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歴史ぶらり旅:聖徳太子編 第5話|26歳で国を任された男 ― 若き摂政の誕生

593年、日本史を変える決断が下されました。
推古天皇が政治を任せた相手は、わずか26歳の厩戸皇子。後の聖徳太子です。なぜ若い皇子が国政の中心に立ったのでしょうか。そして彼はどのような国を目指したのでしょうか。今回は「若き摂政の誕生」の物語です。


593年。日本史上初の女性天皇、推古天皇が即位しました。

女性天皇、推古天皇

しかし当時の日本には、まだ多くの問題が残されていました。豪族たちはそれぞれ大きな力を持ち、国としてまとまりきれていなかったのです。朝廷の命令よりも、豪族の意向が優先されることも珍しくありませんでした。このままでは、強い国をつくることはできません。

そこで推古天皇は、ある若者に大きな役割を与えます。厩戸皇子です。当時まだ26歳。若き皇子でした。推古天皇は彼を摂政に任命します。摂政とは、天皇を補佐しながら政治を行う役職です。現代で言えば、国の運営を担う最高指導者のような存在でした。

なぜ厩戸皇子が選ばれたのでしょうか。それは彼が皇族であるだけではありません。学問に優れ、政治的な判断力にも優れていたからです。また、蘇我馬子との協力関係も築いていました。当時の日本では、皇族と豪族が協力しなければ国を動かせません。厩戸皇子はその中心となる人物だったのです。

摂政となった彼は、すぐに考え始めました。どうすれば日本はもっと強い国になれるのか。どうすれば人々が争わずに暮らせるのか。

彼が目を向けたのは、海の向こうの大国でした。中国です。当時の中国では、巨大な国家が整った制度によって運営されていました。厩戸皇子は、その仕組みを学ぼうと考えます。そして日本に新しい政治制度を取り入れようとしたのです。

それは、これまでの日本にはなかった大胆な改革でした。身分ではなく能力を重視する制度。人々が守るべき政治のルール。そして世界に向けて開かれた国づくり。後に日本史の教科書に必ず登場する改革が、ここから始まります。

若き摂政となった厩戸皇子。
後の聖徳太子は、いよいよ日本を変える第一歩を踏み出したのです。


次回予告 第6話「冠位十二階 ― 実力で出世する国へ」
家柄ですべてが決まる時代。聖徳太子はそれを変えようとしました。
日本初の本格的な能力主義改革が始まります。


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監督:こう爺
お話とプロンプト:ChatGPT
画像と動画:Flow (Nano Banana 2)
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