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【うつ病と生きる】

はじめまして。
私はうつ病歴22年の、りこです。

こんな風に、うつ病を公言する人が、この何年かの間にとっても増えたなぁ、と感じています。
自分が発症したときは、うつ病はまだまだ弱い人間の怠慢だと思われる割合の方がずっと多く(多いと感じていました)公言することは、「自分を非難してください」もしくは「同情してください」と言っているようなものだと、思っていました。

うつ病と言いましたが、私の病気は双極性障害(躁鬱病)II型です。気持ちの上がり下がりがとっても、極端。躁状態の私は、有能感でなんでもできます。やりたいと思ったこと、頭に浮かんだ良いアイディア、なんでも実行に移せます。しかし、鬱転した途端、奈落の底に自分から落ちていくように、なんにもできなくなります。

それが私の病気です。
服薬しながらの生活だけれど、いまだにピッタリ合う薬に出会えず、病院を変えたり、断薬したり、仕事を何年かしなかったり、どうやって病気を治せばいいのだろうと、常に悩んで生きてきました。

生きてきましたと言いますが、うつ病なので、死にたい願望があり、ひととおりの自殺未遂は経験済みです。

なかなか、死なないものです。
とても不謹慎なことを書きますが、ニュースで自殺に至ってしまわれた方の報道を聞くたびに、どうやって死ぬことができたんだろうと、自殺手段に興味を傾けてしまいます。
自分よりも若く、きっと輝かしい未来があったのだろうと思われる方のニュースなど見てしまうと、代われるものなら代わりたいと、悲願するのです。

私は死なない。
死にたいのに、いつも死なない。
生きていたくなんか、ないのに、いつも生かされる。

どうして。

どうしてなのかなんて、分かりません。
そして病気も治ることはありません。
巷にはうつ病を克服されたり、完治されたりする方がいて、なんと素晴らしい、よく向き合われたことで、本当に良かったことだと、同胞の勝利を喜ぶような、不思議な気持ちになります。

でも、同胞だなんて、私はど阿呆なのです。
私は自分の病気を治さない。死にたくなる気持ちもなくならない。だったら私とは一体なんなのかと、発症20年を超えて今、きちんと考えて定義してみてはどうか、と考えたわけです。

それがタイトルの、「うつ病と生きる」こと。
私は病気を治せない。ならばこの厄介極まりない自分のコントロールの効かない感情と共に、生きていこうと思いました。
そう思うのに、22年もかかりました。
長い。

自分の考えを定義づけることとは、決断を公言することかなと、安易に考えた結果、ここに投稿するに至りました。

明日は世の中キラキラ、ウキウキ絶頂のクリスマスです。
うつ病で苦しむ人にとって、とても辛い日です。
どうか私よ、辛くならないで。
辛くなっても、どうぞ感情を乱さないで。
私は祈ります。
一緒に生きよう。今日寝て、明日が来ても、絶望しないで。
明日は今日ではないのだから。



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坂縞理子 毎日思ったことを書き連ね、心の整理をしています。読んでくださるだけで、励みなっています✨感謝の気持ちを込めて🌹ありがとうございます✨