恐れ回避型から安定型へ──戦場ヶ原ひたぎに学ぶ、愛着スタイルの変化(前編)
私は、化物語というアニメが好きだ。
このアニメは、2009年に放映された作品で、いまから16年前のものになるが、いまでも根強いファンが多い。
いわゆる普通のアニメのような王道展開がなく、主人公がヒロインにボコられたり、愚弄されたり、何度も死にかける。
ハーレムものと思わせといて、その実、人の心の救済をテーマにしており、視聴者は無意識に内省を促されてしまう。
内容としては非常にヘビーであるのに、キャラクターたちのコミカルなセリフ回しでするすると視聴でき、キャラクターの心情を反映した演出も見ごたえがあって面白い。
私は、自分自身や人の心理構造の分析をするのが趣味なのだが、
アニメ作品に出てくるキャラクターの心理分析をnoteで連載してみることにした。
物語シリーズは人の心情を精緻に描いており、しかもキャラクターが作品内で実在の人物のように、リアルに即した形で精神的成長をしている。
なので、連載の一本目は、化物語がベストだろうと考えた。
単純に私が一番好きなアニメなので、熱を入れやすいという側面も付け加えておく。
メインキャラクターはどの人物もとても魅力的なのだが、まずは愛着スタイルの変遷が非常に美しい「戦場ヶ原ひたぎ」をピックアップして分析していく。
愛着スタイル理論とは?
愛着スタイルとは、人間関係におけるコミュニケーション方法の傾向を四区分に分けたものだ。
特に親しい人との間柄で発現しやすく、幼少期の環境にかなり影響をうけると言われている。
一般的には、一つの型に全振りというよりは、それぞれの型の傾向を70%、20%、5%、5%といった形でグラデーション的に保持していることが多く、その時の精神状況によっても多少の変動はある。
とはいえ、よほど意識的に変えようとしない限りは、このグラデーションも大幅に変化していくことはない。
どの型を強く持っているかによって、生きやすさがかなり変わってくるため、自分の傾向を知っておくと、客観的に自分の行動を内省し、改善していく上で役に立つ。
愛着スタイルには、安定型、不安型、回避型、恐れ回避型、の4種類がある。
安定型
人と適切な距離を保って関われる。自己開示がうまく、人のことをむやみに疑ったり、試したりすることなく、誠実に信頼関係を築くことができる。短命恋愛が少ない。
不安型
見捨てられ不安が強く、親しい人とはべったり関わることを好む。人を好きになりやすい。一途に見えるが、人に幻滅しやすく、熱しやすく冷めやすい。恋愛経験は多いが短命に終わりやすい。
回避型
人に頼ることが苦手で、頼られるのも苦手。人のことは好きになるが、一定の距離を保つことを好み、近づきすぎると距離を取りたくなる。恋愛経験は多いか全くないかで割れやすい。
恐れ回避型
不安型と回避型のミックスで、一番生きづらさを抱える。人に近づき頼りたい気持ちと、裏切られたくない気持ちをそう反して持ち、自己開示することが困難。相手の言動を曲解しがち。恋愛経験は回避型同様、多いか全くないかで割れやすいが、基本短命。
この4種類で分けたとき、当初の戦場ヶ原ひたぎは、恐れ回避型のキャラクターと想定できる。
しかし、作品が展開するにつれ、恐れ回避型→不安型→安定型と変化していった。
これは実際の愛着スタイルの変遷にも当てはまるリアルな例で、西尾維新の人間心理の洞察の深さには脱帽する。
恐れ回避型の心理分析
ではここからは、物語シリーズに出てくる具体的なセリフを参考にしながら、彼女の心理を共に分析していこう。
化物語では、人の心に住まう「怪異」にキャラクターたちが出会うことをきっかけとして、
自分自身のトラウマとどのように折り合いをつけ、成長してくのかを切り取っている。
戦場ヶ原ひたぎのトラウマは、大まかにいうとPTSDだ。
幼少期に母親が新興宗教にはまってしまい、宗教団体のお偉いさんに言われるがまま、娘を差し出そうとして性暴力の被害に遭わされかけ、家庭崩壊した。
しかも、その母親を救うために外部の人に頼った結果、詐欺師に騙されて終わる、というなかなかにハードモードな背景がある。
作品内では、PTSDなどの具体的な病名が使われることはないが、
心理学の知識がある人間が見れば、明らかにテーマとして描かれていることが見て取れる。
過去の記憶に付随する恐怖や虚しさ、今はいない母親への寂しさといった感情を自分から切り離した結果、その思いを具現化した形として描かれたのが、彼女が出会った蟹の怪異の「おもし蟹」ということだ。
こういった背景があることから、彼女は「人は自分をだまし、傷つけるもの」という無意識の刷り込みをもってしまった。
それでは彼女が恐れ回避型の愛着スタイルを持っていることが見て取れるセリフを抜粋して説明していく。
「わたしが欲しいのは、沈黙と無関心」
(「化物語」第一話より抜粋)
これは、主人公の阿良々木暦が、彼女が怪異に悩んでいることに気づき、接触を試みたときに、彼女が言い放った言葉だ。
口の中にホッチキスを突っ込んだ状態で、これ以上近づくな、という強い牽制の姿勢を示しながら。
なぜこのセリフがでたのか、心理状態を構造分析してみよう。
分析には、私が考案した心理分析メソッド「レイヤーゲーム」を用いる。
感覚的にわかるとは思うが、わかりづらい箇所があったり、深く理解したいと思ったりした方は、こちらの記事を読んでみてほしい。
感情レイヤー
「怒り」「心のざわつき」
↓
思考レイヤ―
「私に近づくな」
↓
記憶レイヤ―
「家庭が崩壊した」「詐欺師に騙された」「性被害に遭いかけた」
↓
社会背景レイヤー
「お母さんが騙されていなくなった」
↓
無意識レイヤー
「人と関わるのが怖い」「信じて裏切られて、もう傷つきたくない」
レイヤーごとに彼女の心理を分析してみた。
本人が自覚しているのは感情~思考レイヤーの表層的な部分までになるが、怒りの感情が強く、とにかく自分に近づかないでほしいと思っている。
しかしその感情をさらに掘り下げてみると、その感情の背景には、過去にさんざん多くの大人に騙され、大事な家族を失った経験があり、
「親密な人間関係を作るのが怖い」という感情をもとにした防衛本能による行動だと読み取れる。
この行動だけでは、他人を拒絶する回避型のようにも見えるのだが、阿良々木がこの拒絶に負けず、「助けになりたい」と彼女に近寄ったことで、彼女は阿良々木と行動を共にするようになる。
次は、阿良々木に怪異退治の助けを正式に依頼することになり、戦場ヶ原の家で、祓いにいくための準備をしているシーンに移ろう。
「体を清めてこい」という指示に従って、浴室で体を洗った後、戦場ヶ原は阿良々木の前になぜか全裸のまま現れる。
狼狽する阿良々木に対して、彼女が言ったセリフがこれだ。
「ちょっとは喜びなさいよ」
(「化物語」第二話より抜粋)
アニメ内でもギャグっぽいテンションで描かれているので、特にひっかかりなく、変わったヒロインだな、くらいでスルーされてしまいそうなシーンではあるが、深く分析すると、ここから彼女がただの回避型ではないことが読み取れる。
レイヤー分析をするとこうなる。
感情レイヤー
「いらつき」「寂しさ」
↓
思考レイヤ―
「もっと喜んだり褒めたりしてほしい」
↓
記憶レイヤ―
「陸上部でスターだった」「性被害に遭いかけた」
↓
社会背景レイヤー
「男は女の体に興味があるもの」
↓
無意識レイヤー
「手は出されたくないけど、私に興味をもってほしい」「あなたに近づいていいのか知りたい」
表層的なレイヤーの部分だけ見ると、せっかく裸体を見せたのにも関わらず、反応の悪い阿良々木にいらついているだけかのように思われる。
しかしその背景には、過去に学内でちやほやされる存在だったことや、性被害ではあるが男から興味を持たれた過去が複雑に絡み合い、
女として価値のある自分を信じておりそれを釣り餌にしながらも、過去のトラウマから実際に手を出されるのは怖い、というそう反した無意識の感情を抱えていたことがわかる。
これが、彼女のなかにある、人に近づきたいのに距離がほしいアンビバレントな感情を示す手がかりとなった。
恐れ回避型は自己開示をするのが苦手だが、信頼できる人であるかテストするために、気持ちの共有よりも先に体のコンタクトをとろうとするケースがある。
程度は人それぞれだが、距離を詰めて拒絶されなければ、次は気持ちを開示してみる、という形で関わろうとする。
彼らにとっては、心を開示することは裸になることよりも恥ずかしく、怖い。
性的に奔放なわけではなく、心理的安全性を保つための自己防衛戦略なのだ。
誰かを信じることが怖いと感じていた彼女にとって、「裏切らない人」として行動する阿良々木は、
とてもまぶしく、怖さを孕みながらも、ようやく自分から関係を構築したいと思える存在だった。
自分の恐れのなかにある「人に愛されたい」という思いに目を向けることができたことで、本当の安心を探していくことになる。
次回の後編では、彼女が阿良々木と付き合いを始めたことによって、
「恐れ回避型」から「不安型」、そして「安定型」へと移っていった変遷をより深く見ていこうと思う。
