振られた僕が5年の片思いの末に付き合えた話(2)|妻との出会い、フラれるまで
フラれたけど付き合えた弁護士です。
前回の続きから。
本稿では、彼女、というか今の妻との出会いからフラれるまでを書く(前回の記事は下記)。
本稿の主題は、あくまでフラれた相手との間で、どのように関係性を好転させたかであるから、フラれるまでは少し駆け足で書こうと思う。
妻の名前は明子(仮名)とする。
明子と初めて会ったのは、大学3年生のとき、ゼミの同期だった。
僕が入ったゼミは、教授が司法試験の採点委員をやっていたこともあり、ゼミ生の大半が法曹を目指していた。
僕も明子も、当時から法曹志望だった。
当時の明子の印象について、性格は、思慮深く、落ち着いた印象だった。
その存在自体が、その場を和ませるところがあった。場を盛り上げるわけではないのだけれども、なんとなくみんなが安心して話せた。
容姿は、いわゆる美人だと思う。実際に、ゼミ生の中でも人気があり、何人かが振られていた。
当時、僕は明子のことは意識していなかった。
意識していなかった、というのは語弊がある。
正確には、当時、明子には彼氏がいたし、その外貌や性格から、自分にはおよそ釣り合わないと思っていた。
それに何を隠そう、当時の僕はまだ童貞であった。
そこまで卑屈になる必要はないのかもしれないけれども、童貞という事実は、スーパーマリオのバッタンの背中にあるバツ印のようで(わかりにくくて申し訳ない)、ここを攻撃してくださいと言わんばかりの、一見明らかな欠点だと思っていた。
童貞という事実を指摘されるだけで、とても自分の存在が矮小化されるような感覚があり、常に他人からその点を指摘されることを恐れていた。
一応、僕にも高校時代、彼女がいた。高校2年生の頃に付き合い、大学に入ってすぐに振られた。
振られた理由は、自分の幼稚さにあった。
サークル活動を楽しむ彼女に対して、鬱屈とした感情を抱き、素直に不安な気持ちを伝えればよいものの、素直になれず、かまってもらうために、素っ気ない態度で彼女に対して不満を示した。
彼女は、そんな幼稚な自分に、呆気なく見切りをつけた。
振り返ってみれば、僕はこのときから、好きな人との距離が離れていくと、不安になり、素直になれず、相手の気を引こうとしてしまうところがあった。
そして数年後、僕は明子との関係でも、同じことを繰り返すことになるのであった。
話が少し逸れたけれども、大学時代の明子との関係は、とても希薄で、会ったら話すくらいの関係性だった。
僕と明子は、たまたま同じロースクールに進んだ。
明子はとても優秀な子である一方、僕は取り立てて優秀ではない。
ただ、僕の唯一の取り柄はコツコツ続けることだった。
大学2年生以降はほとんど勉強だけを続け、その積み重ねで合格することができた。
ロースクールは2年制である。
1学年時は、僕と明子の関係性に、特段の変化はなかった。
僕は、コツコツと予習と復習をして過ごす、単調な日々を送っていた。
明子とはすれ違えば挨拶を交わすくらいの関係性であった。
ロースクールの2学年時、ここから徐々に明子との関係性に変化があった。
僕は、2学年の前期、初めて明子と同じクラスになった。教授に指定された席もたまたま隣だった。
加えて、司法試験の選択科目も同じだったから、授業もよく被るようになった。
そのようなこともあって、明子とよく話すようになった。
この時点で、明子と知り合ってから4年目が経過していた。関係は希薄だったけれども、長い時間を共有してきたというものがそうさせたのか、親密さを感じるようになった。
もっとも当時の僕はまだ、明子と話すのは少しぎこちなかった。
どうしても自分を取り繕う自分がいた。好意はないけれども美人によく思われたいという童貞の下心が手伝い、同性と話すように振る舞うことができなかった。
それでも、日に日に明子との関係性が深まった。
司法試験受験生は同じくらいの成績の人とゼミを組んでやるのだけれども、明子も含んだ四人組で司法試験対策ゼミを組むことになった。
試験が近づくにつれて、否応なしに緊張感が高まってくる。
そのような中で明子と話す時間は、いつしか心の拠り所になっていった。
大学時代は、とても僕が近づける存在ではないように思えたのだけれども、接する機会が増すにつれて、身近な存在に感じるようになり、いつしか手が届くような存在に思えてきた。
恋愛の初期、相手の良いところしか見えない。
もちろん人間なのだから欠点もあるのだけれども、物事には二面性があることを奇貨として、欠点も魅力に解釈をする。
気が付けば、僕は、明子にとても惹かれてしまっていた。
3年の前期授業が終わり、夏休みに入った頃、僕は意を決して明子をデートに誘った。
特にデートを意識して誘ったわけではなく、ご飯を食べようと誘った。
意外にも明子はすんなりと了解をしてくれた。
当日、それが初めての明子との二人きりの食事で、とても緊張はしたのだけれども、すぐに慣れて、会話はとても弾んだ。
その場の空気を壊したくなくて、催した尿意を我慢してしまうくらい、一瞬一瞬を逃すまいと過ごした。
