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中学日本史 古代日本を取り巻く外交関係その7ー対等外交に向けて努力 

「日本を取り巻く外交関係その6」でお話したように、
倭国
中華帝国
との
対等外交に向け
遣隋使
派遣します。

そして、
隋は、
自国の弱点も考慮し、
倭国の要請に答えます。



しかし、
いくら自分に弱点があるからと言って、
えたいの知れない相手と
付き合うでしょうか?


外交関係も
人間関係です。


共通項がなければ、
付き合いは
成り立ちません。


6世紀後半の倭国のヤマト王権、
それなりの軍事力を持って、
北関東から北九州の範囲での
統治
成功しています。

国家としての姿が
浮かび上がって来ています。

しかし、
ここまででは、
ただの資金力のある
暴力集団です。

そこで、
推古天皇
摂政となった聖徳太子は、
ここまでの政権が築いてきたものを背景に、
天皇を中心とした
中央集権国家設立に着
手します。

まず、
聖徳太子が着手したのが、
役人の制度、
官位十二階です。


天皇を統率者とし、
全国を一つの政府が
統治する組織を
作りだします。

ここで終わると、
統率力」「組織力」「資金力」を持った
「暴力集団」
になってしまいます。

集団と言う意味では、
更に悪い方向
進んでしまいます。

今で言う
「警察庁指定の暴力団」
みたいなものです。

これでは、
隋は
相手にしてくれないでしょう。


倭国は、
「軍事力(暴力装置)」
「国内統一(資金力)」
「政府組織(統率力と組織力)
」を
身につけて来ました。

隋を振り向かせる
ハード面での条件は
不完全ながらも
揃いつつあります。

次に必要なのは、
ソフト面です。

十七条の憲法を
制定します。

国家としての方向性を支える
政治思想を
表明しなければならないからです。


これには特に気をつけなければなりません。

一歩間違えると
危険思想」と
言われかねないからです。

「危険思想」に先述 の条件を絡めます。

これはもう最悪です。

「テロリスト集団」
みたいなものです。

こうなったら、
隋は絶対に相手にしてくれません。

相手にしないならまだしも、
東アジアの
国際秩序のため、
日本を
滅ぼそうとするかもしれません。


この頃の日本にとっての
国際社会というのは、
東アジアだけです。


地球全体ではありません。

必要になる思想、
それは東アジア共通のものです。

即ち、
仏教や儒教の
思想です。

聖徳太子は、
特に仏教思想を強調した
十七条の憲法を制定し、
役人に対し
政治の心構えを説いたのです。


こうして、
聖徳太子は、
国家としての体面を整えます。

そして、
遣隋使を派遣し、
対等外交の締結に
漕ぎ着けるのです。


隋の本心は分かりません。

間違いなく、
倭国を対等には見ていなかったでしょう。

しかし、
日本にとって大事なのは、
朝貢外交ではなかったということを
対外的、又は国内に向けに
アピールすることなのす。


(日本)
国際社会からの孤立の防止

(隋)
朝鮮半島からの脅威の防止


両国の国際社会における
利害が
一致します。


そして、
倭国は、
中華帝国を見習った
中央集権国家成立に向け
進みだします。


ここに両国の
政治思想が
合致します。


外交などというものは、
いつの時代も
本心は明かさないものです。


隋にとっては朝貢でも、
倭国にとって対等ならそれでいい。

形式が合致すればそれでいいのです。

故に、
倭国にとっての隋との外交関係は、
対等と言って、
何ら問題はないでしょう。


続きは、「古代日本を取り巻く外交関係その8ー隋の滅亡と遣隋使の国際的効果、そして遣唐使へ」でお話します。



















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