恐れ回避型から安定型へ──戦場ヶ原ひたぎに学ぶ、愛着スタイルの変化(後編)
前回の記事では、戦場ヶ原ひたぎというキャラクターの愛着スタイルに注目し、当初の彼女が「恐れ回避型」であることを明かした。
今回は、彼女が物語内でその後どのようにして、恐れ回避型から安定型へと変わっていったのか、その変遷を共に見ていこう。
▼前半はこちら
恐れ回避型から安定型へ変わるためには、途中で不安型のような心理状況になることが自然であり、戦場ヶ原ひたぎも例外ではない。
不安型の「見捨てられるのが怖い」という感情と、回避型の「人を遠ざけたい」という感情を併せ持つのが恐れ回避型だ。
回避型とは異なり、恐れ回避型は「本当は人に頼ってみたい」という思いを強く持っているからこそ、ただの回避型と比較すると、安定型に変わる素質を持っている。
なので、信用できる人が現れると、「この人なら信じてみてもいいかもしれない」という思いを感じることが増え、徐々にではあるが、回避傾向が減るのだ。
そうするとどうなるか。
そう、不安型の要素が強く顕現しやすくなる。
以前までは回避型の感情により抑えられていた「一人になるのが怖い」という感情が、ここぞとばかりに前に出てこようとする。
それが、戦場ヶ原ひたぎの作中の発言からも見て取れる。
まずは、物語シリーズの時間軸では夏休みにあたる「偽物語編」からセリフをピックアップして分解していく。
夏休みの間、主人公の阿良々木暦は、学年上位の成績を有する戦場ヶ原ひたぎと、もう一人のヒロイン羽川翼に、自宅で勉強を見てもらう日々を過ごしていた。
ある日、羽川が急用により勉強を見ることができず、阿良々木は一日予定が空いたため、ほかの友人たちと遊ぶことにした。
その帰りに、町をふらふらしている姿を戦場ヶ原に見つかった時のセリフである。
「所詮あなたは口だけの男ということね」
(「偽物語」かれんビー第三話より抜粋)
自分の恋人が受験生だというのに町をふらついているのを見つけたら、愕然とする気持ちはわからないでもないが、それにしても随分な言いようである。
羽川の指導から逃げ、こんなとこでフラフラしてるなんて信じられない、という思いは分からないでもないが、一方的な解釈をしている。
ではなぜ、彼女はこんな強気な発言をしたのだろうか。
レイヤー分析をしていこう。
感情レイヤー
「失望」「いらいら」「悲しい」
↓
思考レイヤ―
「勉強を勝手にさぼったに違いない」
↓
記憶レイヤ―
「過去に詐欺師に騙された」「詐欺師を好きになってしまった」
↓
社会背景レイヤー
「受験生なら一生懸命勉強すべき」
↓
無意識レイヤー
「また愛した人に裏切られた」「私は愛される価値がない存在」
感情レイヤーから思考レイヤ―の部分までは、その場の発言からも理解できると思うが、その奥の感情の層を探っていくと、彼女には詐欺師を好きになり騙された過去がある。
化物語編で重し蟹の怪異を祓うことには成功しているが、だからといって過去の苦い記憶は消えない。
つまり、その過去から彼女は「自分は愛した人に騙される」という強い刷り込みを持っていることが推測できる。
なので、阿良々木を強く断罪するような言い回しになったのは、阿良々木の行動に怒っているというよりは、懲りずにまた人を信じた自分に怒っているのだ。
阿良々木のことを信じてみようと思った、けれどまた私は裏切られた。
何度失敗すれば自分は学ぶんだ。これ以上傷つくのはごめんだ。早くこの場から離れたい….。そんなふうに無意識に考えたのだと思う。
例のごとく、物語シリーズは軽い調子で話が進むため、そこまでシリアスなシーンとは捉えられないかもしれない。しかし彼女の性格を考えると、このような強い感情の揺れがあったとしても、敢えてクールにふるまっていただけと思う方が自然だ。
自分の存在にも、人を見る目にも自信がない。だから相手に裏切られる前提で関わっている。
彼女の恋愛に対しての姿勢がはっきりと見て取れるシーンだった。
更なるセリフのピックアップはここでは行わないが、この時期の彼女は、「裏切りや浮気は許さない」という趣旨の発言がとても多い。
人間関係を脆いものだと考えていた彼女が、不安型から安定型に最終的に変わっていけたのは、どんなに強く責められても、わがままを言われても、真正面からいつも受け止めてくれる阿良々木の存在があったからだ。
戦場ヶ原にとっての阿良々木は、心理学用語でいうところの安全基地である。
安全基地とは、上記の説明の通り、どんな時でもありのままの自分を受け止めてくれる存在のことを指す。
「自分は親から適切な距離感でいつも見守られており、存在を受けいれられている」と感じて幼少期を過ごした子供は、大人になったときの愛着スタイルが安定型になりやすい。
つまり親が安全基地として、家庭内でしっかり機能しているということだ。
それ以外のパターンの場合、例えば親が子供に過干渉な場合は回避型、気分のムラがあって構われたり放置されたりと安定感がない場合は不安型、親の地雷スイッチが分かりづらく、なにをしたら怒られるのか分からない不安定な家庭環境で過ごすと恐れ回避型になりやすい。
もちろん家庭環境外のトラウマ由来で愛着スタイルが変わることもあり、上記の例はあくまでも一例だ。
戦場ヶ原の場合は、まさに家庭環境とトラウマ由来のものだと考えられる。
中学生時代は明るい生徒だったということなので、元は安定型と仮定する。
母親が新興宗教にハマっていくにつれ、親が自分を見てくれないという感情に苛まれることが増えていったのだろう。
この時点では不安型傾向が出ていたかもしれない。
しかしその後、母親を救うために助けを求めた相手によって、一家は崩壊してしまった。しかも、その人を好きになってしまっていたのに。
このような経験を重ねれば、「人は裏切るもの、頼れるのは自分だけ」と考えるようになるのは自然だ。
しかし、回避傾向が強くなったとしても、元々持っていた誰かに愛されたい気持ちが自然となくなるわけではない。ただ抑圧されるだけである。
こういったアンビバレントな感情は、とてもリアルで、多かれ少なかれ、多くの人の心の中にある。
誰かに恋をしたとき、「近づきたいけど拒絶されたら怖い」という理由で距離を詰められなかったことはないだろうか。
こういうときに、何も考えずにどんどんアタックできて、振られてもなんとも思わないタイプの人もごく少数ながらいることにはいるが、人間らしさはあまり感じられない。
不安型や回避型の傾向が極端に少ないスーパー安定型ということになり、悩みが少なそうな点においては羨ましくも思うが、実は多くの人に受け入れられやすいのは、ちょっと不安になりやすいタイプの人だ。
自分の中に不安があるからこそ、行動をする前に、自分の振る舞いを「これでいいのかな?」と一度検証することができる。相手との距離感を見誤らずに済む。
不安は、うまく乗りこなしさえすれば、あなたの人生の精度を高めてくれるブースターになるのだ。
少し脱線してしまったが、愛着スタイルを安定型に寄せていくためには、安全基地の存在が重要であること、そして安定型を目指す上で不安をゼロにする必要はなく、全く不安を感じない人は、逆に人間関係が築きづらくなるリスクがあるということをポイントとしておさえてほしい。
阿良々木が戦場ヶ原からの無理難題にも屈しず、安定感のある存在として隣に居続けたことで、物語シリーズの後半に差し掛かるころには、彼女は安定型に変わっている。
それでは最後に、彼女が安定型に変わった時期に発したセリフを見ていこう。
阿良々木から「僕より条件のいいやつが告白してきたらどうする?」と尋ねられたシーンの返答を抜粋した。
「その時は100%乗り換えると思う」
(「終物語」しのぶメイル 第六話より抜粋)
自分に当てはめたとき、本音ではこう思う人が多いのではないかと思う一方、彼氏から質問されて同じように即答できる女性は、果たしてどれだけいるだろうか。
ではこちらの発言もレイヤー分析をしていこう。
感情レイヤー
「冷静」「穏やか」「確信」
↓
思考レイヤ―
「いい男と付き合いたい」
↓
記憶レイヤ―
「阿良々木君は自分を裏切らず、傍に居続けてくれた」
「愛し合っていたはずの自分の両親は離婚した」
↓
社会背景レイヤー
なし(理由は後述)
↓
無意識レイヤー
「私は愛される価値がある」「私は自分の選択を信じられる」
さて、レイヤーに掘り下げてみると、一部のレイヤーがなかったり、そう反した感情が眠ったりしていることに気づいただろうか。
まず、記憶レイヤーを見てもらうと、阿良々木が傍に居続けてくれた記憶があり、この経験から彼女の無意識に「自分は愛されるに値する存在」という感情が根付いた。
そして、その感情が育つのと同時に、安全基地と呼べる存在と一緒にいることを選んだ自分の選択そのものへの信頼も生まれ、それが自己肯定感にもつながっている。
だから、彼女は自分の選択を信じられるようになった。
安全基地がいなくても、安定型になれないわけではないが、それでも信じられる存在がいることは、愛着スタイルの改善には優位に役に立つ。
物語シリーズの初頭に出てくる忍野メメは、「人は勝手に一人で助かるだけ」なんて言葉を好んでいたが、それでも介入してくれる誰かがいるから、人は結果的に勝手に助かるのだ。
また、記憶レイヤーにはもうひとつ、彼女の両親の離婚経験がある。
愛し合っていた者同士だってうまくいかなくなることがあると、彼女は身をもって知っている。
そういった経験の結果として、自分自身が阿良々木よりいい男に出会ったとき「100%乗り換えると思う」というシビアな現実を受け入れることができる。
安定型でいることは、パートナーに対して盲目的な状態でいることではないのだ。
相手がどんな存在であろうと、自分の価値は揺るがない。けれど、大事な自分を傷つけてくるなら、離れることだってできる。
傷つけてこなくても、もっと惹かれる人が出てきたときに、ほかの人を選ぶ自由も、いまの人を選ぶ自由もある。
どっちを選択することになってもいい。
ただ、その選択は自分でする。他人の顔色を窺わずに、自分がどうしたいかで決められる。
不安型が、すぐに別の誰かを好きになるメカニズムとは全然違う。
付き合っている人をすぐに冷めた目で見始めて、もっといい人がいるかも、とアンテナを張りながら過ごしているのが不安型なら、安定型は一人でも十分に幸せで、その上でもっと幸せになれるから、パートナーを選んでいる。
自分の選択にも自信があるので、パートナーへの評価を簡単に覆さない。
自由な状態のままで、パートナーのことを特別だと信じられる。だから一緒にいる。
そういう心の状態に、戦場ヶ原はたどり着いた。
そして、社会背景レイヤーにも触れておこう。
ここは社会通念や親や周囲からの期待など、その人が感じている「外部からの圧」が反映される個所だ。
今回、このレイヤーにはなにもあてはまるものがなかった。
実は、安定型のセリフ分析をすると、社会背景レイヤーにはあまり書くことがなくなってくる。
なぜなら、安定型は世間の空気や一般的な価値観よりも、自分の選択を信じられる自分軸のある状態だ。
社会の圧や同調圧力に縛られず、自分の思考を信頼できている状態だから、他人の考えに支配されていない。
この点からも、戦場ヶ原が自分を取り戻し、自分の足で立てるようになったことが分かる。
このようにして、戦場ヶ原ひたぎは、過去を打ち破り安定した自己を確立した。
最初はパートナーに依存し、自分の存在価値を他者に求めていた彼女は、やがて自分自身が安全基地となり、パートナーを支える存在へと変化していった。
作中で描かれた彼女の心の変遷は、非常にリアリティがあり、現実世界でも起こりうることだ。
人の思考プロセスや感じ方が、表面的なものではなく、しかも経験と共に変わっていくことを理解してもらえたら、とても嬉しい。
なぜなら、こうやって人の言葉や自分の言葉を掘り下げていくことで、自分の本音と他者の本音の中にある、やさしい交わりを見つけ出すことができると信じているからだ。
愛着スタイルへの理解だけでなく、人という生き物の奥深さを、共に感じる経験を提供したかった。
もしそれがすこしでも届いたなら、この記事を書いて私は本当に良かったと思う。
