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ニーチェ『悲劇の誕生』について(1) ディオニソスとアポロ──ギリシア悲劇を生んだ二つの力


私たちはなぜ、悲劇に心を奪われるのか。
なぜ、破滅へ向かう物語に、深い魅力を感じてしまうのか。

ある日、ニーチェはギリシア悲劇の中に、
“世界の成り立ちそのもの”が姿を現す瞬間を見た。

陶酔と破壊へ向かう力──ディオニソス。
光と秩序を与える力──アポロ。

この二つの力がぶつかり合う場所に、
人間の心を震わせる芸術が生まれる。

『悲劇の誕生』は、その秘密を静かに解き明かす書物である。

この視点を持つと、
悲劇という古い芸術が、
私たち自身の生のあり方と響き合っていることが分かってくる。

葡萄と葡萄酒と酩酊の神であるディオニソスに、ニーチェは根源的な「力」を見出した


書誌情報

『悲劇の誕生』
ニーチェ著/岩波文庫

 



1.ギリシア悲劇とは──“舞台装置”としての世界観


ギリシア悲劇は、紀元前五世紀ごろ、
都市国家アテネを中心に栄えた演劇である。

現存する作品は、
アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデスの“三大悲劇詩人”のみ。

ディオニソス神の祭礼で演じられていたため、
題材は神話伝説が中心で、
高尚で遠大な思想が物語に織り込まれている。

そのため、シェイクスピア劇と並ぶ、
あるいはそれ以上の評価を受ける演劇ジャンルとなっている。

◆ コロスという存在──“観客の心”の代弁者

ギリシア悲劇には、俳優のほかに**コロス(合唱隊)**がいる。

  • 俳優:登場人物を演じ、セリフを語る

  • コロス:物語の行為に対して解説・批判・感情の代弁を行う

この二つが交互に展開されるのが、ギリシア悲劇の基本形式である。

背後に壁がつけられた(音響効果を良くするため)半円形の舞台と、観客のための階段席、の組み合わせが、古代ギリシアの劇場スタイルである


2.本書のテーマ――“悲劇とは何か”をめぐる四つの問い


① ニーチェが考える古代ギリシア悲劇とは何か
② 三大悲劇詩人について
③ ギリシア悲劇の終焉をもたらした思想とは
④ ヨーロッパ(主にドイツ)の現状とワーグナーの楽劇

今回はその前提となる、
**ニーチェの「世界(自然)観」**について述べておきたい。


3.ニーチェの世界(自然)観──“理解できる世界”と“理解できない世界”


ニーチェにとって「自然」とは、そのまま世界のことである。

人間は世界のすべてを理解できない。
理解できるのは、
自分の感覚と知性が秩序づけられる範囲だけである。

たとえば山を歩いていて、
木の種類や小川の水源を理解できたとしても、
その背後にある“さらに深い自然の全体”を知ることはできない。

ニーチェは、
人間は秩序づけ可能な範囲でしか世界を理解できない
と考えている。


この視点は、
「私たちが“世界を理解している”と思う感覚は、
実はごく表層にすぎない」
という静かな気づきをもたらす。


4.「自然」における二つの領域──ディオニソスとアポロ


ニーチェは自然を次の二つに分ける。

■ ディオニソスの領域

人間には分かりきれない、深奥的で根源的な領域。

■ アポロの領域

人間がある程度理解し、秩序づけられる領域。

深遠なディオニソスに比べて、
アポロが表面的に見えるかもしれない。
しかしニーチェは、アポロの要素も同じく重要視している。

ディオニソス的「陶酔」とアポロ的「秩序」の対立が、芸術創造の源泉である


アポロは、光と学芸の側にあり、
美しい“外見”や“型”を与える力である。

ニーチェの見解は明快だ。


芸術の創造には、ディオニソスとアポロ、
どちらの力も必要である。


 次回は、
ディオニソス的な力とアポロ的な力が、
ギリシア悲劇にどのように作用しているのか

について語りたい。


 神話を“世界の説明”として用いる思考は、プルタルコスの宗教観にも通じている。
古代人が自然と神々を重ねて世界を理解しようとした、その思考を扱った記事はこちら。



ニーチェ『悲劇の誕生』を、アポロ的・ディオニュソス的という二つの芸術衝動から読み解く連載です。
ギリシア悲劇の誕生と終焉を、思想史の流れの中で整理します。


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