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渇きの果てに…禁断のコンダクター   第17話


飛行機は滑走路を加速していく。
 

身体に伝わる振動。
 
窓の外の景色が流れていく。
 


機体がふわりと浮いた。
 
大阪の街並みが遠ざかる。
 
ビル群が小さくなり、やがて雲の向こうへ消えていく。
 
 
白い世界が広がった。
 
まゆは窓の外を見つめる。
 
 
‥‥‥怖い…
 
そんな言葉が胸の底へ沈んでいく。
 
 
けれど不思議と恐怖だけではなかった。
 

自分の人生の中で、一度くらい自分の気持ちに正直になってみたい。
 
そんな想いも確かにあった。
 
 
機内で何度も考える。
 
今、自分は何を求めているのだろう。
 

前回のように流されるだけでは終わりたくない。
 
だからといって相手を振り回したいわけでもない。
 
主導権を握りたいわけでもない。
 
 
ただ――
 
自分で選びたい。
 

会うことも。
 
触れられることも。
 
離れることも。
 

全部、自分の意思で決めたい。
 
それだけだった。
 
 
その時。
 
耳の奥で、あのテナーサックスの旋律が静かに鳴った気がした。
 

…甘く。
 
……切なく。
 
けれど以前のような、誘う音ではない。
 
流される音でもない。
 

まるで、
 
「自分で選びなさい」
 
と背中を押してくるような響きだった。
 
 
 
鹿児島空港へ到着する。
 

タクシーへ乗り込んだ。
 
 
窓の外へ目を向けた瞬間、まゆは思わず息を呑んだ。
 
 
広い空。
 
遠くに連なる山並み。
 
そして雄大な桜島。
 
 
大阪では見たことのない景色だった。
 
風景そのものが、ゆったりと呼吸しているように見える。
 
 
――アダムスさんは、こんな場所で暮らしているんだ。
 
その瞬間。
 
彼が急に現実の人間として近づいた。
 
 
スマホの向こうの存在ではない。
 

この空を見て。
 
この風に吹かれて。
 
この空気を吸って。
 
この街で暮らしている一人の男。
 
 
その実感が胸を静かに揺らした。
 
 
ホテル京セラへ到着する。
 
落ち着いたロビー。
 
磨かれた床。
 
静かな空気。
 
 
アダムスは仕事で利用することが多く、知り合いの従業員もいるらしい。
 
だから別々に入室する約束だった。
 
 
まゆは一人でチェックインを済ませる。
 
エレベーターの鏡に映る自分は、少し緊張していた。
 
 
部屋へ入る。
 
ドアが閉まる。
 

途端に静寂が降りた。
 
心臓の音だけがやけに大きい。
 
 

まゆは鏡の前へ立つ。
 

髪を整える。
 
口紅を直す。
 
 
そして、そっとワンピースの裾へ視線を落とした。
 
 
黒いサテン。
 
昨夜、自分で選んだもの。
 
 
誰かを喜ばせるためではない。
 
若さを強調するためでもない。
 
ここへ来ることを決めた自分自身への印だった。
 
 
スマホが震える。
 
画面には短いメッセージ。
 
 
《今、部屋に向かっています》
 
胸が大きく鳴る。
 
 
まゆはゆっくり息を吸った。
 
そして静かに吐く。
 
 
次の瞬間。
 
チャイムが鳴った。

 
 


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