当日は落ち着きません

手術は午後から、朝食、昼食はなしなので、ただ待つだけです。

そこで、私はお風呂を希望し、便秘でしたので

看護師さんに粘膜に液体を入れる処方をしてもらうことにしました

手術後は痛くて、リハビリのテキストは、まともに見れないだろうと思い

足の指を曲げ、足首まわし、膝の曲げ伸ばしを練習しておきました

いよいよ手術の時間が近づくと

名医が「安心してください」と声をかけてくださいました

夫も途中で合流し、ストレッチャーで手術室へ

手術する足を上にして横向きになり、赤ちゃんみたいに丸くなり

麻酔の注射が打たれ、私はそのまま眠りに落ちました

ちなみに全身麻酔ではありません

手術後にレントゲンも撮影されたのですが、意識はなく

気が付いたときには病室に戻っていたのでした。

【手術後】

手術は時間通り1時間で終わり

麻酔が効いている時は痛くない

目が覚めた時はあれ?なんで病室?  

と 手術した自覚がなかったのですが

両足は血栓予防の足収縮マシーンがついていて固定されていました

腕は点滴の針が刺さっていたのを見て

手術が終わったことをようやく自覚できたのでした

腰のあたりはチューブが2つ繋がっていて、一つは尿をとるため

もう一つは手術したところに血栓防止のための風船の管を入れていました

先生が病室に入ってきて、‘’手術は無事に成功しました‘’ と伝えてきました

夫は先生から、骨を見せてもらい

「手術は成功しましたが、股関節うえの丸い部分が赤く炎症していたので、

やはり骨切りはできませんでした」

と言われたそうで

(ああ、無事に終わったんだ)

安堵していましたが、これからが大変だったのです

【麻酔が切れた後】

麻酔がかかっている時は、手術後は余裕があり

手術前3時間は飲み物禁止でした

看護師さんの見守りのもと、お水をのんで、

むせ込みや吐き気がないか確認できれば軽食が食べられます

その時はまだ笑顔もあり、私はペロリと平らげていました

しかし、麻酔が徐々に切れてくると、耐えがたい痛みが襲ってきたのです

足が痛み、身体が熱くなってきて、だんだん不安になってきたときは

もう看護師さんの夜勤の時間帯で、ひとも少なくなっていました

足のふくろはぎは、エコノミー症候群のようで、酷くだるい

飛行機の中なら、足を曲げたりマッサージができますが

手術後は痛くて足を動かすことができません

何とか足の指を上下に動かすのが精いっぱいでした

両足には血栓予防の弾性ストッキングがあるのですが

締め付けられているようでした

足のサイズに合わせて病院で用意されているのですが

窮屈で仕方ありません

私はこんな調子で寝られるのでしょうか?

【熱くて眠れない現実】

手術後の夜、普段は汗をかく方ではないのに、汗が噴き出してきました

消灯になり、血栓を防ぐためのポンプの音が小さく、小刻みに鳴っています

夜勤の看護師さんが来た時

布団を取ってもらい、バスタオルをかけてもらいました

それでも熱い、足もつっぱったようで痛くて寝られません

点滴は4時間ごと変えてくれるのですが

途中で強い痛み止めの点滴を追加してもらいました

それでも寝苦しい

同じ日に手術をした人の寝息が聞こえてきます

(なぜ、私はこうも眠れないのだろう)

と、ポンプの音と他の人の寝息を聞きながら

悶々として朝を迎えたのでした

【私の氷はいずこへ?】

朝、看護士さんが病室の患者さんが来て

「氷のお取替えをしましょうか?」

と廻っているのが聞こえてきました

そして、Aさんには2回来ていたようでした

「氷もうもらっていますよ」

あれ?と思いましたが、カーテンが仕切られ動けない

私も対象なのかどうかもわかりません

本当は喉から手がでるほど冷たいものが欲しかったのですが・

夜は寝れずに、頭がぼーっとして考えられなかったのかもしれません

あのときに気がついていれば・・・と後悔することが起こります


【あっという間の診察】

私の名前が呼ばれ、「はい」っと返事をしたら

カーテンを開けて何人かの看護師さんがバタバタと

入ってきました

足の収縮マシーンを取り除き、

採血、血圧測定、着替え、身体ふき

私はマネキンのようになされるがまま

後から来たお医者さんが

「○○さん、問題ないですね」

と話し、パパっと傷口の診察をしました。

血栓予防の管を外す指示を看護師さんに出したあと

管は外されたのでした

あっという間の出来事で

「暑いなど」と言える雰囲気もなく

そのあとメモリのついている大きなボトルと、朝食が出されました

手術後は3日間1500mlのお茶を飲まなければならないとのこと

その分尿も沢山出るので、尿管は外さないまま

飲み物で少しは落ち着きましたが、のんびりする時間はありませんでした

【術後のリハビリ開始】

朝食を終え、ホッとつく間もなく、リハビリが開始されました。

尿管も点滴も外れていないのですが、手術で硬くなっている筋肉を

急性期のうちにほぐすことが大事なのだそうです

担当の人は手術前に可動域など事前に測定した温和な人でした

寝たまま足の指と足首をまわしたり、膝の曲げ伸ばしの動作をしました

膝を曲げるのはゆっくりなら出来るのですが

伸ばすときは痛みが伴います

鉛のように足が重くて思い通りにならないもどかしさと痛みで

気持ちが落ち着かなかったのです

「痛くないですか?」

声をかけながらゆっくりと足を動かしてもらっているうちに

私の緊張がだんだんほぐれていきました

看護師さんは慌ただしいので、声をかけるのもためらいがあるのですが

理学療法士さんは、リラックス出来るような声かけをしてくれるので

暑くて寝れなかったこと、私は氷がもらえていなかったことを

話してしまいました

理学療法士さんに言っても気休めにしかならないと思っていましたが

「伝えておきますね」

と、なんとありがたいお言葉

これでやっと足を冷やすことができるのでしょうか?


【私は忘れられていました】

リハビリの後は昼食

ホッと一息入れた後、入院診療計画書を確認したところ

「まさか」のことが起こりました。

(他の人はあるのに、私に氷が処方されないのは何でだろう?)

