中学日本史 古代日本を取り巻く外交関係その10ー蘇我氏の功績編
「日本を取り巻く外交関係その9ー唐▪︎新羅軍事同盟」でお話したように、
大陸情勢は緊張していきます。
そんな中、
倭国は
どのようにしていったのでしょうか?
そこで、
蘇我氏の功績と失敗について、
お話したいと思います。
まず、功績からです。
蘇我氏というと、
どうしても
悪役
という面があります。
倭国のヤマト王権は
現在の天皇家(皇室)の祖先です。
蘇我氏は、
現代日本の象徴たる天皇の先祖を
粗末に扱っているのです。
崇峻天皇なんかは、
蘇我馬子に
殺害されています。
そして、
蘇我蝦夷▪︎入鹿親子は、
乙巳の変(大化の改新)で、
中大兄皇子や中臣鎌足に
粛清されてしまいます。
その為、
どうしても、
悪役って
感じになります。
しかし、
蘇我氏は、
当時の文明文化の導入に
大きな役割を果たしています。
政治思想面において
特筆すべき部分があるのです。
仏教の導入❗
現在の仏教はどちらかというと、
お祈りをしたり
お葬式をするというような
情緒的なものです。
しかし、
当時の仏教は、
現代でいうところの、
民主主義
のような
政治思想です。
それまでの倭国になかった
思想です。
ですから、
導入には当然反対する者
も出てきます。
ここで一点留意すべきは、
仏教を絶対として、
それまでの土着信仰(氏神)を
否定したのではない
ということです。
今まで、
それぞれの氏族が、
それぞれの氏神の下、
異なった思想を
持っていました。
結果、
政治の方向性も
バラバラ
になってしまいます。
そこで、
仏教という
新しい思想の
政治への導入により、
政治の方向性を
統一しようとしたのです。
共通の政治思想を導入❗
信仰は自由❗
政治の方向性を、
蘇我氏の推す
仏教にすれば、
他の氏族は、
蘇我氏の風下に立つ
ことになってしまいます。
特に、
大臣の蘇我氏と
対立する
大連の物部氏にとっては
面白くありません。
徹底的に反対します。
蘇我氏は稲目▪︎馬子親子、
物部氏は尾輿▪︎守屋親子の
二代にわたり、
仏教導入可否(崇仏か廃仏か)を
論点とした
政権の主導権争いをするのです。
そして、
蘇我馬子と物部守屋の代となり、
先手を打ったのは、
蘇我馬子です。
自分の娘を
推古女帝(馬子の姪)の
皇太子(後に摂政も兼ねる)である聖徳太子(馬子の甥でもある)の
妃にします。
天皇と皇太子を
味方につけたのです。
蘇我馬子は天皇家にとって、
二重三重の
外戚となり
力を振るいます。
蘇我氏は
外交財政に長けた氏族です。
配下には多くの渡来人もいます。
この環境の下、
聖徳太子は、
東アジアの共通思想である
仏教の
政治への導入が、
対外的にも、
国内的にも
必要であることを
強く認識します。
結果、
聖徳太子は
蘇我馬子と共に、
仏教の導入に反対する
物部守屋と
戦争をし、
物部氏を滅ぼします。
そして、
仏教思想を取り入れた
国造りに
着手するのです。
蘇我氏は、
東アジアにおける
倭国の
思想的孤立を
懸念し、
仏教の導入の必要性を
感じていたのでしょう。
続きは、「古代日本を取り巻く外交関係その11ー蘇我氏の失敗編」でお話します。