少し暑さが落ち着いた夜道を、アルコールの酔いを纏いながら、歩く心地よさ。
今でもあの日のあの感覚は、鮮明に覚えている。
それから、司法試験の直前期に至るまで、僕は明子と数回の食事をした。
僕の中では、明子との関係性について、相当自信を持つに至っていた。
一般論でいう、3回デートすれば、告白は成功するというやつだ。
今思えば、童貞の浅知恵と言われればそのとおりなのだが、当時の僕は食事の回数という形式的な指標に頼り、これだけ2人でご飯に行けているのだから、明子も自分を好いてくれているだろうと信じていた。
次第に僕は、明子に対して、好意を隠さないようになっていた。
といっても直接的に好意を伝えるわけではなく、少し好意を匂わせるようなことをしたり、とにかく遠慮がなくなっていた。
そんな曖昧な態度に終始している中で、明子の僕に対する態度にも変化が生じた。
次第にご飯を誘っても断られるようになったのだ。
最初は、明子との予定が合わないくらいに思っていたものの、それとなく断られることが続いて、明子が明らかに二人での食事を避けていることがわかった。
今振り返ると、明子は、僕と友達として食事に行っていたにもかかわらず、僕の方の好意に気が付き、僕から意図的に距離を置いていたのだと思う。
ただ当時の僕は、このことに気が付く余裕がなかった。
というのも僕の中では、明子との関係性に関して、手ごたえがあった。
それにもかかわらず、時期を逸したことによって、明子の気持ちが離れていっているのだと思い、とても焦った。
ここで僕が学んだ恋愛のルールというものがある。
逃げる者を追ってはいけない、というものだ。
追われている側からすれば、追う側の人間は、余裕のない弱者にしか見えない。
恋愛というものが対等又は尊敬できる相手に情を抱くものであるのだから、自分より立場が弱い相手をどうして好きになり得よう。
当たり前のことに思えて、当時の僕は気づく余裕さえなかった。
追う行為がどれほど自分の価値を下げるのか、気が付くこともできず、必死に元の関係を取り戻そうとした。
僕は明子の態度に一喜一憂するようになった。
明子から食事を断られれば、虚しさでいっぱいになるし、たまたまロースクールで話して明子の笑顔でも見られたのであればその日は幸福にいられた。
明子と会うことができないか、明子の自習場所に用もないのに行ったりして、挨拶ができただけでも嬉しくなっていた。
明子がいない場所でも明子の話題が出れば、それだけで嬉しくなっていた。
司法試験が終わった。
明子を含んだゼミの仲間四名で打ち上げをした。その日は、四人で楽しく話すことはできた。
この頃の自分は、客観性を極めて欠いていた。
久しぶりに、明子と時間を過ごすことができて、明子も楽しそうだった。
明子が素っ気なかったのは、司法試験前で緊張もあって、勉強に集中したかったからだ。食事には何度も断られたけれども、もう一度誘えば、僕の真摯な気持ちも届いて、明子も誘いに乗ってくれるかもしれない、などと考えていた。
僕は明子を二人だけの食事に誘った。
けれども、再び、明子からは体よく断られてしまった。
僕はどうしようもなくなっていた。
気が付けば明子と二人で食事に行けなくなってから半年以上が過ぎていた。
この頃の僕は、猜疑心に支配されていた。
明子に新しい彼氏ができたのだと思った。
それとなく、周囲の同級生に明子の動向を探ってみたりした。
明子が見知らぬ男と話しているのであれば嫉妬にかられ、関係性を疑った。
何か楽しそうに話していようものなら、明子を蔑んで、自分の心の安寧を保とうとした。
極めつけは、なんら証拠もないのに、明子に合いそうな同級生、合いそうというのは雰囲気だったり、容姿の釣り合いの取れている相手がいれば、もしかしたら何らかの関係性があるのではないかと疑った。
その同級生のSNSに明子の痕跡がないか、必死になって探していた。
最終的に、僕は、自分が楽になるため、諦めるために、明子に告白をしようと思った。
なんて独りよがりかつ身勝手な理由かと思うけれども、一度手中に収まりかけた関係をまざまざと逃したという後悔、そして現状の関係性が見えない状況が辛く、告白をして楽になろうと思った。
当然だけれども、僕は明子にフラれた。
明子からは、「付き合う気はないし、友達として見れない、」と言われて、はっきりと断られた。
僕は、フラれたことによって、自分の中で一つの区切りがついたと思った。
これで明子との関係性に終止符を打って、苦しい片思いの呪縛から逃れられると思った。
けれども現実は違った。
僕の中ではどうしても複数回は食事をしたという事実が頭に残っていた。
タイミングを誤らず、適切に告白をすれば付き合えていた可能性を感じていた。
5年後に付き合った後に、当時の心境を明子に確認したところ、明子は当時、付き合う気持ちは一切なかったらしい。なんて惨めな思い込みなのだろう。
結局、フラれたけれども明子への想いが消えることはなかった。
ここから僕の長く苦しい生活が始まった。
今日はここまでにしたいと思う。