と思っていたのですが

「手術後、適宜、手術した足を冷やします」

ってちゃんと書いてありました

看護師さんがそのあと、氷を持ってきたのは

手術の翌日、午後のリハビリの少し前でした

丸一日、傷口は熱く、平熱よりも1ど以上高い体温なのに

我慢していたことになります

熱くなっている傷口を冷やすと、痛みも和らいで、冷たくて気持ちいい

そういえば、手術後は若くて新人ぽい看護師さんが担当でした

傷口は確認してくれていたけれど

氷を持ってこなかったのは、余裕がなかったのかもしれません

最初は間違いもあるでしょう

でも、私があらかじめ、細部まで計画書を読み込んでいれば

忘れていることを伝えられたかもしれないと思うと悔やまれました

その後は、何時間かおきに氷の声掛けをしてくれるようになったのでした


【お手洗いにいくのも大変】

点滴や尿の管をつけたまま、午後のリハビリが始まりました

理学療法士さんの顔を見るなり

「氷がやっと届いて冷やせています。助かりました」

とお礼をいいました

理学療法士さんが伝えてくれたから、氷が届いたのです

「よかったですね」

と笑顔が嬉しい

足はまだ痛いけれど、リハビリは気合が入りました

病室のすぐ近くに障がい者用のお手洗いがあるのですが

ベットから起き上がり、お手洗いにいく練習をしなければなりません

まず、ベットの脇に座るのが大変でした

両腕の手のひらや肘を使って体制を変え

股関節手術した右足のかかとの下に手術していない右足を使って

グルーっとベットの横にまわしてから膝を曲げます

最初はうまくいかないので、理学療法士さんに支えてもらっていました

これを何回か繰り返した後、くつをはき、歩行器に立つ練習をしました

くつをはくこと、歩行器で身体を支える

これも簡単には行きません

すぐそばのお手洗いも私にとって遠くに感じてしまうのでした

【トイレが大変2】

手術後はベットに座ることもままなりません

ベットの上は柔らかいのに、両手で腰を浮かせるように

支えないと傷口が痛みます

トイレに行くために靴を履こうとすると

傷がベットに触れないように片手で腰を浮かせているので

体制が不安定になります

痛くてかがめないので、足先を靴に入れてから

マジックハンドで靴を履こうとしたのですが

上手くいかず理学療法士さんに手伝ってもらいました

歩行器は私の身長に合わせてくれていました

歩行器を使うときは、ストッパーで止めて、動かない状態にします

そのあと、歩行器に手をのせて、からだを歩行器に預けます

両手を均等に歩行器に載せて

からだの重心がしっかりしたらストッパーを外して動かします

初めて立った時は、足が棒のように感じでした

右足の感覚が痛さもあってか、よろけるのです

でも、トイレに行けるようになって尿管も外さなければならないので

諦めるわけにはいけません

歩行器に持たれながら、ほとんど手の力を使って

必死に目の前のトイレまで行ったのでした

【トイレが大変3】

術後のトイレは想像以上に大変

自分でお手洗いに行けるまで、尿の入った袋と点滴もつけたままで

トイレに座るときは歩行器を固定します

右手は壁についている棒をつかみ、便座の横の棒を左手でつかみながら

ゆっくりとしゃがみます

このしゃがみ込む動作の時がとても痛いのです

トイレの座高がベットよりも低いので、太ももの傷口に負担がかかります

あまりにも痛いので、まともに座れず、ななめになってしまいました

リハビリなので、服はそのままでした

本来であれば、支え棒をつかみながら

片手で衣服を降ろしたり上げたりする動作も加わるのです

あまりの痛さに涙目になってしまいました

次の日は管を取らなくてはなりません

手術の日も痛くて眠れなかったし、その日の夜も眠れそうになかったので

ゆう眠剤を処方してもらったのでした

【トイレの戦いは続く】

手術の2日目の朝は、6時半から血圧、酸素の測定があり

傷口の痛みの他に筋肉痛も加わったものの

ゆう眠剤のおかげで睡眠も取ることが出来、結果は良行でした

点滴が外され、手術前に処方されていた薬を再び飲むことになりました

血液をさらさらにする薬、骨を強くする薬、ビタミン剤、痛み止めです

点滴の管が外れると、少し解放されたような気分になりました

ただ、尿管はまだ取る自信はありませんでした

一日1500mlのお茶を飲まなければならないので

トイレに行く回数は多くなってるはずです

相変わらず、かがむと傷口が引っ張られて痛く

前かがみになって歩行器に寄りかかる状態なので

(トイレに何回も行くなんて漏れてしまったらどうなっちゃうの?)

