断夫山古墳は宮簀媛の古墳なの?
おはようございます。スクニャビコニャです。
熱田神宮の近くにある
断夫山古墳なのですが
熱田神宮公園の敷地内にあり熱田神宮を創建した宮簀媛の古墳だと言われている。
宮簀媛は簡単に言うと「ヤマトタケルの尾張の女」。
契りを交わした後「草薙剣」を置いて去ってしまう。
そのままヤマトタケルが亡くなってしまうので熱田神宮を作った。
(ざっくり説明)
その宮簀媛の古墳だという言い伝えが元で「夫を断った(再婚しなかった)人が眠る山のような古墳」と言われています。
断夫山古墳が作られたのは6世紀(西暦でいうと500年代)
熱田神宮が祀られたのは西暦113年(景行43年)
ヤマトタケルの死去西暦114年
景行天皇は古墳時代の天皇です。(3世紀から7世紀)
ってことで年代がバラバラということがわかります。
こんなことを暴くとロマンもなにもなくなっちゃうんだけどね。
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