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振られた僕が5年の片思いの末に付き合えた話(3)|妻にフラれてからの自分

フラれたけど付き合えた弁護士です。

明子にフラれてから、5年間に及ぶ片思いが始まった。付き合えるまでの試行錯誤を、これから何回かに分けて書こうと思う。今回は、司法試験の合格発表を経て、司法修習に行くまでの話である。

前回までの記事はこちら。

わかってはいたけれども、僕は、明子にフラれた。

気持ちを整理するために告白をしたのだけれども、結局、何らの整理はつかなかった。

僕の中では、どうしても諦められない気持ちが残っていた。明子との楽しかった時間を思い出しては、もしかしたら付き合えたかもしれない、という希望にすがり続けていた。

5月に司法試験が終わり、合格発表は9月だった。

僕は、この辛い現実から逃げ出したくて、海外に行こうと思った。

お金を貯めるためにバイトを始めた。

あまり人と関わらないで済むと思い、パチンコ屋の警備員をやった。

警備員は、仕事を始める前に簡単な研修を受け、あとはその場に佇んでいればよかった。時給は良かった。けれども、強盗に襲われたら立ち向かうほどには割に合わないとも思った。人とコミュニケーションを取る必要がなく、淡々と終わっていくのが、とても性に合っていた。

他にも、色々なバイトをやった。例えば交通量調査。

道端でパイプ椅子に座って膝の上にカウンターを置き、道行く通行人を数えてゆく。

とにかく人と喋らずに、黙々とカウントをしていればよかった。

単調であるし拘束時間は長いけれども、仕事としては楽だった。給料も良かった。

一度、通行人を数えている僕の前で、高校生の集団が通りかかり、そのうちの一人が周囲にはやし立てられる形で、僕の前で反復横跳びを始めたことがあった。

行き来することで、僕がきちんとカウントするのかを試したのだろう。

高校生の集団は笑い、僕も、カウントをするほどのノリの良さは持ち合わせてはいなかったけれども、なんとなく笑ってしまった。

ひたすら人を数えるという、あまりに単調な作業が続くと、自分が何者なのか、社会でどうありたいか、というアイデンティティから脱している気がした。自分が笑われているという感覚はなく、俯瞰して、交通量調査員としての自分という入れ物が笑われているように思った。

けど、その一件以来、交通量調査はやっていない。

バイトに明け暮れた。でも、単調な仕事ばかりしていたのが良くなかったのか、いつも明子のことを考えていた。

ある程度のお金が貯まった僕は、タイのバンコクに1週間ほど行った。

タイは雨期だった。毎日スコールが降った。

スコールが止んだ後、街中は、下水の臭いの中にも、どこか甘ったるく熟した臭気が漂った。僕は異国にいることを感じた。

どこに行く当てもなく街中を歩き、孤独は街中にあるのだとよく理解できた。孤独になりたくて日本を出たのだけれども、寂しくてたまらなかった。

僕は街に出ることをやめて、日本から持ってきた本を、コイルを直に感じる安宿のベッドの上で読んでいた。

サルトルの「嘔吐」を読んだ。

とても難しく、何度か読んだ。そこで僕は、世界に存在する物事には、あらかじめ決められた意味があるわけではなく、人間はそれに自分で意味を与えることができるのだと、なんとなく理解した。

この考えから出発するのであれば、自分が明子の存在を定義していて、自分で苦しんでいることになる。自分は明子の存在の定義を変えられるはずとも思った。

けど、肝心の定義の変え方がわからなかった。

僕が生まれ持った感性や経験によって、世界を定義しているとすれば、この鬱屈とした陰性の感性からは、そう容易く脱却できるものではないと思った。

僕には、どこか、自分は愛される価値のない人間だという思い込みがあった。

コンビニでアルバイトをしていたときのことを思い出した。レジ打ちの際、肉まんを落としてしまったことがあった。普通であれば廃棄になるところ、店長の指示で、僕が自腹で買い取ることになった。

薄々、自分は店長に好かれていないと感じていた。それが確信に変わった。なぜそんなことを考えていたのかは分からないけれども、僕は、自分には価値がないことの証拠を、過去の記憶の中から探していた。

友達はいた。けれども、自分から彼らを好きになったというより、まずは彼らの反応を見て、僕のことを受け入れてくれそうだと思ってから、僕も心を開いていた。人との関わりにおいて、僕は極めて受動的だった。

武者小路実篤の「友情」も読んだ。

自分はまさに、主人公と同じだと思った。偏屈な思い込みでいて、プライドが高く、勝手に自分の中で相手を理想化して崇め、落ち込んでいる様が自分に通じた。

最終的に主人公が好きだった相手は、主人公の親友と結婚することになるのだけれども、同じように、明子と付き合える気がしなかった。

空港で買った百人一首の解説本も、暇があれば読んでいた。僕の心に残った句があった。

有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

壬生忠岑

男が女のもとを訪れたところ、会ってくれず、とぼとぼと帰っていくときに月の光がとても冷たく見えた、それ以来、暁ほどつらい時間帯はないと思うようになった、という句である。