なんて想像してしまったので、尿管を取るのは午後にしてもらいました

でも、何としても午前中までには

トイレトレーニングを完了しなければなりません

大変です

【トイレトレーニングの終了】

術後2日目、午前のリハビリは

ひたすらトイレを自分で行けるようにする練習でした

そもそもトイレにいくのに、ベットから降りて、思うように靴もはけません

足がふらふらとしてしまい、靴に足を入れられないのです

しかし、こんなことで、もたもたしていられません

「長い靴ベラを夫に持ってきてもらえば何とか出来ます」

と言い訳をして、今回も理学療法士さんに手伝ってもらいました

とにかくトイレトレーニングをしなければなりません

赤ちゃんのトイレトレーニングは、

「ちゃんとできたね。偉いねーパチパチパチ」

なんて、かわいいけれど、私は必死な形相でのトレーニング

痛い思いが先行してしまいます

一つ一つの動作に無駄に力が入ってしまいます

午前のリハビリ後、看護師さんに本当にトイレが出来るかどうかを

最終確認チェックをしてもらいました

一緒にトイレに入るのではなく、扉の外で待っていてもらい

何かあったときは助けてもらいます

私は何とか手伝ってもらわずに、歩行器があれば

自分でトイレが出来るようになりました

根気強く付き合ってくださる理学療法士さん、看護士さんのお陰です

しかしながら、この年になっても

励まされながらトイレに行く練習をするなんて思ってもみませんでした

【同室のAさん】

歩行器を使っての条件つきですが、トイレトレーニングも終了し

尿管を外すことができました

夫が持ってきてくれた靴ベラのお陰です

自分で靴も履くこともできるようになりました

午後のリハビリは、歩行器で食堂まで歩く練習です

午後は食堂まで、歩行器で歩くトレーニングが始まりました

手術した右足が思うように曲がらず、右足の方が長く感じられました

そのせいか、歩行器を使ってもバランスが悪く、

手で調整しないと真っすぐに動けません

途中で、同じ病室のAさんが他の病室の人と

話しているのが目に入りました

私が食堂で、必死で椅子に座ったり立ったりするリハビリ時に

Aさんの大きな声がずっと聞こえてきました

声も大きく元気で、余裕を感じます

私が食堂から、よったらよったら、と部屋へ戻り、リハビリが終わったら

Aさんが私のカーテンを覗いてきて、話しかけてきました

まだ話足らないのでしょうか

そして、まさかのことを聞かせられるのでした

【同室のAさんは大部屋の中の特別な人?】

 同室のAさんの話は止むことがありません

「リハビリはどう?私は、筋肉痛はあるけどそんなに痛くないの」

「あなた、手術後、氷もらえてなくて大変だったわねえ

私は言わなくてももらえたわよ」

「あとね、人によって部屋の移動があるけど、私は前回、入院した時に

ここの窓際のところで移動がなかったの。今回もここのままがいいわ」

今いる階は、急性病棟なので、移る可能性が高いのです

あらかじめ病院では説明があったはずです

彼女は他の患者さん、理学療法士さん、看護士さん、など

「今のところは見晴らしもいいしこのままがいいわ」

「退院の時には娘が迎えに来るから、窓から手を振って合図するのよ」

と色んな人に話していました

私は

「新規の患者が入ってくるのにそんなことあるんですか?」

と驚いて言いました

Aさんは、4人部屋でも窓際なので、日当たりもいいし、壁側よりも広い

廊下側は窓際よりも暗いし狭い。ちなみに私は廊下側

同じ料金だけど、大部屋なら当たり外れがあるのは仕方ないにしても

Aさんだけ、移動もせずにこのまま居続けることはないでしょう

と思っていたら、まさか私がこんなことになるなんて・・・

【まさかの移動?】

三日目のリハビリは、ベットの乗り降りの練習でした

少し雑談も交える余裕も出てきて、良い傾向だったのですが

「あれ?2階に移動するんですか?」と

理学療法士さんがベットの上の短冊のような用紙を

指さして聞いてきました

看護師さんが、朝に何か置いて行ったような気がしたのですが

説明された覚えはありません

【明日、午前中に2階に移動】

との内容が書いてあったのです

理学療法士さんは直前にしか移動のことはわからないようでした

動きがあれば同室のAさんがすぐ反応してくるはずですが

今回に関しては何も言ってきません

私はこの病室に一番最後に入ったのですが、

私だけが明日移動になった理由がわかりません

同室の二人は松葉づえ、Aさんは余裕の歩行

私はやっと歩行器を動かせる状態

(この部屋で私が一番動けない状況なのはわかるでしょう?)

私は心の中で叫びました

私は昨夜、左胸が痛くなり、朝、看護師さんに伝えていました

それに手術以降、便通がないので、薬を処方してもらっています

なぜ私なのでしょう?

動揺が抑えられなくなってしまいました

【理不尽だと思ったこと】

私は手術後3日間、便がでないので、薬を処方されました

もともと便秘体質で、足の痛みでいきむのが辛いのです

今の便秘薬が効かなければ

更に強い薬を処方をすることも言われていました

(強い薬で急にもよおして、間に合わなくなったらどうしよう)

今はトイレが目の前だからいいのですが

2階に移動する病室から近いかどうかは、わかりません

尿管を抜いてから、昼夜関係なく2時間おきにお手洗いに行っていました

術後3日間は一日1500mlのお茶を飲まなければならないので

どうしてもトイレが近くなってしまうのです

痛くておぼつかない足での遠いトイレはつらい

寝不足と便秘のせいか頭痛もするし、昨日は胸も痛くなっていました

リハビリが終わってから看護師さんが来たので

なぜ、わずか三日前に手術したばかりの私が、2階に移動になったのか?

次の所はトイレが近いかどうかを聞いてみました

「移動を管理する人は別なので、私はわかりません

トイレが近い部屋がいいなら個室を選べばいいのではないですか」

と言われてしまいました

私は、看護師さんに懇願しました

「せめて便が出てから移動させてください

部屋の管理する人に伝えてくれませんか?」

私の願いは届くのでしょうか?

【部屋移動は延期に】

しばらくして、別の看護師さんがやってきて早口で伝えてきました

「すみませんでした。部屋の移動は三日間伸ばしました。

なぜ、私が2階に移動なのか、便が出てからという私の希望については

何も答えずに、病室をさっと出て行ったのでした

何とも言えない気持ちでいたところ

夫が着替えや新しい歯ブラシセットなどを持ってきてくれました

カーテンを閉めて話していたのですが、

「ご主人優しいわね。優しすぎるのは良くないのよ」

Aさんの声が聞こえてきました

突然の部屋の移動の話で戸惑ったことなども話していたので

小声で夫と会話をしている最中に口を出してきたのには驚いてしまいました

Aさんは遠方から来ていたこともあって

身内に「こなくてもいいわ」と伝えたって話をしていたし

長く入院するほど保険が入ってくるからゆっくりしたい、と言ってました

夫は、看護休暇や時間給を使って

忙しいのに時間を作って来てくれています

嫌な気分にさせたくありません

家で洗濯した方が節約にもなるし

私の負担が減るからって、夫婦で決めたことでした

その後、Aさんは向かいの人と

こちら側の会話が続けられないほどの大声で話し始めました

(移動でAさんと離れられた方がいいかもしれない)

私はそう思わずにはいられませんでした


【発熱と突然の痛み】

手術後4日目の朝、

検温は37度台、私の平熱は35度台なので熱いはずです

昨晩もトイレを気にして夜も眠れず

頭痛と足の重さでだるい朝を迎えていました

トイレの回数を重ねるごとに、便座に座るこつが分かってきて

痛みも和らいできましたが

間違って傷口に触れると、飛び上がるほど痛くなります

それでも、口腔ケア用ウェットティッシュをベットで使っていたのが

洗面台で、歯みがきも出来るようになりましたし

マジックハンドを使っての着替えも馴れてきました

(少しずつは前へ進んでいるかな?)

