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アダム・グラントに会いに行く(第3回)それは「飛び込み台」の恐怖から始まった

連載をお読みいただきありがとうございます。今回も稀代の組織心理学者、アダム・グラントの実像に迫っていきたいと思う。
さて、みなさんの中で、アダム・グラントの講演をyoutube等でご覧になった方はいるだろうか。会場はいつも笑いに包まれている。冗談がとても好きな人なのだ。印象に残っている動画を1つ紹介しよう。「The surprising habits of original thinkers(オリジナルな発想をする人たちが持つ驚きの習慣)TED」だ。2分13秒あたりをご覧いただきたい。

ここでは、アダムが子供のころ、任天堂のゲームを夢中になってプレイしていたと語っている。彼は毎朝5時に起きてゲームを始め、ゲームを完全にマスターするまで決して中断しなかった。あまりの熱中ぶりに、ついには地元の新聞が取材に訪れ「任天堂のもたらした闇 (the dark side of Nintendo)」というタイトルの記事を掲載するほどだったという。会場のスクリーンにはその新聞記事の写真が投影され、爆笑の渦に包まれている。

ゲーム中毒だったころのアダム・グラント「歯がはえた代わりに髪の毛を失った」とジョーク

子供のころのエピソードや、若い頃の失敗談は、聴衆との距離を縮める。天才学者が身近になる瞬間だ。聞けば、アダムはよく自分の失敗談を講演で話すという。
連載第2回でも触れたが、私は研究者の「自己開示」に強い興味をもつ。なかでも研究のきっかけになったエピソードは、どうしても知りたくなる。その多くは、誰かとの出会いや個人的な事件が背景にあるからだ。
アダム・グラントは、いつごろ、どのような理由で組織心理学の世界に興味をもったのだろうか。

アダム・グラントは1981年8月13日にミシガン州ウェストブルームフィールドに生まれた。父親は弁護士、母親は教師だった。デトロイト郊外で育ち、若い頃はプロのバスケットボール選手を夢見ていたという。同時にスプリングボード飛込競技にも情熱を注いでいた。1日4~8時間の猛練習で、1999年の高校時代にはオールアメリカンに選出されるほどだった。
 

飛び込みを始めたのは14歳のころ。猛練習の日々で、彼がものすごい努力家だったことがわかる


ところが、大学に入ると、彼は大きな壁にぶつかる。より高い飛び込み台から難度の高い技に挑戦しようとした。しかし、アダムはそのころ「ツイスト病」と呼ばれる症状に苦しんでいたのだ。何が上下、逆さまなのか全く分からなくなり、体が脳の指示通りに動かせない。
アダムは飛び込み台の縁に立ちながら、「コントロールを失うことへの恐怖に襲われた。恐怖で体が麻痺したように動かなくなってしまうのだ。彼にとっては、重力と戦うことよりも自身の内なる声、つまり「自分のマインド」と戦うことの方がはるかに困難だった。
大学には生まれつきの才能に恵まれた選手たちが大勢いた。「全く歯が立たない」と感じる日々。彼は自問自答する。「本当にこのスポーツは自分が生涯をかけるものなのか?」 。
 

そんな彼の内面の葛藤を見抜いたコーチがいた。このコーチは、技術的な指導だけでなく、アダムの「恐怖」という心の問題に深く切り込んだ。
ある日、飛込台の端で震えるアダムに、コーチは静かに語りかけた。
「アダム、君は何を恐れているんだい?このままでは君の才能が、君自身の心によって閉じ込められてしまう」
アダムはうつむきながら答えた。
「コントロールを失うのが怖いんです。体が、僕の思い通りに動かない。それが、本当に不安で…」
コーチは微笑みながら言った。
「そうか。君の心が本当にコントロールを失っているのは、一体いつからだろう?もしかしたら、その恐怖そのものに、君がコントロールされているのではないか?
 
このコーチの名は、エリック・ベストという。単なる技術指導者以上の存在だった。練習がひどい結果に終わったあと、アダムが自己嫌悪に陥り、「ダイバーとして何の価値もない」と感じていた時、エリックは「今日は自分を良くできたか?」「今日は誰かを良くできたか?」と質問し、成果だけでなく内面の成長や貢献に焦点を当てることで、ネガティブな経験を再構築する手助けをした。これは、心の問題に深く切り込み、再構築を促す賢明な指導と言える。また、コーチはアダム氏が自分自身に見出す以上の「潜在能力を見抜き、彼に火をつけた」という。
 
それからしばらくして、アダムは自ら選手としての競技生活に終止符を打つ。大学1年生の時である。そしてコーチに転身することになる。
なぜ彼は選手をやめたのか。その理由については、インタビュー資料等では明確にされていない。しかし、やはりコーチであるエリックの存在が大きいと思われる。エリックは、アダムの恐怖を乗り越えるのを助けようとしたと同時に、「生まれつきの才能(または優雅さ)よりも勤勉さが重要である」ということを彼に教えてくれたという。このコーチの助言は、グラントが「飛込台の端から自身の思い込みを考え直す」ことを学ぶきっかけとなった。これは、後に彼の主要な著書の一つである『THINK AGAIN(常に考え直すことの力)』の核となるテーマに直結している。

では、このあとアダム・グラントがどのようにして組織心理学の道に進み、どんなテーマに関心をもつようになったのか、そして28歳という異例のスピードで終身教授になったのか、次回はそれをお伝えしたい。

【参考資料】

Adam Grant: Harness Original Thinking and Honestly Evaluate Career Choices / Adam Grant | Leaders.com / How to Unlock Your Potential, Motivation & Unique Abilities | Dr. Adam Grant




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