この作者も、僕と同じように、その女性とは一定の関係があったのだろうと考えた。一度思い描いた女性との未来が実現せず、月が寒々しく見えるというのは、すごく気持ちが分かった。

窓から見える月が、南国なのに寒々しく見えた。

むさ苦しいホテルの部屋で独り過ごし、明子のことは暇さえあれば考え、僕は日に日に打ちひしがれていった。

それでも性欲はあった。ゴーゴーバーに行って遊んでみようと思った。

ポールダンスをする女性を見て、明子に似ている人を探した。自分のことが、うすら寒かった。頼んだビールの気泡が消えるまで、爆音のディスコミュージックが流れる店内に佇み、より孤独を感じた。

店員に促されるまま女性を指名して、ホテルの部屋に帰り、目を瞑り、明子を夢想して果てた。

自分は何をしているのだろうと心底思った。

タイに行って、何か自分が変われるものだと思った。

けれども何も変わっていなかった。むしろ明子への気持ちは募るばかりだった。

よく、旅に出て新たな価値観に触れて自分も感化される、というものがある。僕も新たな自分との出会いを期待して、日本を出た。

けれども旅に行ってもなにも変わらなかった。そこにいるのはいつもの自分だった。

道に仏に遭えば仏を殺せ、という禅語がある。

岡本太郎は、道で会うのは仏ではなく、自分自身であると言った。

僕もそう思った。自分が出会ったのは、徹底して執着心に囚われた醜い自分だった。

結局変わるためには、自分自身が変わるしかなかった。けどどう変わればよいのか、皆目見当がつかなかった。

見た目は変わった。無気力に過ごしていたら、いつの間にか10キロほど増えていた。明子に会わせる顔がないと思った。

司法試験の合格発表があった。

僕も明子も受かっていた。

僕は、明子に連絡しようか迷った。いや、もしかしたら明子から連絡が来るかもしれないと期待した。

何故期待できるのか分からないけれども、一緒にゼミをした仲であるから、過去を清算して連絡をくれると思った。それが僕の思い描く思いやりのある明子だった。

当然、明子は連絡をくれなかった。

僕は、これだけ切磋琢磨をしてきたにもかかわらず、連絡をくれない明子は薄情だと思った。明子も何回か食事を共にしてくれて、その気があるように思わせたという意味で、明子にも責任があると思った。

このような思い込みに行動力が伴えば、世のストーカーになるのだろうと思った。幸いにも僕には行動力がなかった。

合格発表から1週間ほど経った後、僕は明子に連絡をした。

確か、「合格おめでとう~」と送ったと思う。

この一文を考えるのにどれくらいの時間を尽くしたのかと思う。波線に軽い感じ、過去には囚われていない自分を託した。明子は分かるはずはないのだけれども、そこまで文体を考えた。

自分の本音は、明子の合格を祝していなかった。単に、何も気にしていないという度量の広い自分を演出したいだけだった。合格に託けて、明子に連絡をしたいだけだった。

明子からは、3日後くらいに「ありがとう」との淡泊な返事があった。

僕は、何故、こんな返事なのだと思った。僕の理想である、思いやりのある明子はいなかった。もう明子との関係は終わったと思ったし、どうにでもなれと思った。

結局、何も気にしていない自分を演じ、明子によく思われたいという虚栄心から送った連絡だった。そんな僕の思惑など、明子には届かなかった。

司法試験に合格すると、司法修習がある。司法修習とは、1年間、最高裁判所のもとで受ける1年間の実務研修を受ける制度だ。合格者は、自分の希望する派遣先を述べて、裁判所の判断で派遣される。

僕は、明子と違う場所であればどこでもいいと思っていた。希望した中部地方に派遣されることになった。

この頃、僕は夜中に家を抜け出して、音楽を聴きながら散歩をするのが日課だった。この年のプレイリストを見ても、僕は失恋ソングばかり聴いていた。

サザンオールスターズの桑田さんは、本当にいい男だと思った。

あなたがもしもどこかの 遠くへ行きうせても 今までしてくれたことを忘れずにいたいよ

サザンオールスターズ「いとしのエリー」

君がやがて誰かと恋に落ちたら 世界中の誰より幸せになってくれ

サザンオールスターズ「彩~Aja~」

桑田さんのように、自分の関わらない相手の幸せを喜べる男になりたかった。けど自分がそうなれるとは思えなかった。

僕は30年近く、このような卑屈な性格で生きてきたから、性格が固着していた。変わりたいと口では言いつつも、なれる方法がわからなかった。

僕は修習地に派遣された。物理的な距離が離れることで、僕の気持ちも少しは収まることを期待した。

結局、この時点まで、僕は自分の執着に囚われ続けていた。口では変わりたいと言いつつも、具体的な行動をなにも起こさなかった。

けれども、司法修習で読んだ一冊の本をきっかけに、僕はようやく、自分の執着と向き合い始めることになる。

今回はこれくらいにしたいと思う。

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