とベットに横になっていたら、突然左胸に強い痛みがはしったのです

原因はわかりませんが、これで2回

痛くて息が出来なくなるのです

呼び出しボタンを親指で押す手前までいったのですが

すぐに治まったので、押すことはありませんでした

それに、忙しい看護師さんを呼び出すのにもためらいもありました

後に、巡回の看護師さんが来た時に、胸の痛みを報告し

「痛いときはすぐに呼んでくださいね。遠慮しないで言ってください」

と親身に寄り添った言葉が返ってきました

(人によってこんなに違うなんて)

と涙がにじんだのでした

【手術後4日目】

手術後4日目はお医者さんの創部の診察がありました

診察と言っても、傷口上のシートを見て、異常がないか診るだけで

特に触診するわけではありませんでした

足はエコノミー症候群になったようなだるさがずーっと続いています

私はたまらず、長い靴べらで、ふくろはぎを叩きました

何回も叩いていると、だるさも少しは良くなります

このことを理学療法士さんに伝えたら

「血栓があると危ないので、ふくろはぎを叩くのはやめた方がいいですよ」

「もものマッサージなら大丈夫です」

と思いがけない返事が返ってきました

自己流は身の危険もあることを知らされたのでした

午前中、からだの調子が悪かったのですが、水分をさらに意識して

食事をしたら体調が戻ってきました

理学療法士さんのリハビリ以外の時間に

ひざの曲げ伸ばし、足を開く練習を開始

自分へのご褒美に、夫が持ってきてくれたお菓子を食べて

だるさや痛さを紛らわせたのでした

次の日は、採血、レントゲン、下肢エコー検査、そして

待ちに待ったシャワー浴がありました

【手術後5日目】

手術後5日目はとにかく忙しい

いつもの8時の朝食は、採血が終わるまで絶食でした。

8時半に採血終わってから急いで食事です。

8時50分にはリハビリなので、20分しか食事する時間がありません

リハビリのあとはすぐ、手術後初めてのシャワー

それまでは、ウエットティッシュの身体を拭いて

洗い流さなくてもいいシャンプーを使っていました

汗もかくし、お湯を浴びたい気持ちでいっぱいでしたので

シャワーを待ちわびていました。

しかし、現状は甘くありません。

足が痛いので着替えも時間がかかるし、ちゃんと手が届かないので洗えない

着替えも含めて30分しか時間がとれないので

当然、私一人で出来るはずもありません。

看護師さんに、着替え、洗えないところのお手伝いをしてもらいました

上半身を曲げると、足も痛い

手を置くところがあって、高さ40センチの看護用いすを使っているけれど

痛くて長く座っていられない

シャワーと着替えの時間が短いと思っていたけれど

足の痛みをこらえ、頑張ってシャンプーしたら

身体をちゃんと洗う気力が残っていませんでした

このあとはエコーとレントゲンが待っています

ドライヤーで髪を乾かしながら

シャワーの後はゆっくり休みたいと思ったのでした

【手術後5日目 シャワー後の検査】

落ち着かないシャワー浴の後、ゆっくりする間もありません。

エレベータに乗り、1階まで歩行器で

下肢の静脈エコーと両肢関節のレントゲンの検査に向かいました

エコーでは血栓が出ていないかを技師さんが私のふくろはぎに器具をあてて

画面を確認していました

そして、静脈と動脈の違いを説明してくれました

心臓からからだに流れる血管が動脈で、ドクドク動いています

からだから心臓へ向かう血液は、静かに流れるので動きがみられません

血栓があるか確認するためにはどう見ればいいのでしょう?

それは、まさか、本当ー?と驚くことをするのでした

動脈と筋肉、骨のみ見えるようにするために、画面に黒いものがないか

なんと、エコーで確認しながら静脈をつぶしていくのです

画面でbefore and  after を見比べて

画面が青くクリアになっていたらOKです

ちなみに、この検査で血栓が見つかる人は、ほぼ皆無だそうです

その後は両肢関節のレントゲンはいつもと違う感じでした

子供のころのテレビでみていた変身シーンのように

器械に固定されて、動かされながら光を浴びていたのでした

【手術後5日目 移動の指示は主治医?】

手術後5日目、便秘に悩んでいましたが

シャワー浴、リハビリ、検査、と沢山の動きがあったからなのか

強い薬を処方される前にめでたく快便

足の痛さはあるけれど、お腹のはりも頭痛も解消されてホッとしました

本来だったら2階の回復病棟へ移っているはずでした

強い薬を処方されたときの遠いトイレに、

間に合うか不安を感じていたのです

同室の患者の中で一番最後に入ってきて一番動けていないのに

(なぜ私が移動なの?) と

納得がいかずに、看護師さんにお願いして延期してもらっていたので

患者への説明書をよく見てみると

【医師の許可のもと、術後4日目から回復病棟へ移動する場合があります】

と記入されてました

私の人工股関節置換手術は、名医が重要な部分の施術をしたのですが

入院中の主治医として別の人が術後の経過をチェックしていました

私の移動の許可を出したのは、主治医の先生だったのです

私の主治医の先生は日本人ではなくアジア国籍の人でした

今回の私の移動の件も、

「便だけのことでしょ?」と 

そっけない言葉

外国人を差別しているわけではないけれど

患者が言いたいけれど言えない雰囲気を感じさせました

ちょっと日本人の感覚とは違う物腰、言い方が気になってしまうのでした

【私の主治医はアジア国籍の人】

私の担当医のTさんは、アジアの外国籍の人でした

病室も見回りの時、カーテンからちょっと顔を出して

「顔色悪くないね」とか「大丈夫ね」と一言だけで

すぐに次の人の所へ行ってしまいます

私から聞きたいことがあっても、なかなか言い出せません

私は「大丈夫ですか?」と聞いてもらいたかったし

私が見ている限りかもしれませんが、他のお医者さんは問いかけたり

患者さんからの話も聞いてくれていました

極めつけはレントゲンの写真のこと

同室のAさんの日本人の担当医は、レントゲン撮影の当日、

レントゲン写真をカラーの用紙に印刷したものをAさんに渡し

レントゲン写真の説明をしていました

私はなんと前日のレントゲン写真だけではなく

手術時のレントゲン写真さえ渡されていませんでした

同室のAさんは、「言わなくても持ってきてくれたわよ」

他の人にも声をかけ「レントゲン写真持っているわよねー」

と伝えてきたのでした

【手術後5日目のリハビリで気が付いてしまった】

手術後5日目のリハビリはいつもと同じで

ベッドで足の曲げ伸ばしなど、足のチェックをしてもらったら

歩行器で歩く練習です

今までは、傷の痛みと筋肉痛のようなだるさがあって

自分の足のことを客観的に見る余裕がなかったのですが

いざ、歩行器を使うためにベッドの脇に座ったときに

あれ?と 気が付いてしまったのです

なんてことでしよう

座った時に膝の出っ張りが左右違っていたのです

見た目は1.8センチくらい差がありました

立ったときに手術した右足が長いような気がしていたので

(もしや手術ミス?)

と血の気が引いてしまいました

(弘法も筆の誤りって言うし、名医でも100%ではないし・・)

と固まっていたら、理学療法士さんが

「手術で左右2センチ以上の差があってバランスが悪い人は

足下シートを使用するって連絡を受けるのですが

聞いていませんし、長さ測りましょうか?」

と話かけてきました

私はベッドに横になり、ドキドキしながら計測を待っていたのでした

【足の長さが違っているかも?】

(手術後、足の長さが左右違っているかもしれない)

不安で押しつぶされそうになりながら、ベッドで固まっている私の横で

理学療法士さんがメジャーで足の長さを測り始めました

腰の骨の出っ張りからくるぶしの所あたりを測っていたと思います

結果は・

左右の足の長さは、ほどんど変わっていませんでした

私はホッとして力が抜けてしまいました

私の骨盤がゆがんでいるので、見た目の長さが違っていたのかもしれません

しかし、それでも、目に見えて座った時の左右の膝の位置が違いました

座った時の膝の出っ張りは治したい

そこで、左右の足のバランスを治すリハビリが始まりました

ベッドの脇に座って、膝が出ている右の太ももを右の手のひらで

付け根の方に押し

左の太ももを左の手のひらで上にあげる動作を繰り返しました

何回かしているうちに、両膝が揃ってきましたが

少し時間が経つとまた戻ってしまいます

こんな簡単な動作で、足の長さが戻ることに

驚きを感じざるをえませんでした

手術後しばらくはベッドでは寝返りができません

傷口の痛さとだるさで動けないつらさは想像以上でした

仰向けでずっと寝てると背中や腰が痛くてカチカチになります

私はもともと寝相が悪く、子供のころは寝冷えしないように

親が私のお腹にバスタオルを巻いていたほどで

どこまでもゴロゴロ転がっていました

そんな私が大人になったからって、動かないでずーと同じ格好で寝るなんて

出来るはずないのです

両手のこぶしを背中や腰の下に入れて

自分でツボマッサージのようにしていましたが

気休めにしかなりませんでした

そこで理学療法士さんに

横を向いて寝られる方法を教えてもらうことにしました

両肢の股のところには長いクッションを挟んでいます

寝返りして、手術した足が内側にいかないためです

手術していない左足の方のベッドの側面に

両手を使って芋虫のように移動

ベッドの柵に手をかけて、手の力で横になり身体をまるめます

左足は曲げますが、手術した足は痛いので伸ばしたまま

クッションの上にありました

力んで長く横向きになれないですが、腰や背中が楽になります

私はセミのようにベッドの柵にくっつきながら

しばしの安息の時間を有難く感じていたのでした

【術後6日目のリハビリ】

術後6日目のリハビリはいつもと違う理学療法士さんでした

先生が違うとリハビリの仕方が違ってきます

下半身の力の入り具合をチェックしてもらったら

話しながらだと力が入らないのですが

無言になると力が入ってしまっていました

私は他の人と比較すると、痛さを感じやすく,構えてしまっているとのこと

同じ傷があったとしても、感じ方は人それぞれ違うのです

それから、痛いので傷口を冷やしているのですが

冷やしすぎて右足が紫色になっていることがわかりました

「冷やすのは30分以内にしてください」

と注意されてしまい、今まで気が付かなかったことを反省t

冷やすと気持ちがいいので、つい、そのまま寝てしまっていたのでした

午後のリハビリは、また違う理学療法士さんでした

歩行器を使った足の長さを調整するリハビリです

アキレス腱伸ばしのように足を前後に開いて

手術していない足のほうが短いので

浮き上がった足のかかとを地面に押す動作を繰り返しました

歩き方の癖が出てしまう前に手術後、痛くても

早めに治すのがポイントのようです

美しく歩けるようになるためには、痛くても耐えるしかないのです

【手術後6日目の夜 原因不明の発作】

手術後6日目の夜、原因不明の発作が起きてしまいました

手術後2日目と4日目にも胸が苦しくなったのですが

すぐに治まるので看護師さんには事後報告していただけでした

しかし、今回は看護師さんの夜の巡回の時に発作が始まりましたので

消灯の暗い所に、看護師さんのライトが部屋に入ってきたときに

「す、すみません。胸が苦しいんです」

と、必死に伝えました。痛くて呼吸が乱れます

看護師さんは、急いでほかの看護師さんを呼んできて

心電図を測る機器を持ってきました

慌てていたのか、胸部電極の位置がなかなか定まらないのです

着けては取るの繰り返し

「正しいところにつけているはずなのにおかしい」

という言葉が聞こえてきます

波形がありえない動きをしていたので

看護師さんがあたふたしているうちに、私の胸の痛みは治まっていました

「もう、痛くなくなってきました」

看護師さんが、ちゃんと測れたときにはもうt

心電図は正常値を指していました

記録準備をしているうちに、正常な波形になっていたのです

ありえない波形はなかったことになり

正常値で何事もなく終わったことになったのでした

【手術後7日目 リハビリ病棟へ】

手術後7日目、私はリハビリ病棟へ移ることになり

今まで担当だった理学療法士さんは担当が外れ

新しい担当の人に変わることになります

「退院まで見られなくてすみません。

引継ぎで、優しく対応するように伝えておきました」

と、移動病棟まで挨拶に来てくれました

今までリハビリだけではなく

病院の細かな相談事も忙しい看護師さんの間に入って

助けてもらっていたので

正直、担当が変わってしまい残念でした

その日は、

(ここまでしてくれるの?)

と驚くことがありました

手術後7日目は医師による診断があり、

退院日がほぼ確定することになります

前の病室で一緒だったAさんが

「言わなくても持ってきてくれたわ」

と言っていたレントゲン写真は、私には届いていなかったので

数日前、スタッフステーションに問い合わせていたのです

理学療法士さんと話していると、ちょうど担当医のT先生が

白黒のレントゲン写真を持って入ってきたのですが

理学療法士さんに写真を任せて、さっさと病室を出ていってしまったのです

私の足の状態を説明したのは、担当医のT先生ではなく

理学療法士さんでした

外国籍のT先生は、骨に異常がないので

説明しなくてもいいと思ったのかもしれませんが

(日本人のお医者さんならしないでしょー)

と驚いてしまったのでした

外国籍の担当医T先生は

「大丈夫そうね」と

理学療法士の人に、術後すぐのレントゲン写真を渡したので

理学療法士さんから手術前後のレントゲン写真の説明が始まりました

「綺麗に骨が入っていますね。お医者さんは手術後の経過に関しては

傷口や筋肉痛はさほど重要ではなく

骨がちゃんと問題なく入っているかが大切なので

問題ないってことじゃないですかね」

手術後すぐのレントゲンが貰えていなかったけれど、名医から

「安心してください。手術は問題なく終わりました」

と報告はあったので

担当医の先生も気にしていなかったのかもしれません

【手術後7日目の昼 名医が巡回】

手術後7日目の昼、人工股関節置換手術を手掛けた名医が

巡回してきました

名医は常駐していないので、入院中は外国籍のT先生が担当医なのです

今回は、最近撮影した病室3名のレントゲン写真を名医が持ってきて

それぞれに声をかけていました

私はレントゲンの写真を見ながら

「ボルトが3本入っているのですが、

人によっては2本の人がいるようですが」

との問いかけに

「ボルトはみんな3本入っています。人と比べなくていいですよ

あなたに必要な処置をしていますし、問題ないですから」

と説明がありました

手術前の巡回で忙しい中でも一人一人に対応してくれる対応に

(さすが名医だな) と感心したのでした

【術後7日目 リハビリ】

術後7日目、リハビリ棟に新たに理学療法士さんの担当が変わりました

私の新しい担当の人はお休みでしたので、ベテランの理学療法士さんでした

私がベッドで横になると、固まった筋肉をほぐし始めました

足の可動域のチェックは大胆で

「手術の時、お医者さんは可動域の確認をしながら手術をするので

足も動かせるはずです

皮膚の傷はすぐに治っても中の筋肉の傷が治るのには時間がかかりますよ

筋肉痛があるのは仕方がありません

筋肉が固くなってしまう前に動かすことが大事なんです」

とニコニコしながら私の足を動かし、マッサージを始めました

私は時折

「痛たた、あたー」

と叫んでしまい

(「引継ぎの時に優しくしてくださいっと伝えておきました」

って話だったはずじゃあないのぉー)

と泣きそうになりましたが

不思議とだんだん、痛気持ちいい感じがしてきました

それから、私の寝相のことも引継ぎでわかっていたようで

横向きの寝方の他に、うつ伏せの寝方を教えてもらいました

寝返りができるとホッとします

初めは緊張していましたが

(このまま寝てしまいたい)

と思ってしまったのでした

【手術後8日目 同室の人たち】

術後8日目、頭痛で寝起きが悪くだるい朝でした

そこで、とりあえずカーテンを開けると、日差しがうっすら入ってきました

私の新しい病室のベッドの位置は廊下側

さらに洗面台がすぐ横にある分、前よりも狭く窮屈感があります

(今回も廊下側。部屋の窓側の方が開放感があって良かったのになあ)

と、歩行器で部屋の窓の方を向いて立っていたら

「窓側は共有スペースなので、こちらまで良かったらどうぞ」

と隣の人が声をかけてくれました

カーテンで、それぞれのスペースが仕切られているのですが

彼女のスペースはカーテンを開けると

共有スペースも彼女のスペースのように見えました

窓からは公園が見えて、緑も綺麗、角部屋なので明るい

太陽の光を浴びながら、お互いに自己紹介をしました

彼女はHさんで、妹と同じ年、気さくな良い雰囲気の人でした

Hさんの向いの人も話に入って来て、さらに話が弾みます

Sさんは、ぽっちゃりとした色白で若く、純粋な人でした

前の病室にいたときよりも狭い部屋の移動になったけれど

気持ちが明るくなって、頭痛もいつのまにか、なくなっていました

病室の人が違うだけで、こんなに体調が左右されるなんて

人間関係ってほんと大事だなあーと思ったのでした

【女子会結成】

移動した病室で、早くも3人の女子会が結成されました

それぞれのリハビリが終わると自然に集まってきます

さんづけではなく、Hちゃん、Sちゃんに変わっていきました

二人は人工置換手術ではなく、骨切り手術でした

人工施術は、平均3週間の入院、骨切りは、2か月前後の入院です

骨切り施術は自分の骨を使って股関節手術をするので

術後すぐは動かせずに車椅子で移動します

人工の方は、術後、次の日から歩行器でリハビリ開始です

傷口を見せてもらったら、私の傷の1.5倍くらい長く、痛々しい

骨切りは、術後半年でボルトを取る手術をするため

同じところを切るそうです

私は痛さに弱いので、身震いしてしまいました

手術するなら人工よりも自分の骨の方がいいに決まってる

年齢制限があるから骨切りにしようかと思ったこともあったし

骨の炎症が起こる前に決意していたら骨切りの可能性もあったけれど

私は人工股関節置換手術でよかったと正直思ったのでした

【骨切り手術と人工置換手術】

私より年下の彼女たちは両足の骨切り手術は当たり前という感じでした。

Hちゃんは今回は2回目の骨切り手術なので、入院馴れしていて

ティファールを用意して、朝にコーヒーを入れる余裕もあるほどでした。

Sちゃんは、片方の骨切りで入院しているのに、

もう、次の骨切りの計画を立てていました。

私は冒険する気持ちはなくなっていて、人工股関節手術一択。

(痛くて入院長いのは嫌だし、それにいずれ人工股関節になるのなら今やって

いた方が・・・

でも、若い二人は、自分の骨の可能性を信じているし大切にしているなぁ)

私はかつてあったはずの、探し物をしている気持ちになりました。

(見た目は若く見られる私でしたが、守りに入ってしまっているのだろうか?

いやいや、股関節の手術は消極的だったけど、こんな気持ちではいけない

どうせ、とか、マイナスの感情よりも

未来に目を向けるのを忘れてはいけない)

と気合いを入れていると、

「今、Nさんが来たみたいだから、良かったら一緒に行きません?」

とラインを見ながらHちゃんが声をかけてきたのでした。

【素敵な年の取り方】

Nさんは母親と同じ年の笑顔が素敵な人でした。

私がリハビリをしている時に

「姿勢がいいわね。頑張ってね」

と、胸にコルセットを巻きながらも

すれ違う度にニコニコと声をかけて下さって、

(感じがいいなあ)

と思っていた人がNさんなのでした

もともとはSちゃんがNさんと仲良くなって、次にHちゃん、私、と

Nさんを中心に広がって、女子会メンバーは

30代から80代までの4人。

夕食後はこの4人でおしゃべりするのが日課となりました。

彼女は公園で健康のために初めていた合気道がどんどん広まり

最後は先生となって沢山の生徒さんがいたそうです。

胸にコルセットを巻いているのは、肋骨の骨折で、

伸びをしただけで、何本か折れてしまったというのです。

「これで、9回目よ。二桁にならないように気を付けないと」

と話すNさんには悲観した感じが全然してきません。

「さあ、頑張っていきましょう」

が口癖で、先に退院した人も彼女にラインや電話を送ってきます。

私は、Nさんのような年の取り方をしたいなあと思ったのでした。

【リハビリ病棟のお風呂】

リハビリ病棟のお風呂は銭湯のようでした

脱衣所やお風呂は共用で使います。

銭湯と違うところは、介護作業士さんか看護師さん、

二人が付きそって介護することです。

リハビリ病棟は女性が圧倒的に多いのですが、

職員は女性だけではありません

私は、お風呂のことを説明されたとき、

「男性と女性の二人ですが宜しいでしょうか?」

と聞かれました

病院とは言えど、恥じらいもまだあります。私は「はい」とは言えず、 

「前の病棟の時、女性一人だったので、今回も女性一人で大丈夫です」

と、ボソボソっと答えてしまいました。

私は、掴むところがあればゆっくりでも移動できる状態でしたし、

まだ湯舟はつかれずシャワーのみです

私を介護するはずだった男性は、脱衣所から他の仕事に向かい、

私は看護師さんと洗い場へ行きました。

看護師さんにそばに立ってもらい、

私は髪の毛を洗って下を向いていたそのとき

突然

「ザザぁー」

とお湯をかける音が聞こえてきました。

私は何が起こったのかわかりません

その時

「あらー○○さん、脱衣所で待っていてくださいって言いましたよね?

危ないから、お風呂に入らないで、椅子に座ってください」

と私の看護士さんの声が聞こえてきました。

横を見ると、一人の年配の女性が浴槽のお湯をからだにかけています

一般の銭湯と勘違いしていたのでしょうか?

誰も付き添いの人はいません

看護師さんは、急いで女性の方へ向かっていってしまいました

私は洗うときや着替えの時に届かないのは足先だけでしたので、

その時だけ助けて頂ければよかったし、

ほっておかれてもある程度大丈夫でしたが

(介護する人は大変だなあー)

としみじみ感じてしまうのでした

【理学療法士さんと作業療法士さん】

リハビリ療棟は理学療法士さんと作業療法士さんがつきます

からだを正常に動かせるようにして、日常生活を送れるようにするために

退院までのスケジュールを立てて、計画的に進めるのです。

退院までに、色々な足の角度、足の動き、

お風呂に一人で入れるようにするなど

様々なことをクリアーしなければなりません

リハビリ棟にはリハビリステーションがあって、

階段の、のぼりおり、マットでの柔軟、

マシーンを使ったトレーニングがありました。

午前中は主に股関節の凝りのマッサージと、歩行器を使って、

左右に重心を動かすトレーニング

午後は、リハビリステーションに行って、座る練習をしました。

ベットの脇に座るとき、痛くて、手のひらを両腿の横について

重心がかからないように踏ん張っているのを直すのです

治し方は、なんと輪投げでした。小さいころよくお祭りでしていた以来です

両手で輪投げを持って、作業療法士さんが持っている棒に入れます。

トイレも、お風呂でからだを洗うときも、

痛いので手短に終わらせていましたが

落ち着いて、用を足すことが出来るようになるかもしれません。

もともと、運動することは好きだったし、おだてに乗り易かったので、

「上手ですね。まだ、いけますか?」

と言われると、痛くても頑張ってしまう私は、

すっかり童心に帰っていたのでした

【リハビリ病棟の女子会4人】

リハビリ病棟での女子会は、突き当り廊下の椅子か、

病室の小さな椅子に座って

おしゃべりしていました。

最初の女子会の時は、座る椅子が低かったので、

「痛たたたー」となって、座れずに歩行器で立っていましたが、

みんなと同じように座りたくて、

自分でも教えられたリハビリを頑張ったおかげで

座れるようになりました。

座っている時に、左右の膝の位置を治すマッサージをしているうちに

左右の足のバランスも良くなりました。

モチベーションが上がると、足のリハビリも目に見えて上達します。

女子会のメンバーにも、褒められ、おだてられて、気持ちいい

それぞれ持ち寄った、頂きもののお菓子を頬張り、お話も弾みます

お互いに励ましあいながら、病気を治していくのは

いいもんだなあと日々感じるのでした。

【私の入院中に母の入院】

入院は続くもので、私が人工股関節置換手術で入院してまもなく、

母親が間質性肺炎で入院しました

病院嫌いの母が入院出来たのは、私が先に入院したからです

私がリハビリ病棟へ移った後、突然、妹から、

母のライン動画をかけてきたのです

「お姉ちゃんが入院しているのをお母さんに見せてあげてくれる?」

と、妹の声とともに、母親の顔が映し出されました。

「○○さん、頑張ってねーって言って」

と妹が小声でささやいています

「○○さん、頑張って、ねーーーッ」

と母のドアップの笑顔と

棒読みの声が聞こえてきました

母は少し認知症になっているのですが、

本人は認めないので病院へ連れてくるのは大変だったらしい

「お姉ちゃんも入院して頑張っているんだから」

と言って、

母親が病院へ来ることが出来たとのこと

私は電話の後、女子会メンバーの笑顔の写真を撮り

「私は病院でも、楽しくリハビリしているから大丈夫、

お母さんも頑張ってね」

と写真とメッセージを送りました。

心配かけまいと送って写真が原因で、後日、

まさかのことが起こるなんて思ってもみませんでした。

【まさか、父まで入院?】

母が退院する日、父親が腹痛で救急車で運ばれたと妹からありました。

母だけではなく父親も入院するかもしれない

それだけではなく、母は入院している間にトイレに間に合わなくなり

何回も粗相してしまうので、母親から目を離せなくなってしまったのです。

妹は、母親が入院中に甥っ子と交代で仕事を休んでいるし、

母親が退院して家で面倒見切れないし、これ以上仕事は休めない。

そこで、私に救いを求めて連絡してきたというのです。

「おねえちゃん、車椅子でもいいからお母さんの側にいてくれない?」

私は退院まで一週間以上あるし、まだ、自分のお世話することだって

出来る状態ではありません。

妹は、私が女子4人の笑顔の写真を見て、

私の脚は思ったより大丈夫と思ったのかもせれないし、

妹ばかり、大変な思いをしているので、何とかしてもらいたいと

パニックになったのかもしれません。

私もどうすればいいのかわからず、ただただ、うろたえてしまうのでした。

病院へ搬送された父から電話がありました

「だめかもしれない・・・、あーっ 呼ばれたから切るね」 

こちらで話す間もなく、電話が切れてしまいました 

母親の退院日に父親が病院へ運ばれるなんて、

なんでこう重なってしまうのだろう

私も父も、母も病院なので、そんなに電話はかけられません。

自分の足の静養、リハビリに専念するのは出来そうにもありません。

色々考えて、冷静に判断できる甥っ子に、

詳しい状況を聞いてみることにしました

私は実家から1000キロ以上離れているところに住んでいるので、

状況が読めないのですが、私の親と同居している妹と甥っ子なら、 

もっと詳しく話が聞けると思いました。

そして、数時間後、父は容態が安定し、入院しないで、薬を処方され、

母はそのまま、退院になったと連絡がありました。 

(本当に大丈夫なのかな?) 

と確認のために父親に電話したところ 

「病院へ迎えに来てもらって、今、スシローでみんなで食事しているんだ」

と明るい父の声が聞こえてきました。

ホッとしたと同時に

(少し前の父親の連絡は何だったの?) 

と複雑な思いになってしまっていたのでした。

その後、母親のお手洗いの件も、家なら普通に行けることもわかりました。

どうなることかと心配したけれど、

日常生活が出来ることの有難さを身に染みて感じたのでした。

【手術後2週間目のリハビリ】

手術後2週間目のリハビリは、歩行器から杖の移行です。

最初、昼間は杖で歩くようにして、夜のお手洗いは歩行器を使いました。

週の後半は杖のみでリハビリをするようになります。

杖を使って歩くとき、どうしても杖の方に重心が、

かかってしまうのですが、

右足、左足と意識して、かかとから前へ重心移動することがポイントです。

歩行器で左右に重心移動のリハビリをして、

姿勢よく歩く練習をしっかりしていると

スムーズに杖を使って歩行できるようになります。

そうは言っても、傷口はまだ痛いし、腫れている状態なので、

右足は伸ばした状態で歩いていました。

リハビリステーションでは、輪っかを使って足を通す練習

寝ながら足を開いたり、膝の曲げ伸ばしの運動、

膝を曲げて外側へ開く運動を

無理のない範囲で繰りかえし行いました。

動けるようになると便秘薬なしでもスムーズに出るようにもなり

お腹は良くなる一方で

頑張りすぎて炎症反応も出て眠れなくなり、

ゆう眠剤でなんとか朝まで寝ることもありました。

しかし、退院を見据えて、一人でお風呂場に入る練習にすかさず入ります。

浴槽の跨ぎ方を教えてもらい、足先や背中など、一人で洗えるかなど、

チェック項目があり、作業療法士さんの許可がおりたら、

一人用風呂でシャワーを浴びれるようになります。

私は足先まで、どうしても届かなかったのですが、

長いタオルをピタンピタンと足の甲を叩くようにして、

何とか一人で出来ることにしてもらいました。

早く自立したい一心で、体育会系さながらの毎日を送っていたのでした。

【手術後3週間目のリハビリ】

手術後3週間目のリハビリは、退院に向けて、

日常生活が出来るようにトレーニングします。

階段の上り下り、車の乗り降りの練習、冷蔵庫の物を、

取ったりしまったりする練習など

実際にリハビリステーションに設置してありました。

天気の良い日は、病院の周りを理学療法士さんと一緒に散歩します。

廊下や病室を歩くときは、杖なしで歩けるように練習しますが、

最初は歩き方を忘れてしまい、緊張して右手と右足、

左手と左足が一緒に出て、

ギクシャクして歩くこともありました。

右、左、と意識して歩くときに、

理学療法士さんが、手術した右足の桃尻をテンポよく押して、

左右のバランスが崩れないように刺激してくれます。

自分で普通に歩くように意識しているのですが、

右足の筋肉がなかなか動いてくれないのです。

無理をすると、後がきついので、自分のペースで練習することも大切です。

マシーンを使った筋力トレーニングをして、

筋力測定をし、筋力アップも頑張りました。

ラジオ体操はからだに良さそうですが、

90度まで頭を下げないことを注意して

下の物を取るときは、腰から折り曲げて、

それでも届かないときは、膝を伸ばした状態で

クラウチングスタートのようにして屈まなければなりません。

痛くて正座はとても無理なので、

出来れば家はベッドや椅子に座れるようにしていた方がいいと思います。

傷口の痛みと筋肉痛は3週間では治らずに、

痛み止めはずっと飲んでいます。

退院まじかでも、痛みとは、つきあわねばならないなんて

思ってもみませんでした

【退院とその後】

退院日は女子会メンバーと朝にコーヒーとお茶でお揃いTシャツを着て

お別れ会をしました。

年齢が違うメンバーと、出会い、

同じ目的を持って日々過ごせた時間は大事な宝物となりました。

退院の手続きは夫が窓口で行い、

保険の支払いに使用する日付の入った領収書、

手術名が入った診療明細書の確認をし、

更に、会社の届けに使用する診断書が3週間後に

郵送されると話がありました。

飛行機に乗るため、また、病院にかかる時に必要な人工関節手帳は

退院の時に渡されるはずだったのですが、

後日、診断書と一緒に郵送されました。

退院当日は、自分の家なのに前のように身体が動かず、

何回も休憩を挟まなければなりませんでした。

ドライヤーで髪を乾かすだけで、息切れしてしまう状態です

お風呂場の40センチ高さの介護用いすを買っておいて

ホント良かったです。

日常生活に戻るには3ケ月かかると言われていましたが、その通りです

何をするのにも時間がかかり、周1通うリハビリに行くと

理学療法士さんがその時の状況を詳しく話してくれますが、

リハビリに通うときだけではなく、

日常の心がけで随分変わると言われています。

まだ3ヶ月経っていませんが、日によって痛みの強弱があるので、

コンディションによって無理のないように過ごしています。

それから、厚生年金を払っている時に病院へ行っていれば、

厚生年金3級障害年金がもらえる可能性があります。

変形股関節の手術をした日で、診断書を病院で出してもらい、

病歴書と一緒に年金事務所に持っていくのです。

今まで通りに働けなくなってしまったけれど、

自分の身体を見つめ直せましたし

入院しなければ出会えなかった人間関係も出来ました。

今まで健康、体力に自信があった私が、

まさかの事になってしまったけれど

このメッセージがみなさんの参考になって貰えたら幸いに思います


まさかこの私がこんなことになるなんて思ってもみませんでした【入院前】|lapiscrea元労務人事/心身お疲れの人に寄り添いたい


(7)Lapis/悩める人の心に届くメッセージ🌍愛を込めて (@lapiscrearth) | TikTok